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レオタードからユニタードへ 東京五輪で示された女性たちの意思

  • 2021年8月19日

東京オリンピックで注目された「ユニタード」をご存じですか?
体操女子のドイツチームが身につけた、足首までを覆うボディースーツで、「女性アスリートが不安になることなく美しさを示すため」というのが選択の理由です。身体能力の高さや美しい身のこなしを競う競技で、従来のレオタードに向けられた性的な視線を自らの意思で拒否する新たな動きでした。
実はレオタードだけでなく、体育でも使われてきたブルマーなど女性のスポーツウェアは、機能性と性的な視線の狭間で揺れ動いてきました。スポーツウェアのジェンダーギャップをどう解消したらいいのでしょうか。
(首都圏局/記者 石川由季 ディレクター 柳田理央子)

性的な視線への抵抗 体操女子ドイツ代表のボディースーツ

今大会、体操女子ドイツ代表の選手たちは手首、足首までの全身を覆うボディースーツ「ユニタード」を着用して演技を行いました。実は、国際体操連盟が定める服装規定では、体操競技女子のユニフォームは「エレガントなデザインでなければならない」とされていますが、「ユニタード」の着用は認められています。しかし、これまで一般的に、足の付け根までを覆うレオタードが多用されてきました。レオタードの方が身に着けやすく、美しさを競う競技では脚の長さを強調できるという声が根強くあるからです。
世界の頂点を目指す舞台で、それでも「ユニタード」を選んだドイツの選手たち。そこには、女性アスリートの盗撮被害や性的に強調された画像の拡散が問題になる中、体操競技を性的な対象として評価することへの抵抗のメッセージが込められていました。

こうした姿に、SNSでは賛同の声が。

競技に集中できるし、見た目も美しいし、素晴らしい選択。

 

性的云々だけじゃなくて、傷跡などを隠したりするためにも多くの競技で採用されるんじゃないかな。

 

男子選手のユニフォームを考えれば、これで動きにくいということはないだろう。各国の選手個人が自由に選べるようになればいい。

衣装は思い入れのある大切なもの

レオタードを身に着けることについて、競技経験者の30歳の女性に話を聞きました。小さな頃からバレエやバトントワリングに取り組み、レオタードを着ることは”当たり前”だったといいます。
衣装は、競技で美しさを表現するためには必要不可欠で、振り付けなどに合わせて大会ごとに専門業者にイメージを伝えて丁寧に作っていて、思い入れがある大切なものだと話します。

競技経験者の女性
「衣装は、どんなモチーフをつけるかなどのイメージを専門の業者と面談して相談しながら決めます。それぞれに思い入れがあって、すてきだと思うものを着たいという思いで作ります。そもそも、体にぴったりとくっつかないゆとりがあるような衣装だと、空気抵抗で体を回転しにくかったり、バトンが衣装にひっかかったりする危険があるので競技自体が難しいです」

そんな思い入れがある衣装ですが、高校生の頃あたりから、大会の時などに向けられる性的な視線を徐々に感じるようになったといいます。

ネット上には女性アスリートの性的画像があふれている

競技経験者の女性
「会場でビデオや写真を撮る保護者に紛れて、“カメラ小僧”のような男性がいることがありました。『変な人がいるね』などとメンバーと話していたことを覚えています。いい気持ちはしませんでしたが、私たちの頃は携帯もまだガラケーで、レオタードが性的な目で見られていることが分かる写真を目にすることはありませんでした。でも今、スマホには性的な目線で撮られた写真があふれ、子どもたちはすぐに見ることができてしまう。思い入れがある衣装に性的な目が向けられて違う形で関心を集めることは、競技をする人たちにとっては、本意ではないと思います」

揺れ続けた女性のスポーツウェアの歴史

女性のスポーツウェアを巡っては、動きやすさと性的な視点との間で揺れ動いてきた歴史があります。

「スポーツと教育の歴史」 不昧堂出版 より

こちらの写真は、明治42年の女学校のバスケットボールチーム。はかま姿のユニフォームです。走ったりジャンプしたりするには、かなり動きづらそうに見えます。

「スポーツと教育の歴史」 不昧堂出版 より

一方こちらは、昭和14年の女学校同士のバスケットボールの試合。半袖にちょうちんブルマーで、ぐっと身軽になったように見えます。
女性のスポーツウェアのこうした変遷について、スポーツとジェンダーの問題に詳しい東京女子体育大学の掛水通子名誉教授に話を聞きました。

掛水さん
「元々女性の運動着は体が全て覆われていて、非常に動きづらいものでした。それがスポーツをする女性たちが少しずつ増えていき、改善のための努力を重ねてきたことで、動きやすく自由なものに変わっていきました。ブルマーが日本に紹介され始めたのは1900年前後。女子高等師範学校の教授だった井口阿くりが、体を圧迫することなく自由に運動できる服装として提案しました。ブルマーは女性の体を解放する象徴として登場したのです」

掛水さんが思い出深いと話すのが、前回1964年の東京オリンピックで活躍した女子バレーボールチームのブルマー姿。

「東洋の魔女」たちは、ちょうちんブルマーではなく、ひだのないゆったりした布地のブルマーをはいていました。
掛水さんは「東洋の魔女」に憧れて中学校では、バレー部に入部したと言います。

掛水さん
「学校ではユニフォームに決まりがなく、足が長い人やスリムな人から”東洋の魔女”たちが着ていたタイプのブルマーに変わっていきました。私も、母に頼んで買ってもらったり、作ってもらったりしました。ちょうちんブルマーは腰回りがバサバサしてじゃまだったけれど、布製のゆったりブルマーは動きやすかったです。その後、化学繊維製で伸縮性の高いぴったりしたブルマーが登場し、より動きやすく丈も短くなっていきました」

性的な視線がもたらしたブルマーの終わり

しかし、女性解放の象徴だったブルマーへの評価は、徐々に変わっていきます。
1980年代後半以降になると、中高生から、露出度の高いブルマーに対する反対の声があがるようになりました。1988年、愛知県内の高校では、ブルマー着用の義務づけに反対して女子生徒が署名活動を行いました。1992年には、愛知県の別の高校で「体育祭でジャージのズボンを履いてもいい」と生徒議会で決定したにも関わらず、学校側が無視したことにより、生徒会役員が辞表を提出するという事件も起きています。
ブルマー以外の選択が認められないことで、女子生徒にとっては「積極的に身につけたくないもの」という認識が定着していきます。

さらに同じ頃、ブルマーへのイメージを決定的に変えてしまう動きも起こりました。

掛水さん
「『ブルセラブーム』です。主に女子高校生の中古のブルマーやセーラー服に性的な価値を見いだした人たちの間で売買されるということが一時期流行し、メディアでも大きく取り沙汰されました。男性マニアが買うブルマー、そんなブルセラの対象になるものを履きたくないという声が強くなりました」

女性の身体的な自由度を高めるという点で、女性解放の象徴だったブルマー。動きやすさから選ばれたはずのユニフォームでしたが、履きたくないという意思が認められないことや、性的な視線を向けられる対象になってしまったことで、本来の目的とは逆転し、女性に羞恥心や嫌悪感を抱かせるものに変わってしまいました。
そうして、1990年代以降、ブルマーは急速に教育現場から姿を消しました。

教え子を傷つけたくない 手探りの対策する指導者も

ユニフォームに向けられる性的な視線から若い選手を守りたいと、現場での模索を続けている人もいます。元・新体操選手で、現在は子どもたちの指導にあたる60代の女性は、インターネットが普及し始めた頃からさまざまな対策を講じてきました。
発表会を行う際には、観客を保護者などの関係者だけに限定しました。衣装も、子どもたちの体型によっては長めのスカートをはかせたり、胸のふくらみが分からないように、あえて胸の部分に飾りをつけたりして目立たせなくすることもあります。
保護者とはいえ、発表会では男性の目もあるため、足を真正面で大きく開かせるような演技をさせない配慮もしているそうです。
こうした対策を取っていても、問題を根本的に解決するのは難しいと女性は話します。

指導者の女性
「体の線が見える衣装は、美しさを表現しやすく、動きやすいということから、競技上、欠かせないものです。美しさを表現することをクリアしているのであれば、選択肢が増えることは良いことだと思います。ただ、例えばボディースーツだって、ピタッとしていて、あれを性的な目で見る人もきっといますよね。難しいのは、そういう目で見ること自体を私たちが止められないということです」

いま、この問題には競技団体も対応に乗り出しています。11月、JOCなど7つの団体が「アスリートの盗撮や写真・動画の悪用は絶対に許されない卑劣な行為だ」とする声明を発表。各団体が連携して競技中の盗撮防止を呼びかけることや、JOCのホームページに通報窓口を設置して警察に情報提供するなど、対策の強化を打ち出しました。

声を上げた女性たち これから求められるのは

開催について議論が分かれた今回の東京オリンピック。しかし、女性アスリートたちが「性的な視線を向けられることへの拒否」を自らその舞台で示したということは、歴史的な出来事だったと言えるのではないでしょうか。1896年にアテネで開催された第1回オリンピックは、女性選手の参加が認められていませんでした。今回の東京オリンピックでは、日本選手団の女性選手は過去最多。全体で見ても出場選手の約半数が女性になっています。女性選手の参加が増えることで、ユニフォームをはじめとするさまざまな疑問や違和感に対して声が上げやすい環境が整いつつあるのかもしれません。
女性アスリートが、安心して競技に打ち込める環境を作るために何が必要なのでしょうか?あらためて掛水さんに聞きました。

掛水さん
「競技団体の中に女性が入っていくことは不可欠です。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗元会長の発言があったあと、トップが全て女性になり、JOCの女性理事も増えました。発言そのものは残念でしたが、組織の中に女性が多く入る結果となったことは良かったと思っています。1人の女性が声をあげるだけでなく、賛成してくれる声も必要なので、女性の数が増えていくことが大切だと思います」

取材後記

経験者の多くが語った“着るのが当たり前”ということば。スポーツをしてこなかった自分も、体操服としてブルマーを履いていたころ諦めにも近い思いで“履くのが当たり前なんだから”と感じていたことを思い出しました。私たちの生活に潜む“当たり前“にもう1度目を向け、おかしなことに対しては声を上げることを諦めてはいけないと、強く感じる取材でした。
盗撮などの被害は、スポーツ現場だけで起こるものではありません。性被害にあった女性に対して「露出の高い服を着ていたからだ」と非難の声が浴びせられることがあります。でも、どんな服が好きで、どんな装いをするのかは、本人の自由です。短いスカートを履いていたとして、それは決して性的なまなざしで見る誰かのためではなく、自分のため。誰もが不安なく、着たいものを着られる社会にしていきたいと思います。

  • 石川由季

    首都圏局 記者

    石川由季

    2012年入局。大津局・宇都宮局を経て首都圏局。福祉や子育ての問題などを取材。

  • 柳田理央子

    首都圏局 ディレクター

    柳田理央子

    2013年入局。松山局・おはよう日本を経て2019年から首都圏局。ジェンダーやセクシュアリティーに関心を持ち取材。

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