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医療費が払えなくてもあきらめないで 「無料低額診療」の現場

  • 2021年7月21日

「長生きするつもりはないので、これ以上の治療はしなくていいです」
新型コロナの影響で職を失った男性が、治療を勧める主治医に言った言葉です。医療費が払えないからと、検査や入院をあきらめていました。
長引くコロナ禍、経済的な理由から、体調が悪くても受診を我慢する人が増えていると懸念されています。そうした中で支えになっているのが、一部の医療機関で実施されている「無料低額診療」という事業。生活困窮者が、無料もしくは低額の負担で治療を受けられるというものです。
「お金がなくても治療を」。受診を我慢する人たちを医療につなげようと奮闘する医療現場を取材しました。
(首都圏局/ディレクター 有賀実知)

「お金がないから・・・」 検査や入院をあきらめる男性

横浜市に住む69歳の男性です。タクシーの運転手や病院の看護助手の仕事などをしていましたが、契約の更新を断られ、今年3月に職を失いました。

男性は糖尿病の持病があり、動脈硬化などさまざまな合併症も引き起こしています。
一日に18種類もの薬を服用しなければならず、毎月2万円ほどの医療費がかかります。月10万円の年金で暮らす男性には重い負担です。

男性

1週間この薬を飲まなかったら、もう私はアウトでしょうね。薬で生きているようなものですから。これでも薬を減らしているんです。出費を抑えるために、家の外にはほとんど出ません。飲みに行ったり、遊んだりはしない。ただ生きているだけ。

家計が苦しい時期にはお金がないと言い出せず、受診の予約の日が来ても診療所に行けなかったこともありました。
去年8月には、主治医から「脳梗塞をおこす恐れがある」と精密検査を勧められましたが、先延ばしにしてきました。

男性

「長生きするつもりはないんで、検査はいいです」って散々断ったんだけど…。お金があれば、受けますけどね。収入が減って、生活が崩れていく中で、貯金も全部使ってしまっていて。毎月の医療費や保険料は常にかかってきますから。その上、入院して検査をするとなると、どう計算したって支払えないんですよ。

手遅れになる前に…「無料低額診療」で治療へ

男性の様子を心配した主治医から相談を受けたのが、ソーシャルワーカーの松尾ゆかりさんです。男性の生活状況を聞き取り、「無料低額診療」を利用してみないかと提案しました。

「無料低額診療」は、一部の医療機関で実施されている、生活に困窮している人を対象にした事業です。対象となる人の医療費を医療機関が負担することで、無料または低額で診療を受けられるというものです。
実施している医療機関は、国や自治体から税金の一部を免除するなどの措置を受けることができます。

利用の条件や期間は医療機関によって異なりますが、生活保護基準にギリギリ満たない人たちも対象になります。男性の通う横浜市の診療所では、収入が生活保護水準の約1.5倍までの患者を対象とし、6か月ごとに利用を継続するか見直しをしています。

ソーシャルワーカー 松尾ゆかりさん
「生活保護を受ければ医療費は免除されますが、男性は退職したばかりで、最後の給料や諸手当が若干入るため、一時的に収入が生活保護基準を超えることがわかりました。本人も生活保護を望んでおらず、『なんとか仕事をしたい』という思いが強くありました。病状が進行しているので、まずは治療を優先させるため、無料低額診療の利用を勧めました」

男性は「無料低額診療」を利用したことで、6月からの治療が無料になりました。さらに、1年近く延ばしてきた精密検査も受けられることになりました。

男性

どうも。先生、色々とお世話していただいて。

医師

次はいつ会えるかなと思っていたけど、ようやく会えてよかった。せっかく医療を受ける条件が整ったから、遠慮なく受診してくださいね。

男性
「お金の心配のストレスって寝られないんですよ。本当に。申し訳ないけど今回初めて無料低額診療に甘えさせてもらって、精神的にも楽になりました。助けていただいて本当に元気が出たっていうかね。頑張らなきゃいけないという気持ちになりますね」

男性は治療を進めながら、ハローワークで職探しを始めるなど、生活の立て直しをしようとしています。

コロナ禍で増える“受診を我慢する人たち”

この医療機関では、「無料低額診療」を利用する患者がコロナ禍で前年のおよそ1.3倍に増加しています。ソーシャルワーカーの松尾さんは、具合が悪くても医療費が払えず困っている人が、潜在的に増えているのではないかと危機感を抱いています。

松尾さん
「派遣や非正規雇用など、もともとギリギリの生活をしていた方たちがコロナで大きな打撃を受けています。生活が大変になったら、まず暮らしを優先しますから、医療はどうしても後回しになります。そうすると、その間にすごく重篤化して手遅れになってしまう方たちが出てくるんですね。SOSを出せないまま困難に陥っている方が今後ますます増えていくだろうと思います。そういう方たちをどう見つけ出していくかが大きな課題です」

「受診を我慢しないで」 食糧支援の場でアプローチも

「無料低額診療」を実施している医療機関の中には、SOSを出せず、受診を我慢している人たちに対して独自のアプローチを試みているところもあります。

職員)「お肉、鶏一個ね。お米もどうぞ」

利用者)「ありがとうございます」

埼玉県川口市の医療機関では、去年6月から毎月、無料の食料配布を行っています。
米や野菜、レトルト食品をはじめ、洗剤やマスクといった日用品や衣類などを医療スタッフらが手渡します。

利用者は毎回50人近く。ひとり親世帯や失業した人、外国籍の人などが多く訪れます。

来た人にまず最初に行うのが、利用者の生活相談です。有志で参加する医師や看護師、ケースワーカーなどが話を聞きます。

職員:きょうは食品以外で何か必要なものはありますか?
女性:サンダルとか…あったら。
職員:お子さんの物ですか?
女性:はい。子どもの1つ。

生活での困りごとなどを聞き取りながら、健康状態や病院の受診状況も確認します。

看護師:病院や訪問看護にはかかれてる? 奥さんの受診も大丈夫?  
利用者:はい

相談者の対応を終えたあとには、医療スタッフや地域のボランティアが会議を開きます。
話を聞いて気になった人や、事前に声をかけていたのに来なかった人などの情報を共有し、必要があればソーシャルワーカーがあとから詳しく事情を聞き取って、医療につなぐのです。

社会福祉士 竹本耕造さん
「“医療費が払えない”“保険証がなくて困っている”って、見ず知らずの人に話せないですよね。困ったときに誰かに相談をするのが難しい世の中になっているのではないでしょうか。食料配布自体は一時的な支援に過ぎないのですが、その場で声掛けをすることで、より多くの方にアプローチする手段になっていると思います。こちらから積極的に声をかけて、『ああ、よかった話を聞いてもらえるんだったら話すわ』っていうことで、10のうち1か2でもつながれればいいのかなと思います」

取材後記

取材で目の当たりにしたのは、「お金がないから」と治療を諦める人を、何とか手遅れになる前に医療につなぎたいと、使命感を持って働く医療現場の姿です。
取材した糖尿病の男性は、無料低額診療を利用するにあたり、「申し訳ない」という言葉を繰り返していました。男性のように医療費が払えない人たちを、「自己責任だから仕方がない」と切り捨てるのではなく、積極的に見つけ出して支援につなぐ。そうすることで救われる命は少なくないのだと感じました。
ただ、現状この事業は一部の医療機関の使命感に頼ることで成り立っています。そして、その医療機関の多くがコロナ禍で一層厳しい経営や人手不足に直面しています。生活が苦しい人の医療を、国や自治体がより手厚く支える仕組みを考えていく必要があるのではないか、取材を通してそう感じました。

無料低額診療を行っている医療機関は、全国に約700あります。詳しく知りたい方は、各都道府県にお問い合わせください。
全日本民医連に加盟している医療機関については、同連盟のHPからも確認することができます。

全日本民医連 https://www.min-iren.gr.jp/

  • 有賀実知

    首都圏局 ディレクター

    有賀実知

    2021年入局。貧困や人権の分野に関心を持つ。

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