WEBリポート
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. WEBリポート
  4. 築地本願寺 コロナ禍で宗教にできること “泣きたいときはお越しください”

築地本願寺 コロナ禍で宗教にできること “泣きたいときはお越しください”

  • 2021年5月10日

「疫病」と「宗教」の関わりには長い歴史があり、東大寺の大仏が作られた理由の1つが疫病への不安だったともいわれています。
医療が発達した現代では、新型コロナウイルスの流行から「宗教」を意識することはあまりないかもしれません。ただ、先行きが見えない中で、多くの人が不安な気持ちを抱えている状況は、昔も今も変わりありません。
「不安が広がる今こそ、宗教にできることはある」という、ある寺の取り組みを取材しました。
(首都圏局/記者 山内拓磨)

コロナで人が集えない寺

東京・中央区の築地本願寺は、1617年に建立された、東京を代表する寺院の1つです。
新型コロナの流行前は、1日に参拝する人の数は数千人にのぼりました。

大きな儀式の際は本堂に多くの人が集まり、夏の盆踊りにもたくさんの家族連れが境内に足を運んでいました。

法要やミサなど、宗教は本来、同じ場所に人が集うことが本質だともといわれますが、今、寺の本堂を訪れると、感染対策で間隔を開けていて、“人が集う”状況ではありません。

4人に1人 “死にたいと思うことあった”の衝撃

毎朝7時、鐘の合図に合わせて朝のお勤めが始まります。
お経を読み上げる寺を運営するトップ・安永雄玄宗務長は、寺が去年11月に行ったある調査に、衝撃を受けたといいます。

築地本願寺がインターネットで18歳から79歳までの3600人を対象に「コロナ禍の不安で気持ちがどう変化したか」を複数回答で聞いたところ、10代20代の若い人の4人に1人が「死にたいと思うことがあった」と回答したのです。

また、特に女性で「孤独を感じるようになった」など、内面に不安を抱えている人が目立ったといいます。

安永宗務長は、特に都心に暮らす人が、新型コロナでふるさとに帰ることも難しくなるなど、影響が長期化する中でさらに孤独を感じるようになっているのではないかと危惧しています。

オンラインも駆使 でも寺の門は開けておくべき

孤独感を深める人に少しでも寄り添いたい。寺では、足を運べない人たちのための取り組みにも力を入れています。

新型コロナをきっかけに、仏像の置かれた本堂の様子をカメラで撮影して、朝のお勤めで僧侶が行う法話の様子などをYoutubeでライブ配信しています。
コロナ前に本堂に来ていた人は60人ほどでしたが、配信するようになってから常に200人近くが視聴しているといいます。

さらに、3回忌などの際に行う法要も、オンラインで対応しています。

オンライン法要 パソコンに向かって僧侶が話しかける

パソコンに取り付けられたカメラに向けて僧侶が話しかけ、20分にわたってお経を唱える様子を実際に座っているように見ることができます。

寺に直接、足を運ぶことが出来なくなった人のニーズに合わせ、オンラインで対応しようとする築地本願寺。それとともに、安永宗務長は感染対策を徹底したうえで、「常に寺の門は開けておくべきだ」とリアルな場所の重要性を指摘しています。

築地本願寺 安永宗務長
「オンラインの手応えは感じています。800年の歴史で洗練されて今に至っている儀式の持つ力があるので、画面を通じても伝わるのだと思います。でも、本堂には本堂にしかない静ひつさがあり、そうした場に身を浸すことは誰にでも出来る。誰をも拒まないお寺になっていくことが必要なんだと考えています。門戸は常に開かれ、誰にとっても居心地のいい場所であるべきです」

リモートワークで感じた孤独と不安

寺の近所に住んでいる40代の女性です。
以前から散歩で寺の前をよく通っていましたが、これまで特に気にすることはありませんでした。しかし、新型コロナの第3波が押し寄せた今年1月、ふと目にとまり、静かな本堂に足を踏み入れ、並べられたいすに座っていると、心が落ち着いたといいます。

女性
「すごく穏やかな気持ちになれて、『ここにいていいんだな』っていうのが、まずちょっとほっとしたというか。スマホも触らずにゆっくり過ごすというのはすごく新鮮でした」

女性は、2人の子どもを育てながらIT企業で働いています。
コロナの影響でリモートワークが中心となって、出社することはほとんどなくなりました。

それまでの日常では、職場で同僚と何気ない会話をしたり、仕事が終わってからはお酒を飲みに行ったりすることもありました。

子どもたちを学校に送り出してから、静かになった家で1人でパソコンに向かって仕事をしていると、ふと孤独を感じることがあったといいます。

女性
「リモート会議で話すことはあるのですが、合間合間がひとりぼっちで、本当に静寂なので、ちょっと過度に思い詰めるっていうか考え込んでしまう時間は増えた気がします。先行きが不安になったというか、自分の内面に目がいくようになったというのはあります」

さらに、女性の気持ちを重くしたのが、自分と同じようにリモートワークをしていた人が、精神的に追い詰められたり、みずから命を絶ったりしたケースもあったと耳にしたことでした。

そうした中で、散歩中に立ち寄った寺。
それからは毎週のように通うようになり、自分の心と向き合い、考えを整理するようになりました。

「泣くだけに来てもいいんだ」

寺に通ううち、寺に対するイメージも変わりました。

本堂を訪れた際にもらえるカードです。月ごとに変わりますが、2月に書かれていたのは「泣きたいときはいつでも泣きにお越しください」というメッセージでした。

女性
「お寺に行くっていうと『参拝する』と構えちゃうじゃないですか。でもそうではなくて、ちょっと悲しいことがあったら来てもいいんだよ、泣くだけに来てもいいんだよって。こうやってメッセージを書いてくださると、すごく行きやすくなりますよね」

女性は、寺が3月から新たに始めた「朝活」にも参加するようになりました。
朝のお勤めのあと、僧侶と一緒に境内の掃き掃除や、本堂の拭き掃除を手伝います。

朝活の様子 ※緊急事態宣言下では中止しています

こうして寺を訪れる人は、徐々に増えているといいます。

これまであまり関心を寄せることがなかった「寺」という場所。
女性はこれからもうまく「活用」しながら、コロナで変わった日常を過ごしていきたいと考えています。

女性
「いろいろと抱えているものを手放して、考えていることも隅に置いて、必要以上にネガティブになっていたら、『ちょっとおかしいな』って気づいて、リセットできる場所なのかなと思います。僧侶の方がする法話も、コロナの前だったら当たり前で耳に入ってこなかったようなことが、今の状況だからこそ心に入るように感じます。お寺は何かを否定せずに寄り添ってくれる場所だと思うので、ちょっと頼ってみる、使ってみるというのもいいのかなと思います」

コロナ禍で寺の役割は?”生きるよりどころに”

寺を運営するトップ、宗務長の安永さんは、多くの人がコロナ禍で、いままで気がつかないふりをしてきた不安に、向き合わざるを得なくなっているのではないかと感じています。

築地本願寺 安永宗務長
「ふだん、会社や組織の中でいろんな人に触れ合っていたら、お互いに支え合って生きていけるコミュニティーの力があります。でも、そうしたコミュニティーから孤立して1人でとなると、今までふたをしてきたような不安が無視できなくなる。コロナによって、意外と自分が生きている土台がしっかりしていないということに気づかされたという人が多いのではないでしょうか。でも、本当はいつだって同じなんですよね。気がつかない、気がつかないふりをして僕らは生きてきたんですよ。今まであまり見えてこなかったということだと思います」

それでは、コロナを契機にして生き方を顧みることも出来るのでしょうか。

「表面的な価値観を追っても、自分の心の幸せや安寧は得られません。私は社会的に成功することは否定しませんし、大事なことだと思います。でも、そうした成功が”水平的なもの”だとしたら、『自分は何のために生まれ死んでいくのか』というような、”垂直の方向”にも自分の内面を掘り下げていく必要があると思うんです。この時代に生きていくのは、いつどうなるか分からない。今まで当たり前だと思ったことがそうならないと覚悟を決めた上で、自分は不安の時代にどう生きるのかと一歩を踏み出すことも出来るのではないでしょうか」

最後に、先行きが見えない今、宗教が果たすことができる役割について尋ねました。

「『不安があっていいんだよ』と言ってくれるのが宗教だと思います。そのためにも、オンラインも駆使しながらリアルに来られる場所としてもお寺を開けておく。『いつでもあそこに行けば安心できる』と思ってもらって、不安から逃れられる場所にしてもらって、ちょっとでも“生きるよりどころ”をつかんでいただければいいなと思います。
不安な時代だからこそ、人々の心の奥底を支えて、前向きに生きる糧になることができたら、宗教が役に立っている、寄り添っているということになるのではないでしょうか」

取材後記

新型コロナの終息の見通しが立たない中、日々発表される感染者数の増減に一喜一憂したり、心がささくれ立ったりしてしまいます。
そんな中、取材で訪れた寺の本堂は、歴史を感じさせる建物にお香の匂いが満ちていて、日常とはちょっと違った場所のように感じられました。
国内にある宗教施設は、寺院だけでも7万以上とコンビニエンスストアの数よりも多いそうです。
私自身、宗教を強く意識して生活してきたことはこれまでありませんでしたが、コロナ禍だからこそ、何かに「依存」するというわけではなく、実は身近にある寺院や教会をのぞいてみるのもいいのかなと感じました。

  • 山内拓磨

    首都圏局 記者

    山内拓磨

    2007年入局。長崎局、福岡局を経て報道局社会部。検察担当などを経て、2020年から首都圏局。憲法やコロナ取材を担当。

ページトップに戻る