「講義がオンラインになり、早稲田の街から学生の姿が消えた」
そんなうわさを耳にして10月のはじめ、私は母校である早稲田大学に向かった。平日の日中に足を運んだのだが、あまりの人の少なさにまるで週末に訪れたかと錯覚するほどだった。
(首都圏局/カメラマン 佐藤寿康)
東西線の早稲田駅に到着したのは午前10時すぎ。2限目の講義に向かう学生がそこそこいるのかと予想したが、全くといっていいほどその姿が無い。街がどうなってしまったのか、話を聞こうと、まずは駅近くの不動産屋を訪ねた。
「5か月くらい、新しい入居者ゼロの状態が続いたよ」
社長の木下正美さんは真っ先にそう答えた。
大学では、前期は全てリモートで講義をしたため、学生が街に住む必要がなくなり、部屋を移ろうという学生もいなくなったという。さらに、在学していた留学生が卒業を待たずに帰国してしまい、部屋を解約するケースも相次いだという。
接客はこの枠越しで
大学の回りを歩いてみると、以前ならば、通りすがりの学生にぶつかりそうになるくらいにぎわっていた商店街も、人影はまばらでシャッターが閉まったままの店が目立った。
「おっ、『たきたて』がやってる!」
唐揚げ弁当が300円と抜群に安く、学生の頃によく通ったお弁当屋さんだ。思わず店をのぞいてみた。店主の前山泰雄さんが、ぼやきながら話をしてくれた。
お昼前のこの時間、ふだんなら店の前に出したテーブルに、弁当を山のように積み上げて販売していたのだが、今は注文を受けてから作っているという。
冗談交じりに話す前山さんの表情が、なんとも寂しそうだった。
昼食を求めて学生街が特ににぎわう12時すぎ。早稲田の今を知るために外せない、と思う店を訪れた。大学の西門近くにある三品食堂。昭和40年から創業を続ける牛めし屋で、いわゆる「ワセメシ」として多くの学生に愛され続けている。
一番混んでいる時間帯のはずだが、店内の客はまばらだった。
牛めし・カレー・トンカツの3品のみを提供することからその名がついた三品食堂。その全てを網羅する「カツミックス」を頼んで注文を待っていると、カウンターの横で不器用そうな手つきで皿を洗う若者が目にとまった。
高田海君、体育会剣道部の1年生だそうだ。この日が、大学に入って初めてのアルバイトだという。
こんな状況下で、アルバイトを雇う余裕があるのだろうか?
素朴な疑問を店主の北上昌夫さんに投げかけてみた。
「売り上げは7割落ちてるから、余裕はないよね」と笑いながら答え、こう続けた。
閉店間際、帽子を被った男性が店に入ってきた。話を聞くと大学のOBだそうで、学生の頃は毎週お店に通っていたそう。コロナ禍でお店のことが心配になり、5年ぶりに足を運んでみたそうだ。
この店のメニューには、牛めし・カレー・トンカツの3品しかないが、学生からOBにまで愛される見えないもう1品があると感じた。
12年前と変わらぬ味でした
南門を出てすぐ、見慣れたはずの景色にわずかな違和感を覚えた。看板に描かれた麻雀の牌(ウーピン)の真ん中に、豆のイラストが入っている。
「たしか、ここって雀荘だったよな…」と思いながら、店に入ってみた。
キャラクター風船でソーシャルディスタンス
「去年で雀荘を完全にやめて、喫茶店とbarに絞ってやっています」
こう話すのは、「早苗」の社長・宇田川正明さん。最近の学生は麻雀をあまり打たないらしい。喫茶店のほうが、レポートや就活のエントリーシートを書きにやってくる学生でにぎわうのだという。しかし、そんなにぎわいもコロナ禍で一変してしまった。
夕方、改めて大学の正門を訪れてみても学生の姿はほとんどなかった。コロナが無ければ、大隈記念講堂の前にいろんなサークルが集まり、早稲田祭に向け練習するにぎやかな光景が見られるはずだ。正門の近くに、ポツンと立っている学生がいた。
政治経済学部に通う2年生の河合美歩さん。コロナ禍で実家のある北海道に帰省していたが、今期初めての対面授業に出席するため、半年ぶりに東京に戻ってきたという。「寮に入っているんですけど、半年ぶりに友だちに会った時、『3密だけどハグしていいよね』って言って、泣きながら友だちと抱き合いましたね」と、久しぶりに友だちに会えた時のうれしさを話してくれた。
そんな思いで久しぶりに大学に足を運んだ河合さん。講義開始までまだ30分以上あるが気持ちが高ぶりいつも以上に早く足を運んでしまったという。
そう話すまっすぐなまなざしが印象的だった。
大学をあとにしながら商店街を歩いていると、三品食堂の北上さんが、「早稲田ってさ、街もキャンパスなんだよね」と言っていたことを思い出した。たしかに、この街で楽しい思い出をたくさん作り、私の学生生活はより豊かなものになった。街は多くのものを学生に与えてくれる。しかし、その一方で、街にとっても学生は欠かせない存在であることを、痛感させられた。大学が近く、学生への依存度が高い街が受けるコロナ禍の影響は計り知れない。街と学生が共に生きる、あの楽しい日々が一日も早く戻ってくることを願ってやまない。