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コロナ禍でラーメンの麺を作る 緊急事態宣言で職人に響いた客の声

コロナ禍のリアル7
  • 2021年2月22日

「ラーメン、好きですか?」
私は好きです。年間200食以上はラーメンを食べるほど大好きです。でも、緊急事態宣言が延長され、なじみのラーメン屋が休業となり寂しさを感じる毎日。さらに「ラーメン屋に関係する業者の人たち、例えば製麺所はこのコロナ禍でどうなっているのだろう?」と心配になってきました。調べてみると東京23区内で製麺所が最も多いのは大田区。さっそく足を運ぶと、麺に込められた複雑な思いを知ることになりました。
(首都圏局/カメラマン 佐藤寿康)

ラーメン店からの注文が激減

京急蒲田駅から一駅隣の梅屋敷駅。緊急事態宣言下の2月中旬に訪れると、日中でも商店街の人通りはまばらで、多くの飲食店のシャッターは閉まったままでした。野菜の品出しをしている八百屋の男性に声をかけると、自虐気味に説明してくれました。

「これでもシャッターは開いている方だよ。夜の9時以降なんか誰も歩いてないよ。これだけ人が通らないなら、いっそのこと通行止めにでもしちゃえばいいのにね」

目指す製麺所は駅から歩いて5分ほどの「ハリス食品」。1階が製麺所で2階が自宅のこじんまりとした製麺所ですが、ラーメン好きの間では有名な笹塚の老舗「福寿」にも麺を卸しています。
商店街に面した玄関を開けると、朴とつな雰囲気の鈴木隆二さん(59)が出迎えてくれました。父の代から70年以上続く製麺所を継いだ2代目の隆二さん。たった1人で麺作りを続け、中華麺を中心に業務用の卸売専門で店を営んできました。取引先は都内を中心に60店を超えますが、2度目の緊急事態宣言の影響で、およそ40店が休業してしまったといいます。

鈴木さん
「コロナが流行する前は1日4000食くらい作っていたけど、今は500食くらいしか作っていないです。売り上げも半分以下です。飲食店と取り引きがある事業主にも月に20万円の給付金が支給されますが、正直それだけでは全然足りないですね」

ラーメン店の味を支える職人技

「これから中華麺の製麺をするから見ていきますか?」

少し重苦しい話になっていた中、このひと言で気を取り直し、大好きなラーメンの麺の製造過程を見学させてもらうことになりました。
まずは「練り」の作業。香りが強い小麦、粘りの強い小麦など、4種類の小麦をブレンドしてミキサーで混ぜ、こだわりの卵とかん水を混ぜて練っていきます。

「気温と湿度でかん水の量を変えなきゃいけないから、練りの作業が一番神経を使うんです」

ミキサーをのぞき込む鈴木さんの表情は真剣そのもの。卸す店ごとに小麦粉の配合や加水率を変えたり、麺の太さやちぢれ具合の注文に応えたりしているそうで、その技で信頼を得てきたことがわかります。

話を聞きながら、甘い匂いがするのに気づきました。カステラのような香りです。思わずマスク越しに深く息を吸い込んで製麺所ならではの香りを堪能しました。

 

練り終わったあとは、麺を寝かせて平らに伸ばして切っていきますが、驚いたのはそのスピード。製麺機から出てくる麺をクルッと巻くように握り、木箱にきれいに並べていく一連の作業ですが、とにかく手の動きが速いのです。どれくらいのスピードなのか測ってみると、一箱35食分を並べるのにかかった時間はわずか48秒。ここでも職人技に驚かされましたが、本人曰く「ただの慣れですよ」とのこと。静かに笑う横顔に職人気質を感じました。

仕方なく始めた店頭販売

午前10時半。鈴木さんは麺の入った木箱を商店街に面した製麺所の玄関先に並べ始めました。
「コロナ前は100%卸売だったんだけど、実は去年から店頭販売を始めたんですよね」

きっかけは、去年4月に出された1回目の緊急事態宣言。取引先の飲食店から「明日から1か月休業することになった」と急に連絡が入り、準備していたおよそ800食が余ってしまったのです。「丹精込めて作った麺を無駄にしたくない」と、鈴木さんは製麺所の前に机を並べて道行く人に販売を試みました。すると、ステイホームで自宅で食事をとる人が多かったこともあり、なんと2日で完売したといいます。「800食の完売はすごいですね」と素直な感想を告げると、鈴木さんは少し寂しそうな表情でこう答えました。

鈴木さん
「その時はすごくみじめな気持ちだったんです。だって、卸売一本でこれまで売り上げを出してきて、ご近所からも『ハリスさんは業者相手の商売で安定しているからいいよね』って言われていたのに…。店売りをしなきゃいけないほど売り上げが下がったというのが、自分の中で恥ずかしくて。製麺屋としてのプライドがあったんですよね」

それでも日に日に売り上げが落ち込む中で背に腹は代えられず、仕方なく店頭販売を続けました。それでも最初の頃はやりたくないという気持ちが先行し、店頭販売をやらない日もしばしばあったそうです。

鈴木さん
「卸だったら多い時は1回で100食くらい買ってもらえるし、作ったら店に配達しておしまいなのに、店売りだと一回の金額が小さいし、ずっと店番しなきゃいけないでしょ。それに卸だと麺を作ることに専念できたけど、店売りだとそうもいかないですよね。最初は慣れなかったし、肉体的にも精神的にも疲れていましたね」

心に響いたお客さんの声

ちょっと後ろ向きな気持ちで始めた店頭販売でしたが、日々お客さんと顔を合わせ言葉を交すうちに、鈴木さんの気持ちに少しずつ変化が生まれたといいます。

鈴木さん
「『どれを食べてもおいしい』とか『また買いに来ます』と直接声をかけてもらうことって、今までなかったんですよね。卸だと店に持って行ってそこで終わり。正直、あのころはお金のためにやっていたんだなって気づかされました」

昼過ぎ。店頭で好みの麺を一緒に選ぶ夫婦がいました。話を聞くと、週に1度は必ず買いに来るようになったといいます。

「今日はちゃんぽんときしめんとそばを買いました。ここの麺は伸びにくいし、モチモチしていておいしいんですよ。もう、ほかの麺には戻れませんね」

奥さんがうれしそうに教えてくれました。支払いをすませると、夫がバックからきれいにラミネートされた写真を取り出し、鈴木さんに手渡しました。

「これはね、鈴木さんのお孫さんが店を手伝っている写真なの。あまりにもかわいかったんで、先週撮らせてもらったんですよ。早く渡したいと思って1週間もたたずに来ちゃいました」

受け取った鈴木さんの表情は、マスク越しでもとてもうれしそうに見えました。

コロナがあってよかったなんて決して思わないけど

帰り際、鈴木さんが話してくれました。

鈴木さん
「コロナがあってよかったなんて決して思わないけど、コロナがなかったら自分は変われなかったと思います。今はお客さんの顔を思い浮かべながら麺を作るようになったし、これまで以上に麺作りに愛情をかけられるようになりました。売り上げのことはこれからも考えていかなければいけないけれど、麺のおいしさには自信を持っているので、これからは全国のお客さんに向けても販売できるような仕組みを作ろうと考えているんです」

ゆっくりと穏やかな口調で話す鈴木さんでしたが、その表情からは確固たる意志が感じられました。コロナ禍で人と人との関わりが減る中、短い間でも言葉を交わし笑って過ごせる小さな店先、そんな場所が新たに生まれたことを知りました。

お店の味!

自宅に戻り、店頭で買った中華麺をさっそくゆでてみました。

「うわ、うまっ」

麺をすすった時の気持ちよさ、かんでいるときのモチモチ感、濃い味わい…。箸を止めずに一気に食べてしまいました。お店のラーメンを食べた感覚です。鈴木さん、ほんとうにごちそうさまでした。そして、一日も早く思う存分ラーメン店巡りができる日常が戻って欲しい、あらためてそう思いました。

  • 佐藤寿康

    首都圏局 カメラマン

    佐藤寿康

    2009年入局。鳥取局、函館局、札幌局を経て、2020年から首都圏局。緊急報道の際にはドローン班としても取材にあたる。福島県出身で、ちぢれ麺を使った醤油ラーメンが好み。

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