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医療的ケア児の親 “働きたいのに働けない”3つのハードルとは

  • 2021年10月18日

難病や障害で、痰の吸引や人工呼吸器などの医療ケアが日常的に必要な子どもたち、“医療的ケア児”は年々増加しています。厚生労働省によると国内の医療的ケア児は推計約2万人、この10年で約2倍になったといわれています。
そこで課題となっているのが、働きたくても働けない親の存在です。家族がつきっきりで介助しなければ医療的ケア児の在宅ケアは成り立たず、仕事に就くことが難しいのです。
いま、こうした現状を変えたいと、親の“社会復帰”を支援する取り組みが始まっています。
(首都圏局/ディレクター 半田紗英子)

“想像していた子育てと全く違う” 24時間続くケア

「息子が退院できたのは生後5か月の頃。嬉しかったけど、当時は不安の方が大きかったです。妊娠前に想像していた子育てとは全然違いました」

都内で夫と息子の3人で暮らすみみさんは、医療的ケア児の育児に向き合った当初のことをこう語ります。息子のY君には、遺伝子疾患に伴う先天性の心疾患や発達の遅れがあります。知的障害のため発語がなく、会話することはできません。

現在4歳のY君は、酸素濃縮器に繋いだチューブを通して、鼻から酸素を吸入しています。チューブが足に絡まって転倒するリスクがあるため、常に目が離せません。外出時には酸素ボンベを専用のリュックに入れ、みみさんが持ち歩きます。
食事にも細かいケアが必要です。Y君の食事は1か月ほど前まで、鼻からチューブで直接胃に届ける経管栄養でした。活発に動き回るY君をあやしながら、少しずつ栄養を注入します。1回の食事にかかるのは1.5時間。これが1日3回です。
またY君は低血糖の予防のため、就寝時にポンプから6時間かけて少しずつ栄養剤を注入していました。しかし、寝返りでチューブが絡まったり折れ曲がるたびにアラームが鳴って起こされます。さらに、夜中に1度栄養剤の交換が必要なこともあり、みみさんはこれまで熟睡できなかったといいます。

仕事を辞める以外の道がない

みみさんはY君が生まれるまで、病院でフルタイムの臨床検査技師として採血した検体の測定業務などに携わってきました。安全・正確・迅速に留意しながら患者さんのために働く病院での業務はもちろん、学会などにも出席して最新の医学の知見や技術を常に高めていけることにやりがいを感じていたといいます。出産後も復職しようと考えていましたが、医療的ケアが必要で体調の安定しないY君を預かってくれる保育園は見つからず、職場に戻ってフルタイムで働くことを断念しました。

みみさん
「仕事にやりがいを感じていたし、続けたいと思っていましたが、息子のケアをなんとかしなければという思いで頭がいっぱいでした。正直なところ自分の仕事は二の次で、辞める以外の道は考えられませんでした」

医療的ケア児を育てる親たちの中には、子どものケアのために働くことを諦めたという人が少なくありません。

「医療ケアが必要な子どもが産まれたことで仕事を辞めなければならなくなった。その事で家計が圧迫され、将来にとても不安を感じている」(母親)

「ケアに関して母親の負担が重くなるため、母親の就労が継続できず、経済的負担が自分に重くのしかかって不安だったため、東京に転職した」(父親)

厚生労働省「医療的ケア児者とその家族の生活実態調査」(令和2年)

働きたいけど…復職に踏み切れない

子どものケアをしながらの復職にも壁があります。
Y君の体調が落ち着いてきた1歳半頃から、みみさんは「今なら息子を預けて働けるかもしれない」と考えるようになりました。しかし臨床検査技師の仕事は募集が少ないうえに、勤務時間や条件の制約が多いため、なかなか応募に踏み切れなかったといいます。
毎日Y君の子育てとケアに追われる日々では、新たな仕事を始める勇気やエネルギーもありませんでした。

みみさん
「子どもを預けられるのなら働きたい!という気持ちはずっとありました。でも(預け先も見つからないし)検査技師の仕事しかしたことなかったので、何も他のスキルはないし。在宅でできる仕事もなかなか…。子育てとケアをしながら“自分ができる仕事”を見つけるのは本当に難しくて」

厚労省の調査でも「希望する形態で仕事に就きたい」と答えた人は88%。一方、「希望する形態で仕事に就く」ことが「問題なく行えている」人はわずか7%にとどまっています。

復職に立ちはだかる3つのハードル

みみさんのように「日常生活を送るので精一杯で、働きたいのに、働くことが選択肢から外れてしまう親」は決して少なくありません。障害児保育・支援事業などを行う認定NPO法人フローレンスの太田麗子さんに話を聞きました。

太田さんは、医療的ケア児の親が一度離職すると社会復帰が難しい原因として、(1)社会的ハードル、(2)身体・心理のハードル、(3)子どもを預けること、の3つのハードルをあげています。

(1) 社会的ハードル
「医療的ケア児を預けてまで働きたいの?」という周囲からの目。

(2)  身体・心理のハードル
昼夜を問わずに行う必要のあるケアによって生じる、慢性的な寝不足。
仕事を変える必要がある場合、気持ちの面でなかなか再就職への一歩が踏み出せない、など。

(3)子どもを預けることのハードル
医療的ケアが重いと、安心して預けられる先が見つからない。離職中、求職中は、原則として保育園を利用できない。

太田さん
「働けない状況でも、通院費や医療費はかさむ。経済的にも負担がかかるんです。障害のあるお子さんが生まれたというだけで選択肢がなくなってしまうのはおかしいですよね。働きたい人にはきちんと働くという選択肢が提供されるべきです」

社会復帰に“助走期間”を 新たなサポートの形

太田さんのNPOでは9から、医療的ケア児の家族を支援するために、“障害児かぞく「はたらく」プロジェクト”という事業を立ち上げました。

みみさんは1年近く前からこのプロジェクトのテストユーザーとして参加しています。
復職にためらいを感じていたみみさんですが、NPOの「就業トレーニングプログラム」で、数か月間PCのスキルやライティングを学んだことで、新たな仕事を始める自信につながったといいます。NPOと業務委託契約を結ぶことで、トレーニング期間中に手がけた実務には一定の報酬も支払われます。

Y君の保育にはNPOのサービスを利用することができます。みみさんがいない間、Y君は訪問看護師と散歩やお絵かき、読み聞かせなどをして過ごします。体調のチェックはもちろん、医療ケアも行われるため、安心して働くことができるのです。保育料や障害者福祉サービスの自己負担額、訪問する看護師の交通費はみみさんが負担する仕組みです。

太田さん
「3つのハードルのことを考えると、すぐに働き始めるよりも、ハードルを越えるための“助走期間”が必要です。私たちは、その助走期間の伴走者として、医療的ケア児の親御さんたちをサポートしていきたい」

現在はコロナ感染対策で在宅勤務が中心

みみさんは現在、NPOで経理業務のサポートや広報用の記事の執筆などを担当しています。今では「検査技師以外でも、できることが意外とあるのかもしれない」と思えるようになったといいます。次の目標も見つけました。看護師さんが息子を保育する様子を見ているうちに、保育士の資格を取り、たくさんの子どもたちと関わっていきたいと思うようになったのです。

取材後に届いたみみさんからのメールには、こう綴られていました。

障害児の子育ては一生終わらないので、常に現在・将来の不安を抱えています。心臓手術や体調の急変、発語など今後の発達、就園・就学先、将来的な入所施設費や医療費の負担など、不安は尽きません。考えてもしかたないことも多いので、「今を大切に生きる」ことにしていますが、ふとした瞬間に不安に襲われることはよくあります。
常套句である「母子ともに健康」や「元気で健康でいてさえくれれば」といった言葉は、今でも心が苦しくなります。障害児を産んで苦しいことや悩みはたくさんあるけれど、息子を産んだことをマイナスにしたくないとも思います。
このプロジェクトに参加してフローレンスの皆さんに出会えたこと、新しい夢や目標ができたことは、息子からのギフトだと思います。

医療的ケア児家族の“社会復帰” 社会の理解と協力が不可欠

医療的ケア児の家族を支援する取り組みは、まだ多くはなく、地域間でも格差があるのが現状です。今回のプロジェクトの対象地域も、東京都23区のうち17区(2021年現在)と、まだまだ限られています。支援の充実のためには、社会全体で医療的ケア児の子育てを理解し協力していくことが不可欠です。

9月18日には、医療的ケア児の健やかな成長を図り、家族の“ケアが理由による離職”の防止などを目的とした「医療的ケア児支援法」が施行されました。
この法律では「学校や幼稚園、保育所などに対し、保護者の付き添いがなくても適切な医療ケアや支援を受けられるよう、看護師などを配置すること」などを国や自治体に求めています。法律がきちんと機能し、医療的ケア児とその家族が望む適切な医療・福祉サービスが受けられる日が早く来てほしいと思います。

また、産後に職場復帰をしたいと思っていた人たちにとって、これまでのスキルや経験を生かして働くことができる仕事に戻ることこそ、望んでいた道のはずです。そうした思いを絶つことなく希望する勤務環境で働くためには、医療や福祉だけではなく、勤務形態の変更や勤務時間の調整など、働き方そのものを考えていくことが重要だと感じました。

  • 半田紗英子

    首都圏局 ディレクター

    半田紗英子

    2020年度入局。障害者福祉やジェンダー問題に関心持ち取材中。

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