電気を消してじっと我慢…会社の暗い会議室で休んでいる人を見かけたら、もしかしたら偏頭痛の痛みに耐えているのかもしれません。月に何度も頭痛の発作が起きて苦しむ人もいました。偏頭痛だけではなく、不眠症や生理痛、肩こりなど、職場に伝えづらい悩みへの理解を深め、職場を変えていく取り組みです。
(首都圏局/記者 氏家寛子)
製薬会社に勤める間宮真矢さんは、10代の頃から偏頭痛に悩まされてきました。それは会社に入ってからも続き、特に忙しく仕事をこなしたあと痛みに襲われるといいます。
「プレゼンの準備をした時とかすごく集中した次の日に発作が起きることが多いです。激しい痛みで動けなくなったり、吐き気を伴ったりします」
月に2、3回は仕事中に頭痛の発作が起きるという間宮さんは、会議室で電気を消してじっと痛みが引くのを待つことで、なんとか仕事を続けてきました。
長年悩んできたものの、自分が我慢すればいいと考え、上司などには相談できませんでした。
間宮さん
「実際に『頭痛くらいで』とか『休まないでなんとかならないの』と言われたこともありました。発作が起きるたびに誰かに迷惑をかけてしまうという気持ちが強かったので、我慢しなきゃいけないものだと思い込んでいました」
そんな間宮さんに転機が訪れました。社内の打ち合わせで同じように悩んでいる社員が多くいることがわかったのです。
自分たちで働きやすい職場環境をつくろうと、当事者などが集まって立ち上げたのが「ヘンズツウ部」でした。
部員と分かち合った偏頭痛の悩み。でも偏頭痛のない人にわかってもらえるだろうか…
そんな懸念や不安が払しょくされるような機会が間宮さんに訪れました。
間宮さん
「当事者どうしで偏頭痛のつらさやそれを伝えられない苦しさについて話したら、わかるわかると盛り上がりました。その気持ちを、偏頭痛がない人たちに伝えると『そんなにつらかったんだ』とか『休んでもらった方がいいよ』と共感してもらえて、うれしかったのを覚えています」
ポスター作成 頭痛ってこんな感じ
職場全体に偏頭痛への理解を深めてもらいたい。間宮さんたちはヘンズツウ部の活動の第1弾として、オフィスの目につく場所にポスターを掲示しました。頭痛だけでなく、光や音、臭いなどに過敏になったり、吐き気をもよおしたりする症状が出ると伝えました。
マップ作成 頭痛がおきたら ここで休みます
さらに症状が出たときにオフィス内で休憩できる場所をまとめたマップをつくりました。
窓から日が差し込む明るいオフィスは、偏頭痛の症状が出た人にとってはつらい環境になることがあります。そこでフロアごとに日差しが入りにくく音も静かな席や会議室あわせて11か所をピックアップし、全社員に周知したのです。
ヘンズツウ部の活動は職場に変化をもたらしました。全社員を対象に行ったアンケートでは、体調不良のときに「上司に相談する」という回答が、活動前の47%から58%へと10ポイント余り上昇したのです。
社内で認知されていったヘンズツウ部。当事者だけでなく家族や知人が偏頭痛に悩んでいる社員なども入部し、部員は100人を超えました。
間宮さん
「このつらさを誰にも言えないまま終わるのかなと思っていたので、共感できる仲間と知り合えてよかったです。つらいときは休むことが当たり前と思えたこと、周囲の人も心からそう思ってくれるようになったことがうれしかった」
ヘンズツウ部の活動をきっかけに間宮さんの会社も動きました。
偏頭痛だけでなく不眠症や生理痛、肩こり、腰痛などに悩んでいる社員は少なくないのではないか。会社では、さまざまな健康課題や周囲に理解されないことによる働きづらさを「みえない多様性」と定義しました。
そして、ほかの企業などとプロジェクトを立ち上げ、「みえない多様性」の問題を解決するために、個別の事情への気づきを促すカードゲームを開発しました。
管理職で4人の部下がいる古城大亮さんが参加したカードゲームの様子を見てみます。ゲームには、ほかの会社の担当者とリモートで行いました。
ゲームでは、青と赤の2色のカードを使います。青のカードには、一見、自己中心的に見える社員の行動が書かれています。そして、赤いカードには、その理由の単語が書かれていて、36の単語が準備されています。
青カード=社員の行動 赤カード=行動の理由
提示された青いカードの社員の行動を受けて、赤いカードの中から、行動の理由を示す単語を選ぶ仕組みです。自己中心的な行動と一刀両断するのではなく、当事者の立場で考える「想像力」を養うことが狙いです。
今回 取り組んだお題
『チームでとてもよい雰囲気で会議をしていたのに急に機嫌が悪そうな顔をしている なぜでしょう』
悩んだすえ古城さんは『腰痛』と『椅子』のカードを選び、次のように理由を考えました。
「その人は腰痛を持っていて、椅子に座りっぱなしで痛みが出て機嫌が悪そうに見えた」
一方、ほかの参加者は『香水』のカードを選びました。
「ものすごい香りの強い香水をつけている人がいて、それが原因で偏頭痛の発作が出た。周りから見たら不機嫌に見えてしまうこともあると思う」
古城さん
「リモートワークが広がるなど、コロナの時代では、お互いの仕事がすごく見えにくくなっている。見えない健康課題をそれぞれ持っていることを理解すること、一人ひとりの意見をしっかり聞くことがすごく重要だと感じた」
また、参加した人材派遣会社の担当者は、社内の研修に導入できるのではないかと、期待を寄せていました。
人材派遣会社 社員
「コミュニケーション力を磨いたり相手に配慮したりする訓練になるので研修に取り入れられるツールになると感じました。変化が大きい時代なのでそれに対応するためにも社員の多様性に配慮することは必要だと思います」
長年、産業医を務めるNPOの理事長は、従業員の健康を守る職場環境が企業のメリットにつながると指摘しました。
NPO健康経営研究会 岡田邦夫 理事長
「働きやすく風通しのいい職場、そして上司と部下がコミュニケーションがとれる職場をつくることが企業の発展に寄与します。日本の労働生産性はフランス、アメリカ、ドイツに比べて非常に低いのが現状で、それをいかに改善するかという点で健康経営という考え方が急速に広がっているのだと思います」
このカードゲームは、製薬会社「日本イーライリリー」のホームページから無料でダウンロードできます。
日本イーライリリー https://www.lilly.co.jp/news/stories/henzutoo/nextstep