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被害者遺族の思いを知る “あの日”から進むために

  • 2021年3月23日

笑顔が素敵な3人の女性。実は、殺人事件やいじめによる自死で大切な家族を亡くした「被害者遺族」です。オンラインであるテーマについてお話をうかがいました。それは、このひと言がきっかけでした。

「マスコミがよく使う『遺族の時間はあの日から止まったまま』という言葉に違和感がある」

あの日から、どんな思いを抱き、今を暮らしているのか。それを受け止める私たちには、何が必要なのか。3人のことばからは、“分断”が起きがちな今の社会への示唆も見えてきます。
(アナウンス室/丹沢研二)

止まったままなのは、私たちではないか

きっかけは、おととし12月。
ラジオのインタビュー企画で、世田谷一家殺害事件の被害者遺族、入江杏さんを取材したことでした。

世田谷一家殺害事件は2000年の年末、40代の夫婦と幼い子ども2人の一家4人が殺害された事件です。犯人はまだ見つかっていません。入江さんは亡くなった宮沢泰子さん(当時41歳)の姉で、事件当時は壁一つ隔てた隣の家に住んでいました。
番組では、入江さんが事件の悲しみとどう向き合ってきたのか、同じような悲しみを抱える人たちを支える「グリーフケア」という取り組みなどについてお話を伺いました。

入江さんを取材する中で伺ったひと言が、胸に刺さりました。

「マスコミが常とう句として使う『遺族の時間はあの日から止まったまま』という言葉に違和感がある」

気持ちは時とともに変化しているのに、取材される時はいつも「同じ答え」を要求されるというのです。

「止まったままなのは、私たちではないか」
そう感じた私は、入江さんと、一緒に活動をしている被害者遺族の小森美登里さん、中谷加代子さんの3人に「オンライン座談会」で詳しくお話を伺いたいとお願いしました。そして快諾していただきました。

“びっくりするくらい明るい雰囲気で驚いた”

丹沢
丹沢

みなさん、よろしくお願いします。
まず、初対面の人に会う時に被害者遺族として特別な目で見られていると感じることはありますか?

入江さん
入江さん

そうですね。この前WEBメディアの若い方たちがインタビューに来てくださったんです。私の本を読んで、家族の自死など、他人に話したら相手が戸惑うような「悲しみ」をどう伝えたらいいかと聞きに来てくださったんです。そうしたら会うなり、まず私が「びっくりするぐらい明るい雰囲気なので驚いた」って言ってくださったんです。はじめはすごく緊張してらっしゃったのがよく伝わってきて…。やはりそれだけ事件の遺族に会うということは、すごく重いものとして受け取られているんだなというのは感じました。

丹沢
丹沢

小森さんはいかがですか?

小森美登里さん 神奈川県出身
1998年、高校入学間もない一人娘の香澄さんをいじめによる自殺で失う。

小森さん
小森さん

私がスーパーに行った時に、地域の人はみんな私が「娘が自殺した遺族」だということは知っていて、私の姿を見かけると、私の前に道ができるみたいな、そういう経験もしたことがあるので、周りの人がどう私と関わったらいいのか分からないだろうなっていうのは十分理解できますね。

中谷加代子さん 山口県出身 
2006年、当時20歳だった長女の歩さんが同級生の少年に殺害される
犯人の少年はその後自殺した

中谷さん
中谷さん

取材に来られる方がすごく緊張しているなあと感じることはありますね。リラックスしてこっちが待っていても、今の状態をそのまま見せちゃ逆に変な違和感を与えちゃうんじゃないかって気もして、ちょっと気を遣う所はあります。

矛盾を矛盾のままに受け止めてほしい

丹沢
丹沢

でも、最初から今のように話せたわけではもちろん、ないですよね。

入江さん
入江さん

被害直後ってただただ涙がこぼれてきて…、取材も受けられない状態でした。もしその時に事件についての取材を受けたら、いかにも世間の思うような被害者遺族像に自ずとなっていたと思うんです。
そして未解決のまま20年経つ中で、もちろん当初と同じ感情ではない。それなのに、ついつい取材意図を汲んで、未解決事件の遺族らしい発言をしてしまう。
「今の心境をそのままに伝えたら世間の方には分かってもらえないんじゃないか」とそんたくしてしまうんです。忘れたい、けれど忘れたくない、忘れてはならない、でも忘れたい、という矛盾した感情を抱えている。ただ、そういう矛盾した感情をそのままに差し出して、理解してもらえるだろうか、とためらってしまう自分がいます。作家の平野啓一郎さんと対談したことがあるのですが、そうした私の思いを平野さんが「矛盾を矛盾のままに共感し分かち合う聴き方が必要ではないか?」と口火を切って、会場に問いかけてくださいました。
見えない涙を見、発されない声を聴く「グリーフケア」にとって「矛盾を矛盾のままに受け止める」ことは、すごく大切なことだと感じます。

丹沢
丹沢

事件から1年後と10年後は違うわけですね。でも、取材する側が、その変化についていけていないんですね。取材で「こういうことを答えてほしいんだろうなあ」というのは感じるものですか?

小森さん
小森さん

それは十分感じていて、こういうものを作りたくて、それに必要な私たちの発言を導こうと思って一生懸命努力されているのを明白に感じてしまうことは、正直言うとありますよね。
伝えたいことが本当にストレートに伝わらなくて、亡くなった子どもを美化する表現をすごく作り込んだりとか。「かわいくて勉強が出来て」とか。うちの子は勉強なんか大嫌いだったし、本当に普通の子なのに脚色をしてその子の印象を作り込んだりとか、そういうことはしてほしくない。そうじゃなくて、この経験をした遺族が伝えたいことはここなんだよということを、何かうまいこと引き出して、そこで作ってほしいなという無理なお願いはいつもしますね。

中谷さん
中谷さん

殺人事件のことを報道しようと思えば、どうしても耳を覆いたくなるような言葉遣いにはなりますね。残念なことだけど、それが事実です。事件の悲惨さを想起させるようなイメージ映像が流れたりもしますし、刺激的なコメントがつけられたりもします。そういう伝え方をした方が、受け手にわかりやすいのかなとも思いますが、とてもいたたまれませんでした。
例えば、私が続けている「命の授業」を取材したいという申し出があって、これを受けたとしても、「命の授業」についてはなかなか盛り込んでもらえない。そんな経験も確かにありました。それでも、取材にお応えしているのは、私の言葉を、一人でも多くの方に届けてもらいたいと願ってのことです。

入江さん
入江さん

相手の真意を伝えたくて取材しようとしているのに、「また、同じようなメッセージでしょ」と受け手が食傷気味になってしまうこともあると思います。そうした取材は、実は取材者も、被取材者も、受け手も求めていないんじゃないでしょうか。
メディアは信頼をつなぐ重要な役割を担っていると思うんです。矛盾した思いを受け手の心に届くように伝えること、無関心を関心に変えていくように伝えていただけたらうれしいです。

「加害者に寄り添う」という選択

“あの日”から月日を経た今、小森さんや中谷さんは、少年院や学校での講演活動に力を入れています。2人は被害者遺族でありながら「加害者に寄り添う」ことを目指しています。

丹沢
丹沢

なぜこうした活動をしようと思ったのですか?

小森さん
小森さん

私の目的は再発防止です。「自分ってとんでもないことをしてしまったのかもしれないなあ」って反省を促すために必要なことが、自分の苦しみと、本当は自分も幸せに生きたいんだって思っている気持ちに気づくことだからです。自分が幸せに生きたいと思った時に、奪ってしまったものも見えてくるんじゃないかなと思ったんですね。
ただちょっと私の場合は裁判とかやって、娘が亡くなって10年間、裁判の中で証人尋問とかで加害者と直接会った経験とか、加害者側から反論を受けたり、学校の隠蔽とか虚偽っていうのと10年間戦っちゃったから、傷が深すぎて、加害者の背景に寄り添うとか言っちゃっている割には香澄の加害者とはもう関わりたくないということは払拭できなくなっちゃっていますね。

学校で講演する小森さん

丹沢
丹沢

でも再発防止を考えると、やらなければいけないということですね。

小森さん
小森さん

そうですね。それで少年院とかで講演させていただくと、子どもたちが本当に深い所でその部分を感じてくれているというのが、感想文ですごく実感することが出来るから、続けられるんじゃないかな。
ちょっとだけ読んでいいですか。これ17歳の男の子です。

<感想文>
「いじめをしている人は楽しいのかもしれませんが、それは悲しみの中の一部の感情だと思います。きょうの質問の中に、『いじめられる人に原因があるか?』というものがありましたが、僕はいじめる人に何か原因があるんだと思います」

この子も加害者側に寄り添うように書いてくれているんですね。

丹沢
丹沢

中谷さんはどうして「加害者に寄り添おう」と思ったのですか?

中谷さん
中谷さん

歩の加害者は自殺したので今この世にいないので、直接何かを言ったりとか、悔悛の情を示してほしいとかいうアプローチはできないんです。でも同じような事件や犯罪がこの世からなくなってほしいし、そのためにはどうしたいいだろう、なぜこの事件が起きたんだろうという根本の所をずっとずっと考えてくると、彼の意思だとか人生に対する思いだとか周りの人に対する考え方だとか、それが変わっていてくれたら事件がなかったかもしれないなって。
歩と同じように私たちと同じように悲しい思いをする人がなくなるためには、私は彼にしてほしかったことを今生きている人にお話してお願いしていくべきなのかなって。今の活動の原動力の中の一つはそういう思いですね。

「分かりにくい」から「叩かれる」

しかし、小森さんや中谷さんの「加害者に寄り添う」という思いは、周囲から理解されにくく、バッシングを受けてしまうことも多いと言います。

小森さん
小森さん

ずいぶんありました。遺族にも色んな考えがあるというのもそうだけども、それぞれみんな違うんだということをなかなか認識し合うことが出来ないから、ちょっと違うなという意見があるとそこを自然に叩かれてしまいます。

中谷さん
中谷さん

一番叩かれるのは遺族同士の時。遺族同士だとある程度、内輪の話もするじゃないですか。そうすると心の深い所で「違うぞ」っていうのもすごく認識するんですよね。一番違いを感じるのは加害者に対する思い。加害者には何が何でも厳罰を与えてほしいという感覚の方もいらっしゃるし、そうじゃない人もいるし、なので中には相手のことを許せなくなっちゃう人もいるわけです。

「理解できないものとつながる」ためには

丹沢
丹沢

「理解できない」から叩かれてしまう。そこから抜け出すための手がかりはないのでしょうか。

入江さん
入江さん

理解できないものとどうつながるか・・・すごく難しい質問です。「理解できない」と切り捨ててしまうと分断が生まれてしまう。そうではなくて、どうしたら分断を生まないかということを、いつも考えています。 私たちは皆、違う考えを持ちながらも、普遍的なものもあると思います。その一つは、悲しみ。「悲しみ」は「愛しみ」でもあります。私は、「誰の心の中にもある悲しみの共通の水脈」という言い方をしています。「悲しみ」は心の中にひたひたと広がって、静かに浸透していくもの。もしかしたら「悲しみ」は、理解できないものともつながるきっかけになるんじゃないかと感じています。

小森さん
小森さん

何か攻撃の対象を見つけると、自分のストレス発散なのか分からないけれども一気に集中して、被害者責任論で蔓延しちゃって、誰もそれに対しておかしさに気づかない。今、そういう空気感がすごく多いっていうか、ここの部分をお互い認め合うって所をどうやってね、人権をテーマに伝えていけるのかなっていうふうには思っています。

中谷さん
中谷さん

私、人間ってもともと共感したいものなんじゃないかと思うんです。人と共感し合いたい。 だから「人はどうなんだろう」って思って想像してくださるから「私だったら許せないよ」とかイメージを持たれる。自分と違うイメージになった時にバッシングになったりするんだと思うんですけど、「想像する」ってせっかくしてくださる共感のスタートを、もっと具体的に、目の前の被害者、この人だったらどうだろうと1個1個を見てほしいなと思うんです。 私たち3人も全然違う個性の3人だと思うんです。でもある部分、非常に似ているところ共感できるところ、立ち位置や気持ちの面で、「あ、ここ寄り添いたい」って思う所が、私はあるんですね。なので、2人といるととっても心が穏やかになるというか、ほっとするというか、そういう部分が発見できると、何か一緒にやっていける気がするんです。違う人たちなんだけど、どこか似ている所とか一緒にやっていけそうな所が見つけられるように、1個1個丁寧に見てほしいなって思います。

「人間ってもともと共感したいものだからバッシングもおきる」という中谷さん。「矛盾を矛盾のまま受け止めてほしい」と訴える入江さん。加害者への許せない思いを抱きつつも寄り添う活動を続ける小森さん。それぞれ「あの日」から前に進んだからこそ紡ぎ出せるメッセージです。そして、とかく分断が起きがちな今の社会に、とても重要なことを伝えているように思いました。

  • 丹沢研二

    アナウンサー

    丹沢研二

    仙台、福島、佐賀、京都を経て東京アナウンス室。人権問題やコロナ禍での貧困をテーマに取材を続けている。新年度からは初任地の仙台放送局に戻り、震災10年を超えた東北を伝えます。

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