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那須塩原市の温泉街のコロナ対策 入湯税引き上げで安全目指す

  • 2020年10月29日

「旅館の従業員に定期的にPCR検査を受けてもらうため、入湯税を引き上げます」
栃木県那須塩原市が7月、市内の温泉街の安全をPRして誘客をはかろうと打ち出した対策は、「逆効果だ」とする異論も噴出したものの、12月から導入されることが決まりました。狙いは何か、対策は吉と出るのか、コロナ禍の観光論争を追いました。
(宇都宮放送局/記者 森田あゆ美)

入湯税大幅引き上げ 市長表明で議論噴出

ことの発端はことし7月、那須塩原市の渡辺美知太郎市長による定例会見での突然の表明でした。

「本市の観光業はこういう対策を取っているから安⼼して下さいという基準の⾒える化が必要ではないかと思っております。また観光客の⽅々に対してもレスポンシブルツーリズム、責任ある観光ともいいますが、環境の保全、そういったものは無償で⾏われるものではなく、そこについても⼒添えいただくことを考えております」

こう述べた上で、温泉街などで観光に従事する人が月に1回PCR検査を行うとともに、その費用の一部にあてるため入湯税を引き上げることを打ち出しました。通常の宿泊で1泊150円だった入湯税を、倍以上の350円に引き上げるという案でした。

市長の発言が多くのメディアで取り上げられると、SNS上であっという間に議論が広がりました。

観光客がただでさえ少ないのに、自分の首を絞めてないか?

 

お客さん増えるんじゃないですか?行く側が安心出来るし、温泉の従業員も気持ちが楽になると思います

 

月に1回PCR検査って意味あるの?検査した次の日にコロナ感染するかも知れないのに。でもって、客から入湯税という形で強制没収。そんな温泉に行くかよ

“安心・安全は無償ではない”

入湯税とは、地方税法にもとづいて市町村が環境・衛生施設や観光施設などを整備するために、温泉に入る客に対して課すものです。上手に使えば誘客につながりますが、負担が重いと感じられれば客離れを引き起こしかねません。いわば「もろ刃の剣」です。

なぜ、市長は入湯税の引き上げに言及したのか?

根底にあったのは会見でも述べた「レスポンシブルツーリズム(責任ある観光)」という考え方です。安心・安全を担保する環境は無償ではなく、観光客も責任を担う。「誰でも来て下さい」ではなく、客としての責任を理解できる観光客に来てほしい。コロナ禍では、観光業に携わらない市⺠にとって「外から来る」観光客は、利益をもたらす⼈に⾒えづらく、観光客も責任を果たしている状態になることが⼤切と考えたのです。

旅館業者の戸惑い

しかし、事前の説明がないまま打ち出された市の方針に、宿泊事業者は戸惑いました。

塩原温泉

市長会見から1か月半後に開かれた塩原温泉旅館協同組合の理事会でも疑問の声が相次いで出されました。理事たちの手元には、組合が加盟する旅館に行ったアンケート結果がありました。

定期的なPCR検査には、回答した44施設のうち、24施設が反対、賛成は11でした。
入湯税の引き上げは、32施設が反対、賛成は6でした。

アンケートの記述欄には、検査そのものへの不安、そして万が一、陽性者が出た場合の懸念を訴える声が書かれていました。

「陽性者が出た場合の影響が⼤きい」

「⽉1回の検査で安全性は担保できない」

「お客様の理解が得られない」

「数100円の値上げでも他の地域への流出はあり得る」

田中三郎理事長は、入湯税の引き上げを阻止するしかないと考えていました。

田中理事長
「入湯税の引き上げは死活問題という意見も出ていた。検査も、陽性者を出した場合の風評被害というか、塩原温泉全体に影響してしまうのをどう捉えていいか、不安のほうが多かった」

揺れる温泉街

ただ、組合員の中にも、異なる考え方を持つ人たちもいました。
月に1回でも検査は必要だという声のほか、市長と対立したくないといった意見もありました。中には、賛否は別にして試験的に従業員がウイルス検査を受けた旅館もありました。

検査を受けた旅館のおかみ(右側)

検査を受けたおかみ
「コロナに対する考え方も怖がり方も、みなさん違う。たくさんの人と接する旅館の従業員に対する市民の心配も理解できるし、市も観光のことを考えていろいろな政策を考えている。市の取り組みがいいか悪いか判断は難しいが、上手に折り合っていきたい」

宿泊客や地元市民の安心・安全を第一に考える気持ちは、市も旅館も同じ。その中でそれぞれが模索をしているのです。
ただ組合としては「客に負担はかけられない」として、検査の見直しと入湯税引き上げの中止を求める要望書を提出しました。

市議会 折衷案を提案

市は、旅館の経営者らを対象に説明会を開催して理解を得ようとしました。しかし溝は埋まらないまま、条例改正案は予定通り9月の市議会に提出されました。
ここで渡辺市長の態度に思わぬ変化が起きました。

反対を押し切って一律で進めるのではなく、賛同が得られる地域だけ先行して検査を始めようと方針を軌道修正させたのです。具体的には「入湯税引き上げ」は先送りし、賛同地域で検査のための「協力金」を創設しようと、議会に対しすでに提出していた条例改正案を取り下げようとしました。
しかし改正案の提出直後だったことなどを理由に、議会は取り下げを認めませんでした。

条例案をそのまま通すことも、取り下げも難しい。
最終的に、賛否が分かれている現状を踏まえ、議会側が一律200円としていた入湯税の引き上げ額を、宿泊料に応じて50円から200円と段階的に引き上げるという折衷案を提案。修正された条例改正案は、賛成多数で可決されました。

これからは、ノーサイド

条例改正案可決の翌日、市長は市内の温泉地や観光協会の代表を集め、PCR検査を含めた感染防止対策と観光振興を両立させる新たな観光モデルを実現するための合意書への調印式を行いました。式には反対を続けていた田中理事長の姿もありました。

調印式で並ぶ市長と田中理事長

田中理事長
「入湯税の引き上げは本意ではなかったが、決まった以上、これからはノーサイド。市長とよく話し合いながら、一緒に新しい那須塩原の観光を一丸となって作り上げていければ」

いつまでも議論を続けているより、まず誘客のためにまとまっていかなければ、コロナという大きな壁を乗り越えることはできない。関係者がそう判断したことが、今回の合意に結びついたと言えます。
入湯税の引き上げは、ことし12月から始まります。

鬼怒川温泉では行政補助を要望

今回の議論は、栃木県内のほかの温泉街にも影響を及ぼしています。

関東有数の観光地、日光市では、7月に鬼怒川温泉の飲食店で感染者の集団=クラスターが発生し、宿泊のキャンセルも相次ぎました。地域の観光関連団体は、検査体制の強化を求める要望書を市に提出しました。

ただ、検査費用の負担を観光客に求める那須塩原市とは違い、検査費用の一部を市が補助することや、感染の懸念がある場合には体調にかかわらずすみやかに検査を受けられる体制を作ることなどが主な内容でした。

鬼怒川流域観光戦略げんき協議会 波木恵美会長

波木会長
「わざわざ税金をお客様からいただいてということではなくて、違う形での補助を考えていければ。必要なときにきちんと検査を受けられれば、定期的にじゃなくていい。市には、検査体制が充実して、安心安全の確保ができる地域だから来て下さいという、観光地・日光としての見せ方を示してほしい」

withコロナの観光とは

新型コロナウイルスが広まる前までは、観光立国などと叫ばれ、外国人観光客の誘致策が盛んに議論されていました。「来てくれる人は誰でもウェルカム」、でもそうした考え方は、一部でオーバーツーリズムなどの問題を引き起こしていました。

そしてコロナで一転した観光業界をとりまく状況。

再び元に戻るのか、それとも「レシポンシブルツーリズム」を通じて観光振興と地域の安全の両立を目指すのか。紅葉も深まり、本格的な観光シーズンを迎えた栃木県で模索が続いています。

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