WEBリポート
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. WEBリポート
  4. 文化は“不要不急”なのか?~コロナ禍で憲法25条が問いかける~

文化は“不要不急”なのか?~コロナ禍で憲法25条が問いかける~

  • 2021年5月12日

「芸術家を役立たずだと思うなら、コロナ禍での隔離生活を、音楽も、本も、詩も、映画も、絵画もない状態で過ごしてみるといい」
「スタンド・バイ・ミー」などで知られるアメリカの作家、スティーブン・キングが、去年4月にツイッターに投稿した言葉です。
新型コロナの感染が拡大する中、日本でも「文化的な活動は不要不急なのか」という話はよく耳にします。実はこの「文化」という言葉は、日本国憲法の25条で明記されています。条文に込められた「文化」への思いを、コロナ禍のいま、考えます。 
(首都圏局/記者 山内拓磨)

“文化は人間を支える背骨”

感染拡大前の公演の様子

東京・八王子市にある「劇団 風の子」は、感受性が豊かな子どものころに「生の文化」に触れてほしいと、各地の小学校や幼稚園などに出かけて、子どもたちに向けた公演を行っています。戦後まもなく始まった活動は、70年あまり続けられています。

新型コロナの感染が拡大する前、公演数は1年間で1000件あまりでした。体育館全体を使い、子どもたちにも舞台に上がってもらって一緒に劇を作ってきました。
しかし、コロナの感染が広がった昨年度の公演数は半減。感染対策を徹底するため、これまで大勢を集めて一度に行っていた公演を、座席数を減らして何度かに分けて見てもらう形にしました。限られた公演に向けて、マスクをつけて日々稽古を続けています

劇団が掲げる理念は、「日本の子どものことを考えることは、日本の未来を考えること」。
代表の大澗弘幸さんは、演劇や芸術に触れることは、人生を支えることにつながると信じて活動を続けてきました。

劇団 風の子 大澗弘幸代表
「子どもの時にどんなものに出会っているのかは、その後の人生でとても大事になってくると思うんです。人の息づかいや汗、生の声を聞くことは、子どもたちが表現や発信をしていく上で、きっといいものになる。演劇や芸術といった“文化”は、その人間を支える背骨であるんじゃないかなって思います。その背骨を作っているんだと僕らは自負して、70年やってきているんです」

憲法25条に込められた“文化”への思い

74年前の昭和22年5月3日に施行された日本国憲法には、「文化」について、強い思いが込められています。
「生存権」を定めた25条1項には、こう記されています。

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」

条文の作成に尽力した1人が、法律の専門家で、戦後に国会議員となった鈴木義男です。

憲法は、GHQから草案が示されたあと、日本の国会で議論されました。
その委員会のメンバーだった鈴木は、当初、GHQ草案になかった今の25条1項を盛り込むよう主張したのです。

鈴木の研究を続ける、東北学院大学の仁昌寺正一名誉教授は、鈴木が憲法に「生存権」を明記すること、そして、「文化」という言葉を入れることにもこだわったといいます。

東北学院大学 仁昌寺名誉教授
「当時の委員会では、別の議員から『ほかの条文にある幸福追求権で十分だ』という主張もあったのですが、鈴木は『生存権は最も重要な人権だ』と論破しています。『文化』についても、『文化』ということを強く言わないと、生存権は成り立たないと考えていたんじゃないでしょうか」

25条に明記された、「文化」という言葉に込めた思い。
鈴木が憲法について解説した文章に、その思いが記されていました。

「人間が動物と違うところは、ただ働いて食べて寝て起きて死ぬというのではなく、芸術を楽しむ、社交を楽しむ、読書や修養につとめる、つまり文化を享受し、人格価値を高めるというところにある。故に生存権というのは、単なる動物的生存でなくて、人間に値する文化的生存ということである」

鈴木が「文化」への思いを深めたきっかけは、第一次世界大戦後にヨーロッパに留学したことでした。そこで、文化的な活動の価値を大切にする思いを深めたといいます。

東北学院大学 仁昌寺名誉教授
「鈴木は『人間らしい生活という中には様々な文化の要素も入っているんだ』ということを繰り返し論文で指摘しています。何を“文化”だと捉えるかは、人によって違いますよね。音楽が好きな人もいれば、絵を描くのが好きな人もいる。ただ、それぞれの個性に合わせて、豊かな人間性を育むもの、そういう可能性を秘めたもの、その力が、“文化”だと鈴木は思っているんです」

“どんな状況でも文化的な営みを捨ててはいけない”

憲法が施行された当時、社会には戦禍の跡が色濃く残っていましたが、鈴木が残した言葉には、どんな状況でも文化的な営みを捨ててはいけないという思いが込められていました。

「敗戦後しばらくのわが国のように、経済は極度に疲弊し、財政も行き詰まっている現状においては、この理想に邁進することは容易なことではない。あるいは、なかなか達せられないであろう」

そうした中でも、と鈴木は続けます。

「憲法は目前のことを規定するものではなくて、永久の理念を指示するものであるから、この実現を目標として、前進することに希望をつなぐべきである」

コロナ禍でも文化に触れて豊かな人格を

子どもたちに演劇を披露してきた「劇団 風の子」には、公演を見た子どもたちから絵手紙が届くといいます。「ありがとう」といった言葉とともに、劇を見つめる子どもたちの笑顔が描かれています。

コロナ禍で難しさがあっても、子どもたちには少しでも「文化」に触れることで、豊かな人格を育んでほしい。劇団の願いです。

劇団 風の子 大澗弘幸代表
「演劇をしている自分たちは不要不急のものなんじゃないかと落ち込んだり、自分たちの存在って何だろうとすごく考えたりもしました。それでも、公演に訪れた学校で子どもたちが笑顔になってくれたり、リアクションをくれたりして、必要な存在なんだと思えました。子どもたちもコロナの影響で出来なくなっていることが多く、生きづらくなってしまっているんだと感じます。コロナに立ち向かっていく力も“文化”しかないと思うので、頑張って子どもたちに届けていきたいと思います」

コロナ禍の今だからこそ

コロナ禍で、文化的な活動に直接触れる機会が失われることの影響について、文化と法制度に詳しい静岡文化芸術大学の中村美帆准教授は、こう指摘します。

静岡文化芸術大学 中村美帆准教授
「大人だと、“直接”に代わるものをオンラインで探すことができますが、子どもの場合は難しいし、失われたこと自体にすら、なかなか自分で気づけないかもしれない。その意味では、文化的なものが失われた時の影響は子どものほうが大きいと思います。次世代を担う子どもたちが、文化的な体験からいろいろなことを吸収していく過程が失われると、将来的にも影響が出てしまうのではないかと心配です」

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と明記された憲法25条は、コロナ禍の今だからこそ、大きな意味があると話します。

静岡文化芸術大学 中村美帆准教授
「“文化”というと、どこか高尚で、ふだんの生活から遠いものをイメージする人もいるかもしれませんが、日常生活の中で気負わず楽しめるようなものだという捉え方もできるのではないでしょうか。憲法25条では、“健康”や“最低限度”といった文言に比べると、“文化”という文言は、これまであまり注目されてこなかったと感じています。でも、条文を入れた鈴木義男が言いたかったことは、『今すぐは難しいかもしれないけれども、人間として当然に、健康で文化的な最低限度の生活を望んでいいんだ』ということだと思うんです。コロナ禍の今だからこそ、そのメッセージを生かしていきたいですし、失われがちな“文化”に思いをはせ、条文に文言が記された意義を考えるきっかけにもしてほしいと思います」                             

  • 山内拓磨

    首都圏局 記者

    山内拓磨

    2007年入局。長崎局、福岡局を経て報道局社会部。検察担当などを経て、2020年から首都圏局。憲法やコロナ取材を担当

ページトップに戻る