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コロナと向き合う狂言師・野村萬斎さん “文化はそう簡単に滅びない”

  • 2021年2月12日

狂言師・野村萬斎さん 54歳。狂言師の一家に生まれながら、映画やテレビドラマにも出演して脚光をあびつつ、狂言の世界にも新風を送り込みブームを巻き起こしました。
その萬斎さんにコロナ禍への向き合い方をたずねると、笑顔でこう言い切ります。
「文化というものはそう簡単には滅びない」
その自信はどこから来るのでしょうか?

(ひるまえほっと・おはよう日本で放送したインタビューを再構成しました)

新年に振り返る パクチーも育てた1年

スタジオにお迎えしてお話を伺ったのは1月6日。いつもと違う静かなお正月だったという野村萬斎さんは、コロナ禍をどう過ごしたのか、はにかみながら教えてくれました。

「お正月は、いつもは一門集まり、謡初め(うたいぞめ)と言って年神さまに一礼して一門で謡(うたい)を献上することから始まるですが、今年は親子3代(父万作さん・長男裕基さん)のショートバージョンで致しました。静かな正月でしたね」

続いて2020年を振り返ってもらいました。
去年春以降、新型コロナの感染が拡大し、萬斎さんたち一門が予定していた公演も次々に中止となりました。長男の裕基さんが初めて挑む大曲「奈須與市語」の公演も延期に。世界中のエンターテインメント関係者が先行きを不安視している中、萬斎さんは意外にも穏やかに過ごしたといいます。

「こんなに公演がなくなるというのは珍しかったので、息子の稽古もたくさんしましたが、ふだんできないことにも取り組みました。植物を育ててみましたよ」

見せてくれた写真は、初めて育てたという「バジル」と「パクチー」の鉢。通販で、土や種などがセットになったものを購入し、植物の成長を楽しんだそうです。それを使って料理をしたり、ジョギングをしたりして、前回の緊急事態宣言の時期を過ごしたといいます。

文化はそう簡単に滅びない 650年の伝統が支える信念

萬斎さんが、落ち着いて過ごすことができたのは、ある信念があったからです。
「文化というものはそんなに簡単には滅びない」
能・狂言は室町時代に成立したといわれ、その歴史は650年以上。その間には様々な悲劇が人々を襲いました。それを乗り越えて、脈々と続いてきた伝統芸能の世界を受け継ぐ萬斎さんだからこそ発することができる言葉は、公演が次々に中止となり希望を失った俳優や演劇や伝統芸能関係者に勇気を与えました。

「ものを作り出すというのは生みの苦しみがあるわけですから、中止になった公演の関係者のみなさん ショックを受けられていて、かなり悲観的になられる方も多かったです。
そんな方たちを、伝統芸能に携わってきた私がどう勇気づけられるかと考えたときに、狂言650年の歴史というものが我々に教えてくれるものを伝えることだろうと。今まであまたの天災や戦争、そして疫病の流行もあっただろうけれど、それを乗り越えて現代に伝統芸能が伝わっている。
文化というものはそう簡単には滅びない。今は我慢の時期で不安はあるけれど、 “夜は必ず明ける” というつもりで、冬眠しているがごとく春が来るのを待ちましょうと伝え続けました」

「笑いの型」で心を開く 動画をSNSで発信

時が過ぎ去るのを待つだけではありません。去年4月以降、萬斎さんは、「うちで笑おう 狂言の笑い」と題した動画をSNSやテレビなどで公開、新たな試みを始めました。

笑いの芸能とも言われる狂言は、普遍的な人間の本質や弱さを、笑いにかえて表現しています。その演技を構成する動きのひとつが「笑いの型」なのです。この型を真似して「笑い」のエクササイズをすることで、呼吸法や姿勢を正し、気持ちがポジティブになることを狙いました。

「自粛で家に閉じこもる中で皆、閉塞感があると思いました。そういう時は、それを解放し、発散するというのが大事です。笑いの型を使うことで、心も開かれていく。それが狂言のひとつの表現方法というか知恵。それをみなさんに伝えたいと思いました。そしてなにより笑いは免疫力をアップする効果もあると聞いておりましたので…(笑)」

さらに子どもたちにオンラインでこの「笑いの型」を教えました。最初は、半信半疑だった子どもたちも、萬斎さんの指示どおり声を出し、体を動かしているうちに本当に楽しそうに笑い出す…そんな様子がNHKの番組で放送され反響をよびました。
(番組名:萬斎と笑う時間「こどもたちと笑う」2020/05/23 )

親から子へ コロナ禍に受け継がれる芸

2020年8月には、コロナの第2波も落ち着き、延期となっていた長男・裕基さんの「奈須與市語(なすのよいちのかたり)」の公演がおこなわれました。
この演目は、壇ノ浦の合戦で、平家の船から「扇の的に矢をいてみよ」と言われた源義経が、家来で弓の名手だった与市を指名し見事に射抜く緊張感あふれる場面を描いたもの。1人で義経・与市など四役を演じ分ける大曲です。
萬斎さんも20歳の時に演じた伝統の演目を演じることは、一人前の狂言師への重要なステップです。萬斎さんはコロナ禍、大学の授業が休止となった裕基さんに厳しいけいこをつけました。

「ぼくもそういうふうに習ったのでそういうものかと思いますが、他の方から厳しいですねといわれますね。そのわりには、息子は素直。僕はもっとふてくされたりしていましたが(笑) けいこは、一種のプログラミング。狂言の型を正確にきちんとプログラミングしないと、そのあと変なアプリが入って誤作動するとまずいので、そういう意味では厳しくけいこにとりくんでいます」

その指導方法は、最近流行のほめる指導ではなく、徹底して「型」を教えるというものです。
ある意味個性を否定するもの、徹底して狂言の型を身に付けることが狂言師には重要だと萬斎さんはいいます。

「方法論も教えないでいきなり自分を表現しなさいというのも難しいですね。厳しくはありますが、それを乗り越え方法論を体に入れてしまえば、それからの表現が楽しくなるはずです。
先祖代々受け継がれてきた「知の集積」「経験の蓄積」が「型」。それが代々つながれていくということは、自分ひとりで生きているというより、ご先祖さまから受け継いだもの、歴史上のいろんな人たちの思いを背負っていると感じさせてくれます」

そして2021年 萬斎さんメッセージ

そしてコロナの第3波の今、萬斎さんは今年初めて2月に行う「子午線の祀り」の準備を進めています。
「壇ノ浦の戦い」で平家が源義経に滅ぼされる歴史上の悲劇を描いたこの舞台は、萬斎さんが1999年に初めて主演を務め、2017年には演出も手掛けた作品の、いわば再演です。しかし、感染対策のため出演者の人数を減らし、演出を変更していくうちに、ほとんど新作に近いものとなったといいます。

「再演のつもりで気軽にかまえていたら、コロナになって、もともと30数名だったキャストを半分にしようとか、美術セットも採算上こぶりにして、移動しやすくしようとか計画がどんどん変わっていく中で、今までどおりの再演というわけにはいかなくなりました」

シンプルな演出になった分、言葉の力と体の動きで躍動的に魅せる作品となりつつあります。
萬斎さんは、この舞台で、歴史の中でわれわれはここに生きているということを実感してほしいと考えています。

「コロナ禍、自分の足元がぐらついている方にも自分も歴史という線の上にいるのだという気持ちになってもらえればうれしいなと思います。
とにかく閉塞感ただよう時期。私も生きている実感を持ちたいし、みなさんと分かち合いたい。
みなさんが「生きていてよかった」と実在している喜びを感じることに寄与できたらいいなと思っております。長い歴史の中の私たちは一部、ここを乗り越えていきたいですね。それが未来につながります」

終始にこやかに、穏やかに話す狂言師・野村萬斎さん。さまざまなことを乗り越え 生をつないできた人類の歴史と知恵を信頼し、「春が来るのを待とう」という気持ちにさせてくれました。

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