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振り回された教育現場 検証「五輪パラ・学校連携観戦」

  • 2021年9月9日

「子どもたちがこんなに振り回されたのは初めてだ」
これは、都内の小学校の校長の言葉です。
東京パラリンピックの期間、子どもたちが競技を観戦する「学校連携観戦」の対応をめぐり、大きく混乱した都内の教育現場。その現場に密着すると、教員や保護者、それに子どもたち、それぞれの抱える葛藤が見えてきました。
(首都圏局/記者 戸叶直宏)

感染4000人超の中、パラを観戦する子どもたち

8月27日、東京・渋谷区の千駄谷小学校の子どもたちが、地元の代々木体育館に入っていきました。東京パラリンピックの「学校連携観戦」のためです。
本来、楽しく学ぶための実施ですが、現場では、どことなくピリピリした雰囲気が。

新型コロナの感染が、連日4000人を超える都内での観戦。保護者からも、ためらいながらも子どもを送り出したという声が聞かれました。

この学校で観戦したのは、児童343人のうち、213人でした。

「本当に行くの?」

この前日、窓から新国立競技場が見える千駄谷小学校では、6年1組の担任・田村佳一先生が、複雑な思いでいました。
渋谷区では、すでに小学校の夏休みを1週間延長することが決まっていました。そんな中でも、児童を集めて「学校連携観戦」をすることになっていたからです。

千駄谷小学校 田村佳一 教諭
「その場の空気感や選手のぶつかる音、それらを子どもの時期に見るっていうのはとてもいい機会なので連れて行きたい思いもあります。ただ、夏休みが延長されるような感染状況でも、パラリンピックの観戦は予定通りあるというところに疑問を抱いたというのが正直な気持ちです。職員室も『本当に行くの?』という雰囲気ですし、子どもも口に出してはいないけれど疑問に思っていると思います」

渋谷区は参加の方針を維持し、観戦に行くかどうかは各自、保護者の同意で決まります。

田村先生は、オンライン学級会で、子どもたちが参加するか改めて確認しました。
子どもの1人から「PCR検査はあるんですか?」という質問が出ました。
田村先生は「検査は間に合わないので、なしで行きます」と答えるしかありませんでした。

パラの「学校連携観戦」が混乱に

もともと「学校連携観戦」が計画されたのは、新型コロナの感染拡大前。「オリパラ教育」の集大成の位置づけでした。オリンピックとパラリンピックを合わせ、都内でおよそ90万枚の学校連携観戦チケットの購入希望がありました。しかし、新型コロナの感染が拡大し、都内ではオリンピックの観戦は全面的に中止に。

一方、パラリンピックは、都内で10ほどの自治体が、感染が急拡大し始めていた開幕1か月ほど前の段階で、参加を希望しました。そして、大会組織委員会などの4者会談で、8月16日に正式に実施を決定。政府の分科会の尾身茂会長が、慎重に判断すべきだという認識を示すなど、専門家からも疑問の声が上がる中での判断でした。

そのことが、学校現場、保護者、そして子どもたちに混乱を巻き起こしました。
私は、そうした声に、つぶさに耳を傾けてきました。その一部を紹介します。

校長「このままでは学校の信頼が失われる」

「自分の意見は、教育委員会の見解と反します」

そのように話し、匿名を条件に取材に応じたのが、都内の公立中学校の校長です。教育委員会の意向で、観戦の参加に向けた準備を進めてきました。

新学期を控える8月下旬、どうすれば休校せずに学校を開けるかを話し合っている中での観戦に、大きな矛盾を感じると話しました。

都内の公立中学校の校長
「うちは部活動や修学旅行は中止などを考えていて、パラリンピックの観戦だけが平気で行われるのは非常にちぐはぐな感じがします。学校は安全を第一に考えないといけないのに、命に関わることを学校が判断できずに参加するかしないかを保護者に任せている状況です。このままでは学校の信頼が失われてしまいます」

「半日で回答を」杉並区の対応に母親は…

参加を迷い、対応が分かれたのが、子どもたちの保護者です。

最終的に、2000人ほどが観戦に参加した東京・杉並区。

このうち区立第十小学校では、8月19日、保護者のもとに一斉メールが届きました。観戦に参加するかを問う内容です。

保護者が驚いたのは、その締め切りの短さでした。
メールが送られたのは、午前9時半すぎ。しかし、締め切りはわずか5時間半後の午後3時でした。
その文面では、日にちや集合場所、引率するのが自分の学校の教員かどうかなど詳しいこともわからなかったといいます。

保護者たちは戸惑いの中、短時間での回答を迫られました。

「参加」と回答した5年生の母親
「一生に一度の機会なので行かせてあげたい反面、感染者数も増えているのでどうしたらいいのか分かりませんでした。ただ、子どももオリンピックをテレビで見て盛り上がっていたし、『感染対策します』という文面を信じて参加することにしました」

「不参加」と回答した6年生の母親
「子どもの感染もはやっていて、友達と接触するのも怖がっている状態なので、貴重な経験とはいえ、リスクを負わせて不安な気持ちのまま行かせる必要もないかなと思って、見送りました。杉並区は7月に一度、中止を決めているのに、再度検討して、今度は家庭の判断でというのは筋が通っていない気がしてどうなのかなと思います」

江東区はパラ開幕当日に中止を決定

観戦を迷った末、パラリンピック開幕当日の8月24日に中止を決めた自治体もありました。

競技会場が集中する東京・江東区です。直前の意向調査でも、区立の小・中学生のおよそ7割にあたる2万3000人あまりが参加を希望していました。
しかし、開幕直前の1週間で、子どもたちの感染が急激に増加。前の週の2倍を超える90人超の感染が報告されていました。

区は、夏休み明けの8月25日から9月5日までは、登校させずに完全オンライン授業をする方向で調整を進めていました。こうした中で学校連携観戦に行くことは、このことと矛盾すると考え、中止を決めたのです。

同じ日、江戸川区でも、座席や動線など未確定な部分が多く、安全面で確認が取れないことなどを理由に中止が決定しました。

観戦当日 子どもたちの反応は

そんななかで「学校連携観戦」を行った先生、そして子どもたちは何を感じたのでしょうか。

千駄谷小学校の6年1組・田村先生のクラスでは、34人のうち保護者の同意をとった21人が参加しました。
学校から会場までは徒歩で20分ほど。子どもたちが観戦したのは、車いすラグビーの日本対オーストラリアの試合です。
会場では感染対策のため3席空けて座りました。声を出してしまうこともありましたが、日本選手だけでなく、相手のオーストラリアの選手の活躍にも、拍手を送って応援していました。

子どもたちは、何を感じたのか。観戦のあとに聞いてみました。

 

障害を乗り越えてすごい人たちだと思った。

 

迫力がすごくて楽しかったです。

と観戦の興奮がさめやらない様子の子どもたちが多い中、次の女子児童の言葉が印象的でした。

 

 

パラリンピックに行けて夏休みは延期っていうのは、矛盾した感じもあると思います。やっぱり思い出が作りにくい世の中だけど、きょう行けたことは、みんなで1つ思い出を作れたのでうれしいです。

子どもたちは、大人たちの矛盾もしっかり見ているのだと感じます。

レガシーは

9月6日。夏休みが一週間延期され、学校が再開した日の田村先生のクラスを取材しました。田村先生は、観戦に行かなかった子どもにも語りかけます。

千駄谷小学校 田村佳一教諭
「見に行った人もそうだけども、見に行っていない人も、それぞれ心の中でいろいろ感じたことがあると思うんですよ。お客さんを入れないオリンピック・パラリンピックも歴代初めてだと思うし、それを地元で感じることができたっていうのもある意味1つの経験だと思うし、みんなでまた理解を深めていきたいなと思います」

5年にわたって「オリパラ教育」を続けてきた田村先生は、大会が終わったこれから、改めて「自分の頭で考える」教育に力を入れていきたいと、決意を新たにしていました。

今回の混乱も糧に、さまざまな意見がある中で、みずから情報を集めて考える力をつけることの大切さを子どもたちに伝えたいと言います。

千駄谷小学校 田村佳一教諭
「心の中でしっかりレガシーとして残っていく経験だったのかなと思いました。すぱっと終わりにするのではなくて今後も学んできたことを生かせるように、私たち現場が頑張っていかなければならないと思います」

専門家は学校の対応をどう見る?

「学校連携観戦」は、当初、都内でおよそ90万枚のチケットの購入希望があったのに対し、実際に観戦したのは1万人余り。
記事掲載の時点では、都内で参加者からの感染は報告されていませんが、やはり行政などの対応には後味の悪さが残りました。

そこで、今回の対応について、教育行政学が専門の日本大学の末冨芳教授に聞きました。「観戦ありき」の対応が問題だったと指摘します。

日本大学 末冨芳教授
「特に東京都では『オリパラ教育』を5年かけて丁寧に行ってきたので、会場での観戦にこだわらなくても十分、教育的意義は達成されていたと思う。それなのに、いつのまにか『対面で見て感動するから教育的意義がある』かのような議論になってしまい、これまで教員と子どもが積み重ねてきた障害への理解を深める教育活動などが無視されてしまった。結果、むしろ見に行った学校や親子が居心地の悪い思いをする後味の悪さだけが残ったのではないか」

取材を通して

「どう報じられても、保護者に批判されるので…」
教育現場の取材を続けている私も、今回ほど多くの学校から取材を拒否されたのは初めてでした。

学校現場に混乱をもたらす一方、参加の意向を示していた自治体の教育委員会への取材では、「一度決めたら、矛盾があっても変えない」という姿勢も感じられました。そこに、教育現場が守るべき、子どもたちの安全を第一とする姿勢が貫かれていたかは疑問が残ります。
都内の公立学校ではすでに5年以上にわたり「オリパラ教育」を続けてきて、そのこと自体は無駄になるわけではありません。
この夏が、子どもたちの胸にどう刻まれるか、重い課題が学校現場に投げかけられたと思います。

東京オリンピック・パラリンピックは閉幕しましたが、NHKでは「#東京五輪パラ_レガシー」と題して、さまざまな課題の検証を続けていきます。

  • 戸叶直宏

    首都圏局 記者

    戸叶直宏

    2010年入局。福岡局 横浜局で事件を担当したあと、現在は首都圏局で貧困や地域の問題、コロナ禍の教育現場を継続して取材。

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