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「きょう、大学やめました」コロナ中退で学びを諦める若者たち

  • 2021年4月1日

「退学届って、こんなに簡単にもらえるんだ」
「教科書は全部捨てました。大学生だった自分との別れの日です」
この春、3月31日で、道半ばで大学を去る学生たちの言葉です。胸を躍らせて大学に入ったはずの若者たちが、なぜ学びを諦める決断をしたのでしょうか。
(首都圏局/ディレクター 大森健生)

観光業界で働きたい 留学を目指して入学した

埼玉県の大学に通っていた小山有夢さん(21)です。「思い描いていた将来には、もう手が届かない」、そんな思いから中退を決め、現在は就職活動をしています。

午前中に千代田区の企業で面接、午後は千葉県にある企業でまた面接という、忙しい日の合間に、“私のような学生がいる現状を知ってほしい”と、取材に応じてくれました。

小山さんは、観光業界で働くことを目標に、アメリカへの語学留学を目指し、大学へ入学したといいます。

小山有夢さん
「高校のころから社会科が好きで、中でも地理に興味があったことから、観光業に携わりたいと思っていました。入学当初はすごく晴れやかな気持ちで、絶対に勉強をして観光業界の会社に入りたいなというのが、在学途中まで変わらない一心でした」

留学は中止に 先が見通せなくなって

しかし、コロナの感染拡大に伴って、状況が一変します。収束が見えない中で、就職に欠かせないと考えていた語学留学は中止に。さらに、専門分野をオンラインで学ぶ環境に疑問を持ち、前向きな気持ちを維持することが難しくなってきました。

小山有夢さん
「観光業界や旅行業界などが打撃を受けている状態で、大学の求人も、大手企業から求人が少ないという事態になっていたので、自分の考えが変わってきました。先が見えないのに、オンラインでやることに疑問を感じながら、このまま勉強していていいのかなと」

両親の収入が激減 重い学費が決断の後押しに

“大学に通う必要があるのか”、その思いに拍車をかけたのが、家庭環境の変化でした。

小山さんは実家で祖母、両親、2人の弟と暮らしていますが、両親の収入がコロナで激減。月末になると食卓に並ぶ品数が減り、お金にまつわるトゲのある会話が増え、家族が壊れてしまう…。今の自分の状況と、大学の学費を天秤にかけた結果、中退を決断しました。

小山有夢さん
「“アルバイト代から学費を出させてくれ”と言われ、家計が苦しいのは目に見えてわかりました。学費や入学金、教材代などの返済に明け暮れるよりは、両親のために、いち早く社会人になったほうがいいと思ったんです。オンラインの授業でもあっても学費は変わらず、どうにもならなかったのですが、今は割り切っています」

コロナの影響で大学中退した学生 全国で1367人に

小山さんのように大学を中退をせざるを得ない状況の学生は、全国にどのくらいいるのでしょうか。文部科学省が行った調査によると、2020年4月から12月までに新型コロナウイルスの影響で大学や短大などを中退した学生は1,367人(中退者全体の約4.8%)に上りました。

中退した人の就職支援をしている人材紹介会社の「ジェイック」で、コロナの影響について利用者にアンケートを行ったところ、「学費にあてる予定だったアルバイトの収入が極端に減った」「親の会社が大打撃を負った」「休学し、お金を貯めて復学、卒業することを目指していたが、コロナでお金が貯まらず中退を決めた」などの声が多く寄せられたといいます。

ジェイック 小久保友寛さん
「長年、中退者の支援をしていますが、自分の力ではどうにもすることが出来ずに中退をするケースが増えているように感じます。目的を持って入学し、前向きに頑張っていたのに、という声に直に接することも多く、やるせない気持ちです」

中退を決めたけれど 友人のインスタを見て未練も

中退を決めたものの、気持ちを割り切れないという学生もいます。
都内の私立大学に通う彩花さん(20・仮名)は、母親と2人のきょうだいと暮らす4人家族です。大学生活にかかる費用や食費は、アルバイト代や給付型奨学金を受け取りながらやりくりしてきましたが、コロナの影響で親の収入だけでは学費を賄うことができなくなり、3月31日付での中退を決めました。

中退を決めたのは、小学生と中学生の2人のきょうだいの将来に不安を感じたのが大きかったといいます。

彩花さん
「2人とも高校受験もまだしていません。“お金がないから無理”といって、きょうだいの将来を潰してまで、私が大学で学ぶ理由ってないんじゃないかなと強く思ってしまって。どこかで、家族を支える父親のような存在にならなければ、と思っている部分があります」

しかし、彩花さんの気持ちは揺れていました。ずっとオンラインが続くのならと決断した中退でしたが、大学の友達のインスタグラムで、この4月から大学キャンパスに直接通う、対面での授業が始まると知りました。

彩花さん
「友人のインスタのストーリーで大学の“通学”が始まることを知った瞬間、未練が出てきました。もうちょっと大学にいれば納得した学生生活が送れたんじゃないかなと。今も、考えないようにはしているんですけど、すごく後悔しています。口に出したらまた思ってしまうので、あまり言いたくないんですけど…」

中退理由 聞かれる度に必死で涙をこらえて

企業の面接では、中退した理由を必ず聞かれるそうです。そのたび、こみ上げてくる感情を抑えるのがとても難しいのだと彩花さんはいいます。

彩花さん
「中退をしてしまったのは事実なので、面接でそのことを聞かれるのはしょうがないと思いつつ、“聞かないで”、と思います。聞かれる度に毎回感情がこみ上げてきて、自分でも訳が分からなくなって、泣きそうになります。だから必死に指をグーにして、ただ泣かないようにして。大学を辞めた時は、“きょうだいのために”って考えで就活を選んだのに、自分の就活のことで手一杯になっていて考える余裕がない。いまは投げやりな、自分の人生なのに丁寧に向き合えない、そんな状況に陥っています」

入学式で買ったスーツを着て就活“複雑な気持ち”

インタビューを終える直前、退学届をもらうために、大学に行った最後の日のことを話してくれました。

彩花さん
「電車に乗ってじっと、退学届を見つめながら帰った記憶があります。退学届ってこんな簡単にもらえるんだ、と思いながら。振り返ってみると私自身、授業がオンラインになるなんて考えてもいなかったし、大学に4年間通って卒業して就職するというのが当たり前の未来と思っていた。今ある状況は、当たり前じゃないんだと思いました」

電車の中でこの退学届をずっと見つめていた

“中退予備軍”が増えている?大学の危機感

小山さんや彩花さんのように、中退を決めた人たちは、データで出ている数字より多いのではないかと考えている人もいます。日々学生の対応にあたる九州産業大学の職員、一ノ瀬大一さんは、“中退予備軍”のような学生が増えているのではないかと話します。

九州産業大学職員 一ノ瀬大一さん
「コロナでオンライン授業が中心になり、授業についていけない、学習習慣がうまくできていない学生が例年よりも増えており、単位の取れていない学生が出てきています。大学全体では、1年生で10単位以下だと9割ぐらいは中退するというデータもあり、単位の取得状況と、中退理由はとても関係しています。ですので、これから、単位不足という理由で中退をする学生が増えていくのではないかという危機感があります」

一ノ瀬さんの大学では、「学生全員に一律3万円を支給」「収入が減った家庭の学生に2万円を支給」「教科書代1万円補助」などの支援制度も設けています。どんなことでも構わないので、困っている学生は勇気を持って、まずは各大学の学費の相談窓口へ行ってほしいと話します。

九州産業大学職員 一ノ瀬大一さん
「中退を決断した学生と話していると、もっと早く知っていればアドバイスができたのに、ということがいくつもあります。電話や直接対面で話すことに抵抗があるかもしれませんが、それでもまずは話しに来てほしいです。大学側も待つばかりでなく、うまくアプリやソフトなどを使いながら、相談しやすい入り口を多数作ることが重要だと思っています」

「大学は柔軟な対応を 学生は貸与型の奨学金の検討も」

国が行っている大学生の支援の状況はどうなっているのか、教鞭をとる傍ら、奨学金やブラックバイトなど、大学生が直面する経済的な問題に取り組んできた中京大学の大内裕和教授に話を聞きました。コロナの影響で中退を余儀なくされる学生がいる現状について、大内さんは語気を強めて訴えます。

中京大学 大内裕和教授
「学生は経済的に厳しいことは明らかですから、より一層、各大学には学費の延納とか分納を可能な限り柔軟に対応してほしい。大胆に言うと、場合によっては卒業後に学費を支払ってもいいじゃないですか。追加の支援金を出す、あるいは返済義務のない給付型奨学金を拡充する、ベストは給付を拡充することを検討するべきです」

コロナで打撃を受けた学生への支援として、貸与型の奨学金の拡充も行われています。しかし学生の中には、「奨学金は借金」というイメージから、制度を利用せずに中退を検討している人もいるといいます。大内さんは、奨学金は本来は給付であるべきだと考えていますが、状況によっては貸与型奨学金を利用することが意味を持つと話します。

中京大学 大内裕和教授
「生活が出来ないレベルまで困っている場合には、1つの選択肢として、日本学生支援機構の貸与型奨学金にも目を向けてほしいと思います。保護者の皆さんにも、自分の子どもに対して、絶対に利用するなと断定せずに、そこは考え直していただきたいなと思います」

21歳が繰り返した「一歩引く」という言葉

アメリカ留学を断念して中退を選んだ小山さんは、学生最後の日となる3月31日、大学で学ぶために購入した教科書や、データなどを全て捨てました。

小山有夢さん
「手元に大学時代に使ったものがあると、思い出してしまうじゃないですか。だから、全て捨てました。3月31日は、大学生だった自分の“最後の日”、私のなかでは新しい自分になる日です」

小山さんがインタビューの中で繰り返していた言葉があります。

「“一歩引くこと”も大事だなと」
「“一歩引いて”、いち早く社会人になって家族を養ってあげたほうが得策だなと」
「今苦しんでいる人たちも、“一歩引く勇気”は大事にしてほしい」

何度も口にした“一歩引く”という言葉。20代になったばかりの若者が、前に進むことよりも、「引く」ことを選んでいるという現実がそこにはありました。

3月31日に大学で使っていたもの全てを捨てた

取材後記:自分を責める学生たちに

はじめに取材をした際、彼らは「中退をしたのは“自分が原因である”」という自責の念にかられていました。コロナウイルスでの影響は致し方がないのでは、と話しても、「コロナの影響もあるが、こうなってしまったのは私が悪いのだ」と。自分を責める学生にかける言葉もなく、彩花さんのインタビュー中にとっさに、「コロナに関する学費の問題に、学生の非は全くもってない。原因がコロナなんですから。学生はまったく悪くないんです」という大内教授の言葉を伝えました。

インタビューを終えたあと、彩花さんから一本のショートメールが届きました。
「教授の方にありがとうと伝えてほしいです。私自身、自分を責めて、周りが見えなくなって勝手に一人ぼっちになっていたので、理解をして寄り添ってくれる大人がいることは、就活だけでなくて、人生これから生きていく中で励みになります」。そしてその後、無事に内定を貰うことができたそうです。
この記事がどなたかの救いになるような、何かのきっかけになればと願っています。

国が支援する主な制度(2021年3月31日時点)

・学生支援緊急給付金
親から自立してアルバイトの収入で学費をまかなっており、コロナの影響で収入が大幅に減少している学生を対象。住民税非課税世帯の学生は20万円、それ以外の学生には10万円を支給

・高等教育就学支援新制度(授業料等減免+給付型奨学金)
コロナの影響で家計が急変した学生等を対象に、授業料の減免や給付型奨学金を支給

・貸与型奨学金(無利子・有利子)
既に利用している人は増額も可能

※詳しくは文部科学省HP内の「新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する対応について」をご覧ください。新型コロナウイルス感染症の影響で学びの継続が困難となっている学生・生徒の皆さまに関係する経済的支援制度をまとめています。最新情報はHPにて直接ご確認ください。

URL : https://www.mext.go.jp/a_menu/coronavirus/benefit/index.html

  • 大森健生

    首都圏局 ディレクター

    大森健生

    東京出身 2016年入局。 札幌局で戦争や領土問題などを取材し、2020年から首都圏局で戦争や文学をテーマに取材を続ける。

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