WEBリポート
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. WEBリポート
  4. 京急油壺マリンパークありがとう!9月30日に閉館

京急油壺マリンパークありがとう!9月30日に閉館

  • 2021年9月10日

半世紀余りにわたって地域の人たちに愛されてきた神奈川県三浦市の水族館がその歴史に幕をおろそうとしています。9月30日の閉館まで残り3週間となった「京急油壺マリンパーク」を取材しました。
(横浜放送局/カメラマン 桑原義人)

東洋一と言われた水族館

神奈川県三浦市にある「京急油壷マリンパーク」は、昭和43年に開館しました。
600トンの海水が流れる大きな回遊水槽や珍しい魚やサメの展示。さらに、日本初となる屋内でのイルカとアシカのショーなど注目を集めてきました。

ピーク時には年間で88万人が訪れ、地域密着型の水族館として親しまれてきましたが、9月30日に閉館することが決まりました。

川崎から来た家族連れの女性

子どものころよく家族で来た思い出の場所です。自分の子どもと来るのは最初で最後かなと思います。

横須賀から来た女性

思い出がすごくあるのでさみしいです。

地域で親しまれた水族館

京急油壷マリンパークは、地元密着型の水族館として相模湾に生息する生き物を多く展示してきました。

特に力を入れたのが地域の人たちとの連携でした。地元の小学校と一緒に三浦半島の固有種の「三浦メダカ」などの繁殖保護に取り組んできました。

水族館とともに歩んだ人生

この水族館で40年以上、イルカやサメなどの飼育やイベントの企画を担当してきた金子和久さん(59歳)です。
金子さんにとって今も忘れられないのが1998年に、大回遊水槽をマグロ一色にしたことだったと言います。

当時、地元の三崎港は、マグロの水揚げが全国有数でした。地域の話題作りにしたいと、水槽での飼育が難しいとされてきたクロマグロを大回遊水槽で展示しようと、金子さんは地元の漁師に協力を依頼。試行錯誤を重ねながらマグロ捕獲作戦を展開しました。

当時を振り返り金子さんは「毎朝3時に漁師さんと海に出た。毎日船に乗ってますから仲良くなってくる。マリンパークやめて漁師にならないかとよく言われた」と明かします。

沖合で捕獲したクロマグロは、バケツリレーのように大回遊水槽へ引っ越しをさせました。
マグロを水槽で飼育する際、特に気をつけたのが健康管理でした。マグロ同士でぶつかって傷がついたり弱ったりしていないかや餌の食べ具合はどうかなど、一匹一匹の様子をノートに記録し続けたそうです。

こうした努力の結果、260匹のマグロが泳ぐ大回遊水槽に展示に成功。多くの客を楽しませることができたといいます。

レジャーの多様化 そしてコロナが追い打ちに

その後、レジャーの多様化や、近隣に大型の水族館ができたことなどを背景にこの20年間、来館者は減り続けました。

さらに去年以降は、新型コロナウイルスの感染拡大が追い打ちをかけました。4か月間の休館などで来館者数はピーク時の15%程度、13万人までに減りました。今後の集客が見込めないことや、施設の老朽化の問題などもあり今月末に閉館することが決まりました。

あとを絶たない惜しむ声

閉館が決まって4か月。水族館には、リピーターや地域の子どもたちから多くのメッセージが寄せられています。

『53年間お疲れ様でした』『マリンパークで過ごした時間は宝物です』など、手紙には水族館への感謝の言葉がつづられています。
こうしたメッセージを見ながら金子さんは「皆さんの思い出の場所と残っているのが非常にうれしい。忘れないでほしい。大人になっても三浦にはこういう水族館があったのだといつまでも話ができるような水族館であればと願っている。」と話しています。

生き物の引っ越し先探しへ

金子さんは、閉館とともに、40年以上働いた水族館を離れることになります。水族館を離れることについて、「いつも動物と接してきたので、家族と別れるのが悲しいのと同じようなさみしさがある」と話します。

そんな金子さんが今、最後の仕事として取り組んでいるのが400種類を超える生き物の新しい家を探すことです。
全国の水族館や動物園などにお願いして、生き物たちの家探しに奔走しています。

閉館は今月末ですが、すべての生き物を移動するには数か月はかかるということで、それまでのえさ代をねん出するために魚たちの様子を有料でライブストリーミングする取り組みも行っているということです。

「新しい施設で大切に育てられ、長生きしてほしいという願いを込めて無事に送り出したい。最後に私たちができることです。そしていつの日か私たちが巣立っていった動物たちに会いにいきたい」

取材後記

「30回以上は来ています。閉館を聞いて大ショックです」
「子どものころに家族で来た思い出の場所。自分の子とも思い出を作りたいと思い来ました。でも最初で最後、さみしいです」

閉館まで3週間となった水族館には、別れを惜しむ多くの人たちの姿がありました。半世紀にわたって、この水族館と生き物たちは地域の人たちに愛されてきたのだと強く実感しました。時代の変遷と共に、京急油壺マリンパークは間もなくその役目を終えますが、訪れた人たちの思い出は心の中にずっと残り、ふとした瞬間に懐かしむことができる。そんな存在であり続けてほしいと願っています。

  • 桑原義人

    横浜放送局 カメラマン

    桑原義人

    2002年入局。釧路、沖縄、大阪、東京を経て現職。 首都圏の話題を幅広く取材。

ページトップに戻る