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双子用ベビーカー畳まないとバスに乗れない…立ち上がった母親たち

  • 2021年10月5日

2人の子どもと荷物を抱えながら10キロ前後はある双子用のベビーカーを畳んで持ち上げる。できなければバスには乗れない。これまで、双子など多胎児の親の多くが、雨の日も、病院に行く時も、バスに乗るのを諦めてきたことを知っていますか?
そして、1人のお母さんが始めた活動がその現実を変えたことを。
(横浜放送局/記者 有吉桃子)

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きっかけは“つらい思いをしている友人を助けたい”

「バスって、『双子ベビーカーはちょっと』って言われて、乗れないんだよ」
都内に住む市倉加寿代さんは2年前、双子の子どもがいる友人にこう言われて、思わず「どういう意味?」と聞き返しました。

詳しく話を聞くと、子どもを横並びに座らせる双子用のベビーカーは、大型で場所を取るためバスに乗れなかったり、乗る場合は、折り畳むよう求められたりすることが多いとのことでした。

しかし、冒頭で紹介したとおり、子ども2人と荷物を抱え、10キロ前後はあるベビーカーを折り畳んで持ち上げるのは至難の業です。このため、双子など多胎児の保護者の間では、「バスに乗れない」のは半ば常識となっていることと知り、市倉さんは驚くと共に憤りを感じたといいます。

市倉さんとこの友人は学生時代からのつきあいです。2人に最初の子どもができたあともよく会っていましたが、友人が双子を産んでからはなかなか会うことができなくなりました。子どもたちを外に連れ出すことが困難で、外出が難しいことが理由でした。
そこで市倉さんは、彼女の家を訪ねる形で育児を手伝い始めましたが、その大変さは市倉さんの想像以上でした。保育園からどうにか3人の子どもを連れ帰ったあと、3人に食事をさせ、風呂に入れ、歯を磨いて寝かしつける。友人は、文字どおり座る暇も、お茶を飲む暇も、トイレに行く暇もなく、過ごしていました。

時に、「全然育児が楽しくない」「飛び降りたくなる」とこぼすこともありました。
そんな時に聞いたのが、バスに乗れないという話でした。手続きのために役所に行こうとしても、たまの気晴らしに外に出ようとしても、公共交通機関が使えない。

友人が、元気を失っている姿を見て、市倉さんは、「このままでは彼女と子どもたちが危ない。なんとかしないといけない」と強く思うようになりました。

友人を助けるためにはどうすればいいのか。これまで政治には興味が無く、選挙の投票に行かないこともあったという市倉さん。手始めに何をするべきか、見当もつきませんでしたが、悩んだ末、友人が住む自治体の議員に双子など多胎児を抱える家庭への支援を求めるメールを送りました。

多くの親たちから届いた悲痛な声

返事がくるだろうかと不安を感じていましたが、思い切ってメールを出した議員からは、双子や3つ子がいる親が何に困っているのか、どれほど悩んでいるのか、それが分かるようアンケートをすればどうかと勧められました。
何もかも初めてのことでしたが、議員から返事がきたことにも勇気づけられ、市倉さんはまず「多胎育児のサポートを考える会」を立ち上げ、インターネット上でアンケートを行うことにしました。

数十人から返事がくればいいと思って始めたアンケート。しかし、わずか1か月ほどでなんと1600人近い人から回答が寄せられました。
アンケートには、わが子を虐待する寸前まで追い詰められることもあるなど、子育てに苦しむ親たちの悲痛な声が書かれていました。

「夜は10分寝て起こされ、1時間かけて夜泣きの子を寝かしつけ、30分寝て起こされ、また夜泣き。気がついたら外は明るくなり、また朝がやってくる」

「ノイローゼ手前にまでなり、子どもを投げてしまったこともあります」

「食事も1日1回、おにぎりだけという日が本当にあります。トイレも我慢し、大人なのに漏らしてしまったことさえあります」

「目が離せないので自分は、3日間、お風呂に入れなかった」

「そもそも外に出られないので子どもを預けられない」

「バスに乗車拒否され、エレベーターのない駅では駅員に『子どもを2人ともだっこしてもらわないと』と言われる」

「公共交通機関に乗ろうとすると大変な思いをするので、最初から外出をあきらめる」

市倉 加寿代さん
「こんなにも悲痛な声がたくさん集まるとは想定を超えていました。それだけみんなが声をあげるきっかけを欲していたんだと思います」

アンケート結果を手に陳情へ

2020年1月 東京都 小池知事に陳情

市倉さんは、アンケートの結果を手に、バスに乗れるようにすることや多胎児家庭への支援策の充実を求めて都などへの陳情を始めました。
双子の母親で、バスに乗れずに困った経験がある秋澤春梨さんも一緒に陳情に参加しました。

秋澤さんの双子のうち1人は、持病があります。高度な医療を受けられる病院に定期的に通院する必要がありましたが、ある日、渋谷区にある病院に行くためバスに乗ろうとしたら誰1人乗っていないのに、乗車を断られてしまいました。
まだ、首が据わらない2人を抱いてベビーカーを畳むのは不可能でした。秋澤さんはその日、最寄りの駅からおよそ40分かけて歩いて病院に行きました。その後、通院を続けるのは無理だと考え、別の病院に通うことにしました。

秋澤 春梨さん
「いつでもどんなに混んでいても乗せてほしいと言っているわけではありません。病院に行く時や雨の日など、必要な時に使えないという事実にがく然としました」

SNS上では非難する声も…

市倉さんたちが陳情を続けていく中でぶつかったのは、こうした多胎児家庭の困難さに対する無理解とも言えるような声でした。
双子用のベビーカーのバス乗車がSNS上で話題になると、“公共交通機関はさまざまな人が使いやすいようにすべきだ”などのコメントに混ざって、批判するコメントも多く寄せられたのです。

「公共機関を使うなら自分の意見ばかり押しつけず、周りや相手にも配慮しないと!」

 

「私たち世代はおんぶかだっこをし、ベビーカーも簡易な折り畳めるものにした。大変なのは今も昔も同じ。乗る方も思いやりが必要」

 

「ベビーカーはいたる所で邪魔だと考える」


市倉さんたちは、こうしたコメントに心を痛めながら活動を続けました。

次にぶつかったのは、“誰が決めているかわからない”という壁でした。
市倉さんたちが都議会議員を通じて都の交通局と重ねた折衝では、当初、「東京都が独自に決めているわけではない」と業界団体のルールに従っているという見解が示されました。しかし、業界団体を訪ねても「双子ベビーカーについてのルールは決めていない」と言われ、誰にお願いをすればいいのか分からなくなりました。そこで、都議会でこの問題を取り上げてもらったり、小池知事にも面会したりして、直接、要望を伝えました。

さらに、国に統一的なルールを示してもらう必要があると考え、国土交通省にも働きかけるなど、一つ一つ地道な活動を続けてきました。
その結果、活動を始めてからおよそ半年後の去年3月、国土交通省は「双子ベビーカーは折り畳まずに乗れることを基本とする」という見解を出しました。

“双子用ベビーカー畳まずに乗れます”

これを受けて、都バスでは、去年9月から一部の路線でテスト運行を開始。ベビーカーをベルトで2か所、固定することで安全性が確保できるとして、ついにことし6月から全線で乗れるようになったのです。友人から「双子ベビーカーはバスに乗れない」と聞いてから2年がたっていました。

多胎児の診療にも多くあたってきた小児科医 森戸 やすみさん
「SNS上では、母親を非難する声もありましたが、医療機関に行くためだから許してあげてというようなことではなく、公共交通機関である以上、誰もが利用できるものであるべきです。多胎育児はものすごく大変なので、今まで当事者が声をあげる余裕もなく、問題がクローズアップされずにきたのだと思いますが、育児に参加する男性や働いてから子どもを産む女性も増えたことで、当事者や周りの人が問題を解決するためのアイデアや手段を持つようになり、SNSという問題をシェアする場もできました。今回のケースはほかのことで困っている人たちが問題を解決するためのモデルケースになるのではないでしょうか」

双子の母親の秋澤春梨さんは、やっと、“双子用ベビーカー”の中にいる子どもたちの権利を考えてもらえたと喜びました。

秋澤 春梨さん
「1人で生まれた子どもがバスで簡単に行ける病院や大きな公園などに2人を連れていくことは難しく、いろんなことができなかったことがとても苦しかったです。バスに乗れるようになったというだけではなく、子どもたちの人生も変えられたことが1番うれしいです」

市倉さんは今、自身が勤めるNPOも巻き込んで、多胎児家庭の育児の困難さを軽減しようとベビーシッターへの自治体の補助の拡充などの取り組みも行っています。

市倉 加寿代さん
「それまで政治に興味を持っていなかった自分を殴ってやりたいです。政治に関わりを持つことは大事だと心から感じました。最初は説明に行っても『双子ベビーカーのことを考えなきゃいけないの?』という反応もありましたし、SNSなどでは『なんで双子ベビーカーだけ優遇されるの?』という声もありました。でも多胎児家庭にとって優しい社会は、いろんな人にとって優しい社会だと思います。我慢のしあい、足の引っ張り合いではなくみんなに優しい社会ができていくきっかけになってほしいと思います」

取材後記

友人の困りごとを聞いて、1人のお母さんが始めた活動。双子や3つ子を育てていない人には、関係ない事柄だと思われるかも知れませんが、双子用ベビーカーに乗った子どもたちが、バスでどこへでも行けるようになったという事実は、聞いた人の気持ちをあたたかくするのではないでしょうか。そして、市倉さんや多胎児を育てるお母さんたちが身近な困りごとを力強く解決していく姿は私にとても勇気を与えてくれました。

  • 有吉桃子

    横浜放送局 記者

    有吉桃子

    宮崎・仙台局を経て政治部、ネットワーク報道部。去年9月から横浜市政を担当。3歳と6歳の母親でまもなくベビーカーは卒業。

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