「あの時にできたことは、もう戻ってこない。なくしたものは大きい」
家族の介護が原因で高校生の時に希望の進路を断念した元ヤングケアラーの女性は、こう語りました。
同じような状況に陥っている人たちは今もいるのではないか?そう考えた私は、県内すべての公立高校にアンケート調査を行うことにしました。結果は、44人。
アンケートからかいま見える、ヤングケアラーの現実です。
(さいたま放送局/記者 大西咲)
今回、アンケートを行うきっかけとなったのが、高校生の時に家族の介護に追われていながら、周囲から理解されず、将来の夢を諦めたという人たちの存在です。
現在25歳になる女性もその1人です。
2年生の頃から、がんを患う祖父と認知症の祖母の介護に追われるようになりました。両親が共働きで忙しいなど家庭の事情で、世話をする人は自分しかいなかったのです。
所属していた部活動も、入院手続きなどで休み日が続き、途中で辞めざるを得ませんでした。
夜になると認知症の祖母が外をはいかいするようになり、深夜に警察から引き取りに来るように何度も呼び出され、なぜ見ていなかったのかと怒られたといいます。
「もっとまともな嘘をつけ」
夜遅くまで続く介護で、次第に遅刻や早退が増え、学校の先生に状況を説明したものの、こう言われて取り合ってもらえませんでした。
女性
「先生たち自身が、まだ介護していたことがない人が多い中で、介護の大変さを説明しても理解してもらえず、ただ自分が怠けているように受け取られていた。成績が落ちた背景に何があるのか説明しても、信じてもらえなかった」
それでも環境保全の勉強をしたいと必死に受験勉強し、第1志望だった県外の国立大学に合格しました。
ただ、家を離れることは祖父母の介護を放棄することになり、自分の夢を諦めざるを得ませんでした。
女性は、当時の心境についてこう振り返ります。
「介護がなければ合格した大学に行けたという現実を前に、学校生活が制限されてつらかった気持ちが怒りに変わりました。合格通知書をもう見たくないとシュレッダーにかけ、ぼろぼろ泣きました」
後期試験で地元の大学を受け直して進学しましたが、当初の希望とは全く違う分野でした。
高校卒業から7年経った今でも、合格発表や入学式が行われるこの時期になると当時のことを思い出し、胸が痛くなるといいます。
「高校時代は学校で起きることが全てで、介護によってほかの子と違う道を歩まざるを得なくなることがつらく怖かった。あの時にできたことは戻ってこないので、なくしたものは大きいと思います」
女性のように、希望の進路を諦めざるを得なかった人はどのくらいいるのか。
私は、この春、高校を卒業する生徒について、埼玉県内のすべての公立高校145校を対象にアンケートを行い、141校から回答を得ました。
その結果、家族の介護やケアが原因で希望の進路を諦めた人は、24の高校で合わせて44人に上りました。
「県外の大学を希望していたが、親のケアのため家を離れられず希望していない学校への進学を余儀なくされた」
「祖母の病気で家計がひっ迫し、進学を諦めて就職した」
また家族の介護などが原因で、進学や就職に悩んでいることを打ち明けられるなどしたケースは、少なくとも46の高校で合わせて126人に上りました。
アンケートの自由記述からは、学校現場が抱える悩みも浮かび上がりました。
その1つは、「家庭内の問題」にどこまで踏み込んでいいのかという課題です。
「生徒や保護者から学校へ相談してくれれば対応できるが、家庭内の状況を聞くことが難しい時代になっている」
「生徒がその悩みを話してくれるとは限らず、話してくれたとしても、教員としてどこまで家庭内のことに踏み込んでいいのか、悩ましい」
「介護が当たり前になっていて、自分の進路に影響を及ぼしていることを本人が無自覚というケースもある」
背景に経済的な事情をあげる声も聞かれました。
「入学金が用意できなくて進学を諦める生徒が多い。介護やケアで時間とお金が取られる状況だと思います」
「進路を決める上での金銭的な問題について、市町村の公的ケアとどうつなげていくか、どう援助してもらうかで悩んだ」
「経済的な状況で(進学や将来を)諦める生徒がいる。私たちには見えていないが、その中にヤングケアラーに該当する者がいたのかもしれない」
さらに情報共有や相談体制についての意見も聞かれました。
「民生委員や公的機関との情報共有やどこまで関わってよいかの線引きが難しい」
「学校以外に相談できる機関やパンフレット等のお知らせがあると指導しやすい」
「ヤングケアラーの程度がさまざまであるため、ほかの機関と相談する必要性を感じる」
今回の調査結果について、教育委員会はどう考えているのか。
埼玉県教育委員会を訪ねました。
県教委 日吉亨 県立学校部長
「これほど多くの生徒が、困難を抱えながら進路選択を余儀なくされたことは、県としても、重く受け止めなければならない。
ヤングケアラーという視点を、これまで教員側も持てていなかったというのが事実なので、研修を行うなどして正しい知識を身につけてもらい、生徒一人ひとりが主体的に進路選択ができるよう体制を整えたい」
ヤングケアラーの問題に詳しい大阪歯科大学の濱島淑恵教授は、自覚のない子どもが多く、家庭の状況を先生に話していない子どももいるので、アンケートの数字は氷山の一角だと指摘します。
その上で、求められる対策についてはこう話しました。
大阪歯科大学 濱島淑恵 教授
「先生が家庭の内部事情に踏み込めない状況はわかるので、スクールソーシャルワーカーを通じて、福祉分野の支援につないでいくなどの仕組みを作ることや、学校に設ける相談窓口でいつでも相談できる雰囲気づくりなど、窓口を明確にしておくことが大切だ。
社会で支援する体制にはまだ不備があり、障害や病気のある家族の介護やケアを、子どもが担わざるを得ない状況になっている。子どもが介護やケアを負わなくても生活できるような支援体制を整えていく必要がある」