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ヤングケアラー支援の先進地イギリス ソール・ベッカー教授に聞く

  • 2021年4月30日

日本でもようやく注目され、国や自治体が支援に動き始めた「ヤングケアラー」。でも、イギリスでは1990年代の初めからこの言葉が使われはじめ、今はヤングケアラー支援の“先進地”とされています。
イギリスではどう支援しているの?日本が参考にできることはなにか?
ヤングケアラー研究の第一人者、サセックス大学のソール・ベッカー教授に聞きました。
(国際部/記者 山本健人)

1993年 世界初の論文発表

今回、話を聞くことができたのは、サセックス大学(2021年5月1日よりケンブリッジ大学)の教授、ソール・ベッカーさんです。30年近く前、世界で初めてヤングケアラーの存在を、社会的な支援対象とすべきだとする論文を発表し、その後もヤングケアラー研究を牽引。これまでに世界各国のヤングケアラー支援に向けた政策提言をしてきた第一人者です。

 

 

Q 「ヤングケアラー」ということばは、イギリスが発祥なのですか?

 

その通りです。「ヤングケアラー」ということばは、1990年代前半に少しずつイギリス国内の関係者などの間で使われ始めましたが、私が1993年に発表した初めての調査結果で社会的な関心が集まるようになり、一般の人にも広く知られるようになりました。今では、イギリスのほとんどの人が「ヤングケアラー」ということばを知るようになりました。

 

Q どんな調査だったのですか?

 

15人のヤングケアラーを対象に、彼らのニーズ、家庭内でどのような介護を担っているかなどについて聞き取りを行った、世界でも最初の詳しい学術調査です。ヤングケアラーは社会的に認知されていなかった存在だったので、見つけ出すのが非常に大変で、1年近くかかりました。

 

Q 調査からはどんなことがわかったのですか?

 

食事、洗濯といった家事から、親のトイレを介助するなどの介護までを担っている子どもたちが一定数いることがわかりました。さらに、ヤングケアラーになると、健康、教育、幸福度に大きな影響を及ぼす可能性があることが判明し、支援が必要な存在であることを示しました。

 

Q ヤングケアラーの存在が知られたことで、どんな変化がありましたか?

 

まず、イギリス政府は法律の中で、ヤングケアラーを支援が必要な存在だと位置づけました(※1)。ヤングケアラーに「支援を受ける権利」を認め、「子どもに教育や発達に重大な影響を及ぼすような負担が大きいケアを担わせるのは不適切だ」という政府の強いメッセージを示したという点で画期的な動きでした。

※1「子どもと家族に関する法律」
イギリスで2014年に成立した法律。ヤングケアラーを「他の人のためにケアを提供している、または提供しようとしている18歳未満の者(ただし、ケアが契約に従って行われている場合や、ボランティア活動として行われている場合は除く)」と定義し、地方自治体に対してヤングケアラーを特定し、適切な支援につなげることを義務づけた。

ヤングケアラーの支援とは

 

Q ヤングケアラーを支援につなげる上で、何が一番重要ですか?

 

ヤングケアラーを見つけ出すことが、最も重要なことです。多くのヤングケアラーは、家族の介護のことを自分から話したがらなかったり、小さなころから介護をしていて「介護する生活が当たり前のこと」だと思い込んだりしています。また、自分が支援を受ける対象であることを知らないのです。だからこそ、大人が見つけ出す努力をしなければなりません。

 

Q 具体的にどんな取り組みを?

 

ヤングケアラーを最も見つけ出しやすい場所は学校です。イギリスでは、教職員やソーシャルワーカーなどが専用のアセスメントシートを使って、休みがちだったり、宿題の提出が遅れていたりしている生徒や児童に対して聞き取りを行い、見過ごされるヤングケアラーを減らそうとしています。また、ヤングケアラーの相談に乗る専門の職員を配置して、ヤングケアラーみずからが言い出しやすい体制をとっている学校もあります。

 

Q 実際の支援は誰が担っているのですか?

 

政府から資金提供を受けた慈善団体が行っているケースがほとんどです。団体には、全国組織型の団体もあれば、特定の地域でのみ活動している独立した団体もあり、これらはすべて「ヤングケアラーズ・プロジェクト」と呼ばれ、プロジェクトは、全国でおよそ300あると言われています。

 

Q どんな支援が行われているのですか?

 

団体ごとに支援メニューは多少異なりますが、放課後に学校や地域の施設でヤングケアラーどうしが集まって悩みや不安を共有できる交流の場を設けたり、遠足やゲームなどを企画したりして、介護から離れる時間を持てるようになっています。また、団体のスタッフが本人と定期的に面談を行い、介護の負担が急激に増えていないかなどを確認しています。そして介護の負担が重い家庭には、家庭訪問を行っている団体もあり、必要があれば公的サービスにつなぐこともしています。

 

Q ヤングケアラー支援の“先進地”とも言えるイギリスですが、課題はあるのですか?

 

さまざまな取り組みが進められているとは言え、依然として、多くのヤングケアラーが支援につながっていないのが大きな課題です。イギリス国内にはヤングケアラーがおよそ100万人いると推計されているのですが、現在、支援につながることができているのはわずか5万人。引き続き、対策が必要です。

 世界各国のヤングケアラー支援は?

 

Q ヤングケアラーをめぐる世界の現状はどうなっているのですか?

 

世界のどの国にもヤングケアラーはいます。世界的にも優れた福祉国家であるスウェーデンでさえ、ヤングケアラーがいることが判明し、政府が対策を講じています。また、ヨーロッパなどの先進国の中には、家庭内で家族を介護することが推奨されているため、よりヤングケアラーが生まれやすい状況にあります。

世界のヤングケアラー支援状況
  支援状況 該当国
レベル 1

「持続的な支援が講じられている」

該当なし

レベル 2

「先進的な支援が講じられている」

イギリス

レベル 3

「中程度の支援が講じられている」

オーストラリア、ノルウェー、スウェーデン

レベル 4

「支援が準備段階にある」

オーストリア、ドイツ、ニュージーランド

レベル 5

「支援が必要だという認識が広がりつつある」

ベルギー、アイルランド、イタリア、サハラ砂漠以南のアフリカ、スイス、オランダ、アメリカ

レベル 6

「支援が必要だという認識が起きつつある」

ギリシャ、フィンランド、アラブ首長国連邦、フランス

レベル 7

「支援の動きなし」

その他の国

※2016年にベッカー教授が発表した論文に基づく。ベッカー教授によると、この時点で日本はレベル 7に該当するという。

日本へのメッセージ

 

Q 支援の動きが始まったばかりの日本では支援制度はありません。どんな制度が必要でしょうか?

 

ヤングケアラーにとって理想的な支援制度は、それぞれの国の社会や文化によって異なり、日本にとってどんな制度が望ましいか考えていく必要があります。そのためには、まず実態調査を複数回行い、現状を把握し、日本のヤングケアラーがどんな影響を受けているかを徹底的に分析する必要があります。さらに、行政、教育、医療などの関係者が集まる横断的な検討委員会を政府が主導して開き、現場レベルの支援をどんな団体が担うのが望ましいかを議論していかなければなりません。

 

Q 日本に向けて何かメッセージはありますか?

 

ヤングケアラーについて、私たちはどうしてもネガティブなイメージを抱きがちです。ただ、ヤングケアラーは同年代の子どもたちと比べて、すぐれた能力を持っていることも調査でわかってきています。彼らは、家族の介護を通して、複数の作業を同時にこなす能力があります。相手が求めていることを察して行動することもできます。さらに、同年代と比べて精神年齢が高い傾向にあることもわかっています。彼らの優れた面にも目を向け、ヤングケアラーであることが恥ずかしいことではないと、人々の意識を変えていくこともとても大事です。

 

  • 山本健人

    国際部 記者

    山本健人

    2015年入局。初任地・鹿児島局を経て現所属。 アメリカ担当として人種差別問題などを中心に幅広く取材。

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