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私もヤングケアラーだった ~亡き母への後悔 届けたい恩返し~

  • 2021年4月28日

大学生の時、帰宅すると、母親が叫びながら窓から食器を投げていました。
母には精神疾患がありました。
でも、しばらくして私は家を出ます。母のケアを続けるのが、つらくなったのです。 

2年後、警察から突然電話がかかってきました。
「お母さんが亡くなりました」
母にできなかった恩返しを、誰かのために。いま私にできることだと考えています。

元ヤングケアラーの直也さん(31)が、幼い頃からの母親との日々を語ってくれました。

「ほかの大人と違う」母親をケアして

3歳くらいのときに両親は離婚し、それからはシングルマザーとなった母親と2人で暮らしてきました。

私が小学生の頃から母は精神的に不安定で、状態が悪いときは、代わりに買い物や食事の準備をしていました。

突然、笑い出したり、ひとりで誰かと話をしたり。母親のことを「ほかの大人と違う」と感じることもありましたが、誰にも相談できませんでした。そのときは病気のことは知らず、子どもながらに「恥ずかしい」と感じていたのです。

母の状態悪化 もう関わりたくないと家を出た

その後、母の状態は悪化します。
昼間もカーテンを閉めたまま、部屋に引きこもりがちに。料理もできなくなり、鍋が焦げているのにぼんやりしたままということもありました。

ある日、ショックを受ける出来事がありました。
帰宅すると、叫びながら窓から外に皿やコップを投げる母の姿を目の当たりにしたのです。

あわてて救急車を呼んで、初めて病院の精神科を受診。「統合失調症」という病名も、このとき知りました。

「お母さんを入院させますか?」
精神疾患にどう対応すればいいのかわからず、医師から、入院すると「体を拘束する場合がある」とか「薬の影響で精神のバランスが崩れることがある」と聞き、自宅での生活を選びました。

でもしばらくして、家を出ました。
母と話すとけんかばかり。向き合い続けるのが、つらくなってしまったのです。

なるべく帰りたくないし、関わりたくない。

友達の家を転々としながら、夜遅くまでアルバイトをして生活費を稼ぎました。

突然の母の死 そして家を出た後悔

母と疎遠になって、およそ2年。携帯電話に電話がかかってきました。
電話番号の末尾は、「0110」。警察署からでした。

「お母さんが亡くなりました」

頭の中が真っ白に。
直接、会ってはいなかったけど、1週間ほど前に電話でやりとりしたばかりだったのに。
なぜという疑問。そして、家を出た後悔の気持ちが沸き起こりました。

「母は支えられていた」初めて知った事実

直也さん

精神疾患のあった母親が亡くなるまでの状況を語ってくれた、直也さん。
母の死に大きなショックを受けましたが、葬儀に参列した人が語った言葉で、少し救われたといいます。

直也さんの母親は“突然死”でしたが、亡くなるまでの間、NPOが運営するグループホームで支援を受けながら暮らし、さらに回復を見せていたというのです。

母が支援を受けていたグループホーム

そこでの生活の様子を教えてもらう中で、母が得意料理を振る舞ったこともあったと聞き、驚きました。

直也さん
「薬もちゃんと飲んでいましたとか、どこどこに行きましたとか、母がどんな生活をしていたのか話してくれました。福祉の資源を使うことで、そこまで回復するんだなと思いました」

母にできなかった恩返しを 母を支えたNPOで働く

母にできなかった恩返しを少しでもしたい。直也さんは、母を最期まで支えてくれたNPOで働くことを決めました。

いまは、精神疾患のある人の住まい探しなど、生活の手助けをしています。

直也さん
「高校生からずっとやっていたので飲食店で働く予定だったんですが、母がお世話になったグループホームの施設の方から、卒業したらうちに来ないかと言ってもらいました。母親にできなかった恩返しをできるんじゃないか、社会福祉として誰かのために恩返しできればと思ったんです」

直也さんが働くことになったNPO法人「東京ソテリア」(東京・江戸川区)で代表を務める野口博文さんは、12年前に精神障害者のグループホームの運営を始めてから、これまでに100人以上を受け入れてきました。

直也さんのような精神疾患のある親を支える「ヤングケアラー」の姿も見てきた野口さん。周りからの差別や偏見を心配して相談しにくいと感じたり、親の精神疾患について理解できずに、「親が苦しんでいるのは自分のせいなのではないか」と自分自身を責めてしまったりする子どもも少なくないといいます。

NPO「東京ソテリア」代表 野口博文さん
「自分の親が精神疾患を持っていることを恥だと感じて、子どもや家族にとっても隠したいと思うことがあるかもしれません。でも親が心の病気を持つことは、特別なことではないし、心の病気になった親が悪いわけでもありません。だからこそ支えていくのは社会の責任だと考えています」

ヤングケアラーの「第2の家」を作る

精神疾患のある親のケアを担う子どもを支えようと、野口さんはいま、支援を充実させようとしています。

その1つが、居場所づくりです。
新宿区に「さんさんハウス」と名付けた、新たな拠点をつくり、6月から受け入れを始めます。スタッフが常駐し、精神疾患のある親のケアを担う子どもが泊まったり、食事をしたりできます。

孤独を感じてつらくなったり、家にいたくなかったりしたときに滞在できる、「第2の家」として安心して利用してほしいと話します。

NPO「東京ソテリア」代表 野口博文さん
「自分のことを話してもいいし話さなくてもいい。まず、ありのままを受け入れてもらえる、
そういう場所が子どもたちに必要だと思います。周りの誰かとつながっていくことが大事で、“あなたは1人ではない”と感じてほしいです」

ヤングケアラーのあなたに送るメッセージ

さらに、元ヤングケアラーや支援者33人からの子どもたちへのメッセージ集も作成しました。
表紙には、見えない差別や偏見の雨から、大人が傘をさして子どもたちを守るイラストが描かれています。

それぞれが自らの体験を踏まえて感じていることがつづられ、「家族が心の病気を持つことは特別なことではなく、さまざまな家庭や生き方があること」「つらいことは、子どもだけで引き受けなくていいこと」を伝えています。

直也さんもメッセージ集に思いを記しました。

誰にも相談出来ない。先生にも友達にも。おかしいと思われたくなくて、
冷たく突き放したり、無視したりもした。

もっと誰かに相談しておけばよかった。
一人で悩んで、そのまま放置。結局自分では何も出来なかった。

後で知った。
おかあさんは沢山の人に守られていたこと。自分が知らなかっただけ。

これからは沢山の人に知ってもらいたい。
家族だけで悩まずに、一人だけで抱え込まずに。
あなたの周りには支えてくれる人が必ず居ます。

直也さんの「あなたの周りには支えてくれる人が必ず居ます」というメッセージが、誰かの支えになるように。
これからもヤングケアラーの実情や支援のあり方について取材して伝えていきたいと思います。

 

  • 氏家寛子

    首都圏局 記者

    氏家寛子

    2010年入局。岡山局、新潟局などを経て現所属 医療、教育分野を中心に幅広く取材。

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