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そのパン屋は、夜ひらく ~コロナ禍のフードロス解消は三方よし~

  • 2021年4月16日

東京・神楽坂に、午後7時になると開店するパン屋がある。その名も「夜のパン屋さん」。聞くと、フードロスに心を悩ませてきた料理研究家と生活困窮者の自立支援に長年取り組んできた会社、それに街のパン屋が協力してやっているという。どんな店なのか、さっそく足を運んでみた。
(首都圏局/カメラマン 佐藤寿康)

神楽坂 夜7時

地下鉄東西線の神楽坂駅を出てすぐの本屋の軒先に、そのパン屋は現れる。一足早くやってきて店先で待っていると午後6時半に、ひとりの男性が自転車に乗ってやってきた。かごには袋に入ったパンが満載だ。

「きょうは、食パンがいつもより多いよ」

男性は、薄暗い中でもわかるほど日焼けした顔に、もっさりと伸びたひげが印象的な西篤近さん(42)。キャンプなどで使うような簡易テーブルを広げ、店をオープンする準備を始めた。

かごに入れて並べられたパンを見る。食パン・菓子パン・惣菜パン・詰め合わせパンなど様々だ。一つ一つは透明の袋に入れられ衛生的に扱われている。どれもおいしそうだ。ただ、袋に貼られたシールを見ると、いろんな店のパンが混ざっていることがわかる。

「夜のパン屋さん」は“三方よし”

午後7時に開店すると、あっという間に多くのお客さんがやってきた。備え付けのアルコールで手を消毒して、楽しそうな表情で並べられたパンをのぞき込む。夜に外で開かれているといった物珍しさもあるのか、通りすがりに足を止める人も多い。

食パンを買った女性に声をかけてみた。近所に住んでいて、毎週足を運んでいるという。

「今のご時世なので、行きにくい所のパンも食べられてかなり気に入っています」

話を聞くと、この店のシステムや狙いをすっかり知っているようだ。

「自分の食卓に並ぶものを買うことで、食品ロスにも生活困窮者の方にも少しでも貢献できるってことが、私にもとても取り組みやすいですね」

そう。ここは、都内のパン屋で昼間売れずに、そのままでは捨てられてしまう商品を原価から半額程度で購入し、店とほぼ同じ値段で販売する「夜のパン屋さん」。販売を担当する人は、特定の住所をもたないホームレスの人たちや生活困窮者で、売り上げから収入を得て自立した生活を目指す。同時に、パン屋もフードロスの削減が可能になる。

「売り手よし、買い手よし、世間よし」
「夜のパン屋さん」は、まるで近江商人が考えたような“三方よし”なのだ。

コロナ禍が生んだ「夜のパン屋さん」

これを思いついたのは、料理研究家の枝元なほみさん。仕事柄フードロスについて関心が高く、余ってしまう食べ物を必要とする人に届けるような仕組みが出来ないかと、これまで模索を続けてきた。

枝元さん
「フードロスを減らしたいとはずっと思っていたのですけれど、例えばコンビニに『余っているものを捨てないで』って呼びかけるのもちょっと違うと思うんです。食べ物を捨てないことが『いいね』という仕組みの中に組み込むことで継続していくことだと思うし、そのためには生活している人が関わっていけるということを考えていかなければいけないと思っていました」

枝元さんは、生活困窮者たちが路上で販売して収入を得るための雑誌を作る「ビッグイシュー日本」の活動にも共感していて、この会社が設立した基金の共同代表も務めている。この2者が、パン屋に協力を呼びかけてできたのが「夜のパン屋さん」だ。

枝元さん(右)

店先のやりとりでつながりを感じる

働く人たちは、どう受け止めているのか。

販売員のひとり、浜岡哲平さん(42)は、解体工などの仕事を続けているうち体を壊して働けなくなり、路上での生活をせざるをえなかった過去がある。今は、生活保護を受けながら路上での雑誌販売で収入を得ているが、新型コロナの影響で雑誌販売の収入は以前の3分の1ほどに減ってしまったという。

浜岡さん
「仕事柄、街の様子をずっと見ているけれど、出歩く人は本当に減りましたね。外国人はほとんど見ないです。これまでは1日に15冊くらい売れていたけれど、今では5冊くらいしか売れないですね。これまでは大学生の人もけっこう雑誌を買ってくれていたんですけど、リモートで講義に出るようになったのか、買ってくれる人は減りました」

そんな浜岡さんにとって、「夜のパン屋さん」は新たな収入を得られる貴重な場所だが、魅力はそれだけではない。

「このパンはどこのお店のもの?」

 

「どうやって食べるとおいしいの?」

 

お客さんから矢継ぎ早にかかる声に、浜岡さんは笑顔で答える。

「そのまま焼いてもおいしいですけど、僕は目玉焼きをのっけて食べたりしていますね」

 

散歩がてら立ち寄る常連さんの犬の頭をなでるなど、これまでにないふれあいもある。
店先での何気ないお客さんとのやりとりが、いまの浜岡さんにとってかけがえのない時間になっている。

浜岡さん
「雑誌の場合はすぐ売って終わりなんですけど、パン屋さんだと長くしゃべれるので、人とのつながりを感じられてうれしいです。お客さんからも『頑張ってください』って声かけてもらうときもありますし、やりがいはあります。ここに来るのが毎週、本当に楽しみなんです」

罪悪感から満足感へ

「夜のパン屋さん」は、昼のパン屋に従事する人たちにも意識の変化を生じさせている。
この取り組みに賛同している東京港区にある「ラトリエコッコ」の店主・高田麻友美(34)さんは、それを「罪悪感が満足感に変わった」と表現する。

高田さん
「パンが売れ残らないように、売れ行きを見ながら数の調整はこれまでもしてきているんですけど、閉店間際に来てくれたお客さんにもある程度の種類を提供したいとなると、毎日30個から60個のパンが売れ残っていました。丁寧に作ったパンが余る時点で作り手としてとても心苦いのと同時に生産者さんへの罪悪感も同時に抱えていました。でも『夜のパン屋さん』の取り組みを始めてから、全てのパンをお客さんの元に届けられているという満足感がまずあります」

さらにその気持ちは、店のスタッフ全員が共有できるようになったと言う。

高田さん
「パンの作り手は、余る事なく販売したい気持ちは元々強かったのですが、そのモチベーションがそこまで高くなかった製造にあたらないスタッフも含めて、全員が同じ気持ちで1つ残らずお客さんに届けようという気持ちが以前よりも強くなったと思います。さらに、『夜のパン屋さん』ではお店と同じ価格で販売してくれるので、お店のブランド力もキープしてもらえているのも大変ありがたいですね」

この取り組みに賛同してくれるパン屋は徐々に増え、今では14店舗にのぼっている。さらに、都内だけではなく北海道や静岡などからも「夜のパン屋さん」への協力の申し出があるという。

「夜のパン屋さん」がセーフティーネットに

三方どころか四方よしとも言える「夜のパン屋さん」だが、コロナ禍でじわじわと広がる困窮について、長年多くの人たちを支援してきた「ビッグイシュー日本」の佐野未来さんは、厳しいまなざしで語る。

佐野さん
「リーマンショックの時もそうだったんですけど、コロナとかこういう危機があったときにやっぱり一番弱い立場の人が切り捨てられる。現在も『困窮して追い詰められています』っていう相談がどんどん増えています」

そして、雑誌の販売だけでなく、多様な社会のセーフティーネットをつくることが必要だと指摘する。

佐野さん
「『助けてください』とか『困っています』っていうのを直接人に話をするってすごいハードルが高いと思うんですけど、『自分で働きたいんです』っていうのは人に言いやすいと思いますし、食べ物に関わることって誰しもがアプローチしやすいかなと思うんです。おいしそうな食べ物があって、『このパンどこのパンですか』とか話していて、ちょっとそこで打ち解けたら『実は、今仕事がなくて働きたいんですよね』っていうふうにお話しできるようなこともあるかなと思います。この「夜のパン屋さん」からそういったつながりがうまれていくように、まだまだ始まったばかりの小さな取り組みですけど、大きく育てていけたらなと思っています」


本屋の軒先にともった明かりが目印の「夜のパン屋さん」。近くを通りかかったときは、人々の思いが詰まったそのパンを一つ、どうぞ。

夜のパン屋さん 情報
開店:毎週 木金土 19:00~21:00(売り切れまで)
東京都新宿区矢来町123 かもめブックス前
パンの品揃えは日々違うのでTwitter「@yorupan2020」で確認を

  • 佐藤寿康

    首都圏局 カメラマン

    佐藤寿康

    2009年入局。鳥取局、函館局、札幌局を経て、2020年から首都圏局。緊急報道の際にはドローン班としても取材にあたる。

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