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東京・中野区の駄菓子屋 “コロナで減った楽しみの隙間埋めたい”

  • 2021年7月25日

「夏休みの旅行やお祭りの楽しみがなくなっている中、その隙間を埋めていけたらと」
コロナ禍で客が増えているという東京・中野区にある駄菓子屋の店主は、それが決してうれしいしいことではないという表情でこう語ります。もちろん経営も、楽ではありません。
でも、店内に並ぶ品々に目を輝かせるのは、子どもばかりではありませんでした。

(首都圏局/カメラマン 田中由紀恵)

「店内は10人まで」コロナ禍の駄菓子屋

西武新宿線の黄色い電車が踏み切り越しに見えるところに、その店「ぎふ屋」はあります。

都内で見かけることも少なくなった、昔ながらの「駄菓子屋さん」のたたずまい。入り口に4台並んだゲームはどれも1回10円で楽しめて、順番を待って人が並ぶほどの人気ぶりです。

店内に一歩立ち入ると、昭和40年代生まれの私にとっては懐かしいと感じる世界が広がっています。
でも「店内10名まで」という張り紙と、数か所に置いてあるアルコール消毒のボトルが、コロナ禍の駄菓子屋さんであることを語っています。

「ください」

少女のかわいらしい声が店に響きます。
手に持っているのは冷蔵庫から取り出した瓶入りのラムネです。

「おうちで飲む?飲み方わかるかな?」

にこやかに声をかける店主。
コロナで地域の夏祭りが相次いで中止される中、子どもたちが屋台でラムネを買って飲むことは、今年も難しいのでしょうか。

コロナ禍の隙間を埋めたい

男の子を連れていた男性に声をかけてみました。息子は5歳。近所に住み、休みの日には子どもとよくこの店を訪れるそうです。

「コロナで遠くには行けないので、『公園に行ったあとはここに寄る』というような。来る頻度は増えましたね」

店主の土屋芳昭さんは、表情を硬くしながら「確かにお客さんは増えているんです」と語ります。

土屋さん
「コロナ前であれば、放課後も子どもたちはいろんな所に行けたと思うんです。でも、それがいまは行く場所が限られてしまっているんだと思います。さらに、親が在宅で仕事をするようになったことで、家ではいつも怒られてばかりだと、息が詰まっちゃうんでしょうね。塾に行っていれば、ほめられるから、早めに家を出てここに寄り道する、という子が結構いるんですよ」

コロナ禍でさまざまな制約を受ける子どもたち。駄菓子屋は、放課後の子どもたちの数少ない居場所としての役割が、コロナ前に比べて一層強くなっているようです。

「子どもたちの1年、2年って大きいと思うんですよ。大人の1、2年はスルーするだけだけど。普通なら夏休みにあったような旅行やお祭りの楽しみがなくなっている中、少しでも、その間を埋めて行けたらと思うんです」

駄菓子屋を続ける苦労

でも、駄菓子屋を維持するのは、大変な苦労があるようです。
店内には、お菓子やおもちゃなどおよそ400品目が並び、いずれもコンビニやスーパーではなかなか見られないほどの品揃え。土屋さんのこだわりです。

「小さいころに見ていた駄菓子屋像、そこに見合う商品がほしい。それを探したい。このこだわりがなくなると、スーパーと変わらなくなる。そこをきちんと線引きしないと。
以前はそれだけの品物を集めるのにも、一つの問屋さんでほぼ出来たんです。でも、いまは問屋さんやメーカーさん、どこも高齢化して店を閉めたところも多くて、これだけの種類の品物を扱っている問屋がなく、立川や横浜など、何か所も回って品物を集めています」

私の実家(神奈川県)の近くの駄菓子屋さんも、随分と前に姿を消しています。
「駄菓子屋さんって、減りましたよね」
こう問いかけると、土屋さんは苦笑いしながら、言葉を続けました。

「正直、もうけにはならないです。うちのように親から土地と店を譲り受けていて、いまは夫婦だけで暮らしていければいい、という状況であればなんとかなると思いますが。原材料費などはどんどん値上がりしているので、メーカーも値段を上げたいが、子どもたちのことを考えると上げるわけにいかない。なので、中身を少し少なくして10円にするとかって努力をしているわけですよ。あとは税金が上がるほど苦しい。8%、10%と言われても、子どもたちからこの分をもらうわけにはいかない、という思いが私たちもあるんです。10円のものを11円です、とはなかなか言えない。もともと利益率が高くないので、税率が上がっていくとそれだけこちらは苦しくなる。これ以上税金が上がっていったら、お店としては潮時かも知れません」

駄菓子屋コミュニケーション

「ベーゴマを欲しい」という小学生の男の子に出会いました。
家の近くの公園で、大人たちがベーゴマに興じていて、自分もやってみたいと思い、母親と店に来たそうです。

土屋さんが奥からベーゴマを出してきました。少し油のにおいがするベーゴマは、昔と変わりません。遊ぶときのコツなどについて、ひとしきり話をする土屋さんは実に楽しそうです。

「スーパーやコンビニと違うところは、こうしたコミュニケーションですね。会話が生まれるでしょう。これがなくなってしまったら、スーパーとかと変わらなくなる」

店では、今も黒電話が現役で、電話が来るとジリリリリンと店主を呼びます。

そのほかにも店の中には懐かしいものが沢山並べられています。
土屋さんが目指しているのは昭和40年ごろの風景だとのことで、ビートルズのレコードジャケットや、SONYのステレオラジオなど、私も含め“元・子ども”たちの懐かしい感覚をくすぐってきます。

「こうした古いものを置いておくと、お客さんが話しかけてくれるんですよ。話すきっかけになるでしょう?」

いたずらっぽく土屋さんが笑う。
昔お菓子を買いに来ていた子が、大人になり、たばこを買いに来ることもあるという。

「『久しぶり、たばこ頂戴』と言われてびっくりしてよくよく見たら、『あ、お前か』っていう。小学生ぐらいだった子が20歳過ぎると、全然変わっちゃって最初は分からないこともありますよね。ここまで“会話”ができる仕事はないですよね、同世代と話すと『子どもたちとフリーに話せるの、いいな』っていわれます。それが財産だと思います。父から、地域とのつながりを大事にしろといわれてこの店を引き継いだので、これからもそれを大切にしていきたいと思います」

大人も子どもも楽しめる駄菓子屋に

私が取材していた日は、京都からバイクで来た青年もいました。好きなアイドルがネット動画で紹介していたので寄ったそうです。
土屋さんのこだわりが詰まった「駄菓子屋さん」は、ネットやSNSなどで広く知られるところとなり、いまでは遠くから訪れる人も少なくありません。
“いまの子ども”たちの楽しい居場所として、また、“元・子ども”たちの遠い記憶を呼び覚ます場所として、駄菓子屋さんはその存在感をコロナ禍で一層増しているようでした。

最後に、土屋さんに「いま、伝えたいことはありますか?」とたずねると、こんな答えが返ってきました。

土屋さん
「いまはこんな時だけど、本当はこんなはずじゃない、って子どもたちに伝えたいですね。本当はもっと夏休みって楽しいものだし、またそういう時が必ずくる。昔はなにやってもよかったけど、いまは何やってもいけないっていう状態。もちろん今は今で楽しみ方はあるはずなんだけど、いまが100パーセントとすれば、これから150、いや200パーセント楽しくなるはずだと」

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