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“教えない授業”がある学校 「好き」に向き合う新渡戸文化学園

  • 2021年4月22日

働き方や人生の価値観が多様化し、「正解がない時代」といわれる現代に、大人は子どもたちに何を教えられるのだろう。2歳の子どもを育てながらそんなことを考えていると、「教えない授業」があることを知りました。まさか「教えない」という選択肢があったなんて…。どんな秘密があるのか、「教えない授業」に半年間にわたって密着しました。(首都圏局/ディレクター 日沖七瀬)

料理のコツ オオカミの生態 好きなことに取り組む授業

東京・中野区の私立・新渡戸文化学園は、子ども園から短大まで、約1150人が学んでいます。中学校の授業をのぞくと、カフェテリアのような空間で、生徒たちがタブレットを片手に思い思いに好きなことに取り組んでいました。

例えば、テレビ会議システムでレストランのシェフに料理のコツを教わる生徒や、動物園でオオカミの生態を調べてきたという生徒。旧来の学校のイメージとの違いに驚きます。

2年生の生徒
「とにかく自由です。『こうしなさい、ああしなさい』っていうよりは、自分で考える。正解がないから、何しても受け入れてくれるんです」 

先生は、生徒たちの間をせわしなく動きながら様子を見守り、時折、「この本を読んでみたら?」といった声かけをしています。そこには、かつてのように黒板の前に立って説明する先生の姿はありません。

子どもたちを主語にした教育改革 柱は「教えない授業」

実はこの学校では、昔からこのような授業をしていたわけではありません。初代校長は教育者の新渡戸稲造で94年の歴史を誇りますが、近年は定員割れに苦しんでいました。そんな学校を改革するため、2年前、公立の中高一貫校から招かれてきたのが山本崇雄先生です。中学校の英語教諭をしながら、学園全体の改革を進めています。

山本崇雄先生
「多くの学校では、先生が決めたことを指示して、子どもたちが従うというような教育内容が多いですけれど、この学校では子どもたちを主語にした、自律した学びが起きるような教育改革をしたい」

山本先生はこの2年間で、「生徒が自分たちで校則を考えるプロジェクト」「生徒が参加する職員会議」など、さまざまな改革を行いました。中でも力を入れているのが、「教えない授業」です。

中学校では、毎週水曜日は丸一日、国語や数学など個別の教科の授業を一切行わず、1年生から3年生までが一緒になって、自分の好きなことに取り組みます。

水曜日の「クロスカリキュラム」が教えない授業。
通常授業は「コアラーニング」と呼ばれ、他の曜日に行っている。

●生徒が取り組んでいるテーマ例
・本物の毛皮と人工の毛皮で、どちらが温かいかを調べる
・牛乳パックでハツカダイコンが育つか実験
・食べ物のおいしさと色の関係をマカロンを作って調べる
・マスキングテープで絵を描いた英語の電子絵本作り

「好き」が学びの入口に 「風呂敷理論」で「苦手」が変わる

なぜ、「教えない授業」のテーマを「好き」なことから選ぶのでしょうか?
山本先生は「好き」を学びの入口にすることが、「苦手」への意識を変えるきっかけにもなるのだと言って、一枚の風呂敷をテーブルに広げました。そして、真ん中をつまんでゆっくりと引き上げると、周りの布も一緒に引き上げられていきます。

山本先生
「『風呂敷理論』と呼んでいます。例えばゲームが好きだとすると、教師は、その生徒の『好き』が何に関わっているのかをよく観察して、いろんな提案をしてあげる。すると、他の好きなことや、一見関係ないような力も、この風呂敷のように一緒に引き上げられていくんです」

例えば、虫が好きな生徒は、水生昆虫について調べていくうちに、「タイコウチ」という昆虫は、太鼓を打っているような姿から、漢字で「太鼓打」と書くと知りました。虫の名前にはすべて由来があると気づいたことで、苦手だった国語にも興味を持てるようになったといいます。

10年後の福島を語れる子どもたちに心打たれて

山本先生がこうした「自ら学ぶ教育」の必要性を実感したのは、東日本大震災がきっかけでした。ボランティアで訪れた福島の被災地で、一度は学校をなくした子どもたちが復興に向けて自分たちで特産品作りに打ち込む姿に、心を打たれたといいます。

山本先生
「交流した福島の子どもたちは、誰もが10年後、20年後、100年後の福島がこうあってほしいということを語れたんです。でも、自分のいま教えている子どもたちが10年後、20年後の東京や日本のことを語れるかというと、ちょっと自信がありませんでした」

子どもたちに、テストや受験のためだけに勉強するのではなく、その先にどんな社会を作っていくのか、そのために自分は何をしたいのか考えてほしいと、山本先生は「教えない授業」を始めたのです。

被災地での経験が「教えない授業」のきっかけに

「音楽で表現するプロジェクト」

「教えない授業」では、2学期からは個人で「好き」を探求するだけでなく、グループでも活動します。他の人との関わりの中で、社会で生きる力を身につけてほしいと考えているからです。

生徒たちは4つのテーマから好きなものを選びます。そのうちの1つが、「『世の中から関係ないをなくす』を音楽で表現する」プロジェクトです。音楽を入口に、社会で見過ごされがちな問題をテーマに曲を作り、2月の学習発表会で披露するというものです。

山本先生
「音楽はひとつの手段で、子どもたちにはたくさんの手段を手に入れてほしい。そこから社会問題への理解を深めたり、人に伝えるとはどういうことか思いを巡らせたり、いろんな相乗効果をちょっと期待しています」

11月、生徒たちはグループに分かれて、メロディーを考えたり、歌詞を作ったりする作業をすることになっていました。

ところが、グループでの議論に加わらず、教室の片隅で他の生徒たちの様子をじっと見ている生徒がいました。

中学1年生のカズキくん(仮名)です。授業の後、どうして参加しなかったのか、気になって声をかけました。

カズキくん
「もともと人見知りで恥ずかしかった。初めてのことに対する拒否反応が強くて。でも、例えばテレビゲームだと、自分で敵と戦うとたくさん経験値がもらえるけど、ただ見たり聞いたりするだけだと経験値はほとんどもらえない。そういう意味では参加しなかったことで損しちゃったなと思う…」

恥ずかしがり屋で、自分の気持ちを人に伝えるのが苦手だというカズキくんですが、ゲームやプログラミングは大好きで、取材にはそうした例え話を使って、とても上手に答えてくれました。音楽も大好きで、今回、音楽を通して何かを表現してみたいと、このプロジェクトに参加したのだといいます。

人に気持ちを伝えるのは苦手意識があるけれど…

カズキくんが、人に気持ちを伝えることへの苦手意識を強めたのは、小学校高学年の頃。友達によかれと思って言った言葉が皮肉と受け止められ、怒らせてしまったことがきっかけでした。以来、どんな風に話せば人を傷つけずにすむのか、わからなくなってしまったのです。

小学生の頃

カズキくん
「『僕の発言、そんなに悪かったんだ』 『そんな感じに受け取られるの?』 みたいな感じのことがしょっちゅうあって。僕自身、普通に話しているつもりで、気まずい空気になったのに気付けなくて。中学生になって『これが原因かもしれない』っていうのを見つけられるようにはなったけど、ほんのちょっと進展したレベルで、まだ全然解決していないかな」

カズキくんが今回、曲のテーマに選んだ社会問題は「資源の大切さ」です。授業で大量廃棄される食品の映像を見たことをきっかけに、興味を持ったといいます。

カズキくん
「すさまじい量の食べ物が捨てられていて、さすがちょっとやばくないか?と思った。人間が限りある資源を無駄使いしたら、地球に悪い影響を与えてしまうのではないか」

その後、いろいろ調べてみると、アマゾンの森林破壊など、深刻な環境問題がたくさんあることを知りました。カズキくんは自然が破壊されていくことの悲しみを、さまざまな電子音を組み合わせた音楽で表現することにしました。

しかし、自分で曲を作るのは初めての挑戦です。山本先生は、プロの音楽家を講師に呼び、曲作りの基礎や、心構えについて教えてもらう機会を作りました。

プロのアドバイスを受けて、カズキくんのやる気に火がつきました。

人との会話は苦手でも、ゲームやプログラミングが趣味というだけあって、パソコンの操作なら大得意です。専用のソフトを使って音を付け足したり、入れ替えたり。2か月かかって曲を作り上げました。

カズキくんが曲作りを通して手にしたもの

そして2月、小学生から高校生までが一堂に会する学習発表会を迎えました。

カズキくんは、体育館のステージで、みんなに曲を聞いてもらうことになりました。大勢の生徒や先生を前に、曲に込めた思いをスピーチします。

カズキくんのスピーチ
「今回ぼくが作った曲のテーマは、資源の大切さです。曲の最初の方は、人間が資源を取り始めたから地球が不安定になっている様子を表していて、そのあとは、重機などを使って資源を無理矢理掘り起こしている様子、そして最後は、資源が不足したり、環境のバランスが崩れて地球が崩壊したりする様子をイメージしています」

自分の気持ちを伝えることが苦手だと言っていたカズキくんですが、一生懸命作った曲について、堂々と語りました。

実はこの発表の段取りを決めるにあたり、上級生と念入りに打ち合わせを重ねました。曲の前に思いを語るのか、後に語るのか、マイクは持つのか、置くのか・・・。自分はどうしたいのかを伝えるカズキくんの表情は、生き生きと輝いていました。

タブレットをスピーカーにつなぎ、いざ曲の発表。しかしここで、予想外のトラブルが発生しました。他の生徒たちの発表もあって騒がしい体育館では、スピーカーの音が小さすぎて聞こえなかったのです。

カズキくんはとっさにステージ裏に向かい、スピーカーの調整を担当している生徒に音を最大のボリュームにしてもらい、何とか発表を終えました。

カズキくん
「音が小さくてちょっと残念だったけど、あらかじめ本番と同じ状況を想定してちゃんと準備するっていうのはすごく大事だなって思った」

曲を聴いた中学2年生の生徒
「こんな才能があるんだって思った。一人で作っているのに、すごく音楽としてつながっていて。バラバラな音の組み合わせなのに、それが一つの曲になっていて、すごいなと思った」

山本先生は、発表を終えたカズキくんの様子にうれしそうな表情を浮かべていました。

山本先生
「表現にはいろんな方法があると思うので、自分の心地いい方法を選べるということがすごく大事。それに挑戦する場があれば、子どもたちはどんどん表現するようになるんじゃないかと思います。子どもたちは、必ず毎回成長しています。大人の力ではなく、子どもたちが自分の手で、自分の判断で上っていく。その成長がすごくかけがえのないことなんです。これからも彼ら自身の『やりたい』という気持ちを大切にして、成長を見守っていきたいと思っています」

正解のない時代を生きる子どもたちに必要なことは

「できないことは可能性」と語る山本先生は、子どもたちの「苦手」を決して否定しません。ともすれば苦手ばかりに目が向き自信を失ってしまうことがありますが、実はそこには、新たな気づきや成長のチャンスがあるのかもしれません。

今回のプロジェクトは音楽を入り口にしていましたが、準備や発表を通じていろいろな人と議論することで、コミュニケーション能力や想定外の事態への対応力など、社会で生きるための力を身につける機会にもなっていました。人見知りな性格や会話への苦手意識は簡単になくなるものではありませんが、カズキくんの成長を目の当たりにして、好きなことを入り口にすれば、苦手なことも成長につなげられる可能性があるのだと実感できました。

正解のない時代を生きる子どもたちに必要なのは、大人に言われたことを従順に守る力よりも、失敗や挫折をも糧に、人生を切り拓いていく力ではないでしょうか。「教えない授業」には、新しい時代を生き抜くためのヒントが秘められていると感じました。

  • 日沖七瀬

    首都圏局 ディレクター

    日沖七瀬

    新潟県出身 2011年入局。大分局を経て2015年から首都圏局で福祉や子どもをテーマに取材を続ける。

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