WEBリポート
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. WEBリポート
  4. コロナ禍でも“尊厳”守り抜く 検視官の厳しいまなざし

コロナ禍でも“尊厳”守り抜く 検視官の厳しいまなざし

  • 2021年2月26日

緊急事態宣言下の神奈川県では、新型コロナウイルスに感染して自宅療養中に死亡する人が相次ぎました。
年末以降、新型コロナ疑いの遺体が増えているー捜査関係者からこう聞いた私は現場のリアルを伝えたいと取材を申し込みました。
そしてかいま見た警察の「検視」の現場。
そこでは、どんな状況でも真相に迫ることで「人の尊厳」を守り抜くという検視官としての信念が貫かれていました。
(横浜局/記者 寺島光海)

検視の現場 異例の取材許可

私はふだん神奈川県警で殺人事件や強盗事件などを扱う「捜査1課」の取材を担当しています。
新型コロナに感染する人が急増していた1月、特別に許可を得て遺体の検視の現場を取材することができました。
感染拡大に伴って警察が取り扱う「感染疑い」の遺体が増えている現状を知ってもらえればと、神奈川県警が取材に応じてくれたのです。

警察による検視は、死因がはっきり分からない遺体について、事件性があるかないかなどを判断するために行われます。
現場の状況や周囲の人の話などから必要があると判断された場合、専門的な知識をもつ「検視官」が担当します。

遺体に事件性は?生前に思いをはせて

警察署の霊安室 検視の前には必ず手を合わせる

私はまず一般的な検視の流れを知ることから取材を始めました。

向かったのは神奈川県内の警察署の霊安室です。
線香の匂いが充満するなか、室内では専門的な研修を受けた検視官と、記録を担当する補助官、それに警察署の警察官の合計5人が検視台と呼ばれる長い台に沿って立ちます。

その中心に寝かされているのは、およそ1時間前に自宅で亡くなっているのが見つかった高齢の女性です。
火が灯されたろうそくと、少しずつ灰になっていく線香。
鈴(りん)が鳴らされ、検視官らが静かに手を数秒合わせたあと検視が始まりました。

検視官が遺体から衣服を脱がせ、ひと言「全身に死斑確認」と告げました。
顔を触ったり、ピンセットでまぶたを裏返して眼球の状態を確認したりします。
さらに口の中や腕、腹などにも触れ、骨折や不審な傷がないか確かめます。
この時女性の指先が注意を引いたようで、検視官は入念に観察していました。

そして最後にウェットティッシュで女性の顔を拭いたり、乱れた女性の髪を手で整えたりしました。
およそ20分後、検視官が「終わります。お疲れ様でした」と告げました。
女性の死亡に事件性はないと判断されました。

担当検視官
「指先を見ていたのは、何か事件性を疑ったわけではなく、1本の指だけ爪が伸びていたんです。男性でも小指の爪だけ伸ばしている人がいるじゃないですか。今回の方も何か、その指の爪だけ使うような生活をしていたのかなとか、故人の生前の生活に思いをめぐらせていました。ご遺体は葬儀屋さんがきれいにしてくれるんですけれど、検視が終わるときに髪を整えたり、場合によっては血を拭ったり、少しでもきれいにしてかえしてあげたいという気持ちでいます」

警察内の専門家集団

警察の中でも検視官になれるのは、ごく限られた人だけです。
幹部とされる「警部」以上で、かつ、捜査現場での経験が豊富な人たちが特別な研修を経て登用されます。
神奈川県警では、検視官は殺人事件や強盗事件などを扱う捜査1課に所属していて、「検視室」という部署が設けられています。

所属する12人の検視官が24時間4交代で勤務していて、1回の勤務で多いときには10以上の遺体を担当することもあるといいます。

コロナ禍 検視の現場にも変化が

防護服を着る検視官 厳重な感染対策を5分ほどで手早く済ます

 「コロナの感染が疑われるご遺体です。取材に来ますか?」

取材を初めて数日後、スマートフォンが鳴り私は指定された警察署に向かいました。

到着すると、合流した検視官に「きょうは感染症対策のため、霊安室ではないんです」と言われ、警察署の駐車場の一角に案内されました。

万が一でも取材によって感染を広げてしまうことがないように、私も「サージカルガウン」と呼ばれる医療用のガウンや医療用のマスク、それにゴーグルを身につけて、感染防止策を取ります。

検視が始まると、これまで取材してきた場面と全く違うことを実感しました。

その1つが場所です。
シャッターを下ろせば周囲から見えなくなるとはいえ、可動式のストレッチャーに横たえられた遺体を検視する場所は屋外です。
シャッターを完全に閉めなければ換気が可能で、狭い霊安室よりも密になるのを避けることができるからです。

この日は最高気温11度の冬まっただ中。
換気のためとは言え、寒風が吹き抜ける中で検視が進められます。

もう1つが検視官の装備です。
立ち会う全員が、感染防護服やゴーグル、N95と呼ばれる医療用のマスクを着用しているほか、袖口や靴とズボンの境目などはテープで縛って隙間をふさいでいます。
人数も通常の5人程度から、3人程度に減らしているということです。

担当検視官
「『検視官』は限られた数しかおらず、感染すると全体に支障が出てしまうので感染するわけにはいきません。ただマスクとゴーグルは本当に苦しいし、手袋も2重なので直に感触が伝わりくい。ゴーグルに至っては検視の最中に曇ってくる。あの苦しさは体験しないと分からないと思います。これまでに、検視したあと感染がわかった遺体も担当しましたが、こうした対策をとっていたので自分は感染しませんでした」

コロナ疑いの遺体の検視の様子

遺体は、比較的若い成人男性でした。
数日前から発熱があり、一緒に暮らす家族が声をかけたときには亡くなっていたということです。
気になったのが検視の間中、遺体の顔にマスクとタオルがかけられていたことです。

取材すると、新型コロナは飛沫感染が主で遺体から感染する可能性は低いとされていますが、腹部を押したり口の中を触ったりして、唾液や体液が飛ぶおそれがゼロではないため、マスクやタオルをかけているということでした。
感染が広がり始めて以降、神奈川県警がこうした対策をとって行った検視は200件以上にのぼります。

感染拡大で死後のコロナ判明も増加

警察が備蓄している、防護服などの感染防止用の備品

警察庁のまとめでは、新型コロナに感染し自宅などで体調が急に悪化して亡くなった人は、去年3月からことし1月末までに全国で少なくとも254人に上っています。(2021/2/14時点)

体調が悪くても医療機関を受診するまでに時間がかかるなどして亡くなってから感染が判明するケースも多いということです。
神奈川県内でも去年1年間に9人、1月の1か月でその数は去年の2倍近い19人に上りました。

コロナ禍の検視―犯罪死を見落とさない

検視官たちは今の状況をどう感じているのか。
コロナ感染の疑いがある遺体を検視した経験がある2人が話を聞かせてくれました。

1人目は、実際に担当した遺体がその後の検査で感染が確認されたという検視官です。コロナ禍であっても、犯罪で亡くなった可能性を見抜く検視の役割は変わらないと言います。

検視官Aさん
「ウイルスは目に見えないですし、コロナ疑いがある現場に行くことに恐怖は感じます。でも検視をしないと、亡くなった理由が何なのかを知りたいというご遺族の思いに応えることや、ご遺体を家族のもとにかえすことはできません。一刻も早くご家族のもとに遺体をかえしてあげたい。その思いでやっています。

確かに私も自分の親の遺体が建物の外で防護服を着た人に扱われる、通常と違った形で検視を受けるとなったら嫌だなという気持ちはあります。でも新型コロナは未知の面も多いですよね。医師でもわからないことがまだあると思います。私たちがコロナに感染したらすべての犯罪死を見つけるシステムが止まってしまう。今までは亡くなる前に発熱があった遺体でも普通に検視ができました。でも今はそうではないんです。密室に複数の人が入るという普通の検視はできないんです。その代わりに広いところで感染防護服を着て、必ず申し訳ありませんと手をあわせ、礼を尽くしてやっています。犯罪死を見逃さないために私たちがいるんです」

「検視後に感染が確認された遺体は、同居する家族が感染していた方でした。ただ検視を含めた捜査の結果、死因はコロナではないだろうということがわかりました。自宅療養が増える中で、ご遺族に『もしかしたら自分がうつして亡くなってしまったかもれない』と思わせずにすみました。『あのとき自分が感染していなかったら生きていたかもしれない』とご遺族に思わせずにすんだのは、よかったと思っています」

コロナ禍の検視―尊厳を守り抜く

もう1人の検死官には、感染の疑いがある場合とそうでない場合の検視の違いをどう感じているか聞きました。取材して遺体に対して非常に丁寧に接している印象を持った一方で、コロナ感染が疑われるケースでは、寒風が吹きつける中で検視を行わざるを得ない状況に一抹の寂しさも感じたからです。

すると、ことばを選びながら次のように答えてくれました。

検視官Bさん
「遺体の取り扱われ方というのは亡くなった方の尊厳ということですよね。それは私たちにとっても大切にしないといけないことです。でもその尊厳を守る究極は事件か事故かを見逃さないことだと思います。コロナを恐れて、犯罪死であることを見抜けないことこそが、その人の尊厳を守れないことになります。そのためには忍びない気持ちはありますが、自分たちが感染対策を徹底して時間をかけてでも必要な捜査を行う。それを行わなければ、私たちが守るべき死者の尊厳は守れないと思います。新型コロナは未知のウイルスですし、もちろん自分たちにも家族がいます。怖いという思いはあるけど検視官は特別なスキルを持った集団で、誰でもできるわけではない。自分たちがやらないと犯罪死が見逃されてしまうかもしれません。使命感で現場に向かっています」

「死者への礼を失しない」 それが警察官の初心

取材の締めくくりに私は神奈川県警の検視の代表者のもとに向かいました。
応対してくれた竹之内信尋室長は検視を取り巻く状況が変わっても、絶対に変わらない心構えを丁寧に話してくれました。

竹之内室長
「警察官が最初に習うことの1つに『死者への礼を失しない』ということがあります。私たちが取り扱う遺体はきれいなものばかりではありません。泥にまみれているもの、それ以上にひどい状態のものもある。でもそうした遺体を丁寧に扱い、体の傷1つ見逃さないことが無念な状態で亡くなった遺体を見逃さないことにつながっていきます。検視は遺体を見ているだけと思われがちかも知れませんが、遺体と現場の状況を総合的に見て事件として次の捜査に進めるかどうかの判断も担っています。もし検視をしないとなると捜査をその先に進めることもできなくなる。現場の検視官には不安はあると思いますが、コロナだからと言って検視に後ろ向きになって、犯罪死を見逃すことは絶対にあってはいけないことなんです。
1日も早いコロナの収束を願う気持ちは皆さんと変わりません。『死者に対する礼を失しない』『1体1体の遺体としっかり向き合う』という検視官がすべきことは何も変わらない。コロナが収束してもしなくても私たちがやるべきことは変わらないんです」 

尊厳が守られれば…

取材を始める前に私は検視の現場から見える“今”は何かと何度も考えました。

病院控えや医療崩壊危機の一端だろうか。
医療現場と同じような「エッセンシャルワーカー」として警察官の実像か。

取材を終えて心に強く残ったのは、コロナ禍であろうとなかろうと遺体と対じし、少しでもその死の真相に迫ることで“人の尊厳”を守り抜こうとする検視官のまなざしでした。そこには感染に対する恐怖が入り込む余地がない厳しさもありました。

ひとりひとりの尊厳を守ること。
それこそが、新型コロナによる差別や偏見を克服する鍵なのではないか。
遺体と向き合う現場でそう感じました。

  • 寺島光海

    横浜局 記者

    寺島光海

    2013年入局 神奈川県警担当 捜査1課の取材を中心に県内の事件事故と向き合う モットーは「ひたむきな努力」

ページトップに戻る