WEBリポート
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. WEBリポート
  4. 熱中症患者あふれる将来の東京 気候変動は社会的弱者に被害集中

熱中症患者あふれる将来の東京 気候変動は社会的弱者に被害集中

  • 2021年8月30日

都内の高度救命救急センターに搬送された80代の女性です。新型コロナに感染したのではありません。重度の熱中症で意識を失い、肺炎と脳梗塞も併発しています。
真夏の東京は、今後こうした患者が増えていき、救急搬送される人の数は30年後に約2.6倍になると試算されています。 
日本を襲う猛暑や豪雨。「気候変動」が加速する中、その影響や被害は高齢者や身寄りのない人、さらに経済的に困窮している“社会的弱者”により深刻に現れます。“気候格差”ともいえる実態について首都圏の現状を取材しました。
(首都圏局/ディレクター 新野高史)

熱中症に倒れる高齢者が続々 救命救急の現場

8月上旬、新型コロナ感染拡大の“第5波”が襲う中、東京・文京区にある日本医科大学付属病院の高度救命救急センターは熱中症患者の対応に追われていました。
この日運び込まれたのは70代の男性です。路上で倒れているところを警察官に発見されましたが、意識はなく、体温は39度近くにのぼっていました。

熱中症は、発熱などの症状が新型コロナウイルスと似ているため、判別しにくいといいます。
そのため、この病院では熱中症と思われる患者でもPCR検査を実施したり、医師や看護師はビニールのガウンを着用したりと、新型コロナと同等の体制で受け入れていました。
医療現場がひっ迫する中、こうした追加の対応も負担になっているのが現状です。

この80代の女性は、朝方、自宅の布団の上で意識を失っているところを家族が発見し、救急搬送されました。部屋にはエアコンが設置されていたものの使用されておらず、窓は閉め切られたままでした。女性は重度の熱中症で、脱水の影響により肺炎と脳梗塞を併発。2週間近くこの病院で入院した後、他の病院で治療を続けています。

日本医科大学付属病院 横堀將司 高度救命救急センター長
「夏の暑さが年々厳しくなると同時に、熱中症の患者も増えています。特に重症で運ばれてくる患者のほとんどが高齢者。暑さを感じにくかったり、エアコンを使う習慣がなかったり、熱中症になりやすい。また、肺炎や臓器障害を併発して後遺症を残す可能性も高齢者の方が高くなっています」 

「孤独」もリスク要因に

一方、熱中症のリスクを高めている要因は、「高齢」だけではありません。
もう一つのリスクが「孤独」です。1人暮らしで、家族や友人との行き来が少ない人は、救急車を呼ぶこともできず自宅で亡くなるケースが少なくないのです。

東京23区内で起きた不自然死について検案や解剖を行う東京都監察医務院によると、去年の夏、熱中症で亡くなった人は200人で、65歳以上の高齢者が178人と全体の89%を占めています。
屋内で亡くなった187人。そのうち実に139人が「単身住まい」で、43人はエアコンの設置がない部屋で亡くなっていました。

都内を中心に、孤独死などが起きた部屋で清掃や遺品整理を行う「特殊清掃業者」の及川徳人さんです。去年、熱中症による孤独死の現場を2件請け負いました。

1件目は、都内で一人暮らししていた80代の女性。最近、姿を見ないと近所の住民が不審に思って確認したところ、自宅で亡くなっていました。部屋にエアコンは設置されていたものの使われていませんでした。
もう1件は、70代の男性です。都内の戸建てで暮らしていましたが、エアコンのない寝室のベッド付近で死亡していました。就寝中に熱中症になったとみられています。

どちらのケースも、子どもなど家族は都内に住んでいましたが、発見されるまで死後数日が経過していました。

及川さん
「ことしも、熱中症で亡くなったと思われる高齢者の孤独死があったが、死後1週間以上たっていて遺体の腐食が激しかったため、検案では『死因不明』とされた。夏場は死因不明の現場が多く、実は熱中症だったというケースもあると思う。熱中症による孤独死は、1人暮らしで、なおかつ家族との関係が希薄な高齢者がほとんど。防ぐために隣近所の付き合いや声かけを大事にしてほしい」 

高まる熱中症のリスク 2050年には救急搬送が2倍超に!?

消防庁のまとめによると、この夏、全国ですでに3万8,000人以上(6月1日~8月22日)が熱中症で救急搬送されています。
しかし、将来的には熱中症のリスクが一層高まっていくという予測がすでに公表されているのです。
気象庁によると、温室効果ガスの排出を削減する効果的な対策をとらない“最悪のシナリオ”では、今世紀末の年平均気温は、20世紀末と比べて全国平均で4.5度上昇するとされています。東京の千代田区では、最高気温が35度を超える「猛暑日」が40日、「熱帯夜」は約70日増える見通しです。

気候変動の影響を研究する筑波大学の日下博幸教授が行った「熱中症での救急搬送者数」の予測では、首都圏に暮らす私たちへの深刻なダメージが明らかになっています。 
2050年頃には熱中症で救急搬送される人の数は全国で現在の約1.8倍なのに対し、首都圏では約2.3倍に上ると試算されました。 
さらに、1都3県の市区町村別の予測結果を見ると、都心に近い地域ほど救急搬送の増加率が高いという結果になったのです。東京の千代田区、中央区、港区、練馬区や、横浜市と川崎市の一部では3倍を超えています。地域によって気温の上昇に差があることに加え、将来の人口動態が増加率に影響していると、日下さんは話します。

日下さん
「少子高齢化で全国的には人口が減る一方、首都圏はそれほど減らずに高齢化が進んでいきます。そのため、熱中症になりやすい人たちの母数と割合が増え、それにしたがって搬送件数も増えます。2050年の夏には、熱中症で倒れても救急車が来なかったり、病床が熱中症患者で占められて入院できなかったり、現状の医療体制では対応が厳しい地域も出てくるでしょう」

近未来の首都圏は熱中症によって医療体制がひっ迫する可能性があり、住んでいる地域によっては適切な医療が受けられないという地域間格差が生まれることが示唆されています。

熱中症から浮き彫りになる「気候格差」

熱中症にかかってしまうかどうか、重い症状になっても医療にアクセスできるかどうか。そこに年齢だけでなく、家族や経済力といったその人の持っている「資源」の有無で格差が生まれてしまう現実があることが見えてきました。
環境問題を経済学の視点から研究し、気候変動が生む新たな格差に警鐘を鳴らす著書「人新世の『資本論』」もある大阪市立大学の斎藤幸平准教授に話を聞きました。

斎藤さんが指摘するのは、これまで熱中症の問題で考えられることのなかった個人の「排出量」の不平等です。

斎藤さん
「熱中症になりやすいのは高齢者です。しかし、高齢者の普段の活動では、地球温暖化の要因となる二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量は少ない。一方で、経済的に余裕がある人たちは、車に乗り、飛行機で海外に行き、家ではエアコンをがんがんきかせて排出量の多い生活を送っています。つまり、富裕層の生活が気候変動に大きく関与しているにも関わらず、その影響や被害は高齢者が真っ先に背負うことになってしまうという、不平等な構図が存在しています。さらに今後、熱中症のリスクは高齢者だけでなく失業状態、あるいは生活保護を受けているけどエアコンを買うことができなかったり、電気代を払うので精一杯だったりと、経済的に困窮する幅広い年齢層に広がっていくとみられます。今や熱中症は、被害が高齢者や生活困窮者に集中していることを認識し、皆で是正すべき社会問題なのです」

取材後記

「人間の影響が大気、海洋および陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」
世界各国の科学者でつくる国連のIPCC=「気候変動に関する政府間パネル」は、今月発表した報告書の中で、地球温暖化の原因は人間の活動と初めて断定しました。
この発表を受け、斎藤さんは「温暖化の影響で生じる猛暑は、人間が引き起こしている人災とも言うべき側面がある」と話していました。
日本はまだ気候変動に対する危機感が薄いと言われますが、私たちの普段の暮らしに直結している問題であること、そしてすでに被害が実際に起きていることから目を背けてはいけないと思います。また、熱中症だけでなく、豪雨や台風と言った災害でも社会的に立場の弱い人がより深刻な被害を受ける“被害格差”がすでに生まれているので、今後も取材を続け、気候変動への方策を考えていきたいと思っています。

9月に入っても、残暑が厳しくなると熱中症への警戒が必要です。
日本救急医学会では、スマートフォンで誰でも熱中症の重症度や応急措置などを知ることができるアプリを提供しています。医療機関への治療が必要な場合、近隣の病院への道順などを知ることもできます。
開発した日本医科大学付属病院の横堀さんは、「熱中症になっても、コロナ禍では救急車を呼んでもすぐに応需できない状況にある。自身やまわりの人で少しでもおかしいと思ったら、アプリを活用してほしい」と話しています。

日本救急医学会HP「スマートフォン用熱中症診断支援アプリケーション」
https://www.jaam.jp/info/2021/info-20210601_h.html

  • 新野高史

    首都圏局 ディレクター

    新野高史

    2011年入局。京都局、おはよう日本を経て首都圏局。 都心の不動産・防災・環境問題などを取材。

ページトップに戻る