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コロナの医療崩壊を阻止せよ 密着・平成立石病院

  • 2020年10月22日
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東京・葛飾区の平成立石病院は、地域の医療を支える救急指定病院です。東京都の要請を受け、この病院が新型コロナウイルスの患者を受け入れ始めたのは2月のこと。2か月後の4月中旬に入ると「未知の感染症の拡大を防ぐ」、そして「コロナ以外の患者さんを守る」という二つの使命の間で難しい選択を迫られることになります。緊急事態宣言の直前から密着取材を続けるディレクターの報告です。(首都圏局/後田麟太郎・村山世奈)

ウイルス患者受け入れ強化へ 手探りの病床拡充

その日、新型コロナウイルスと対峙してきた平成立石病院には、病院に似つかわしくない、建設現場のようなドリルの音が響いていた。行われていたのは一般の病室を改造し新型コロナウイルスの患者を受け入れるための工事だった。

東京都の要請により、新型コロナウイルスの感染者を入院させてきた平成立石病院。当初は、結核などの感染症患者を隔離するために元々設けられていた7床で対応していた。しかし、新型コロナウイルスの感染者は急増。保健所からの入院要請も増加していた。

そこで病院は大きな決断を下した。1階部分の一般病床を新型コロナウイルス感染者の受け入れのために転用、およそ3倍の19床に増床し、入院患者を受け入れていくことにしたのだ。

“増床”を決めてから病院はさまざまな対応に追われていた。入院するエリアとナースステーションとの間には患者を隔離し、感染を予防するための“壁”を新設。それまで1階に入院していた患者の別病棟への移動。“危険”なエリアとそうでないエリアとを分けるゾーニングは色の違うビニールテープを使い、看護師たちが自ら行っていく。ナースステーションを感染のリスクから守るためのビニールシートも、事務員の男性たちが養生テープを使って張っていく。マニュアルも無い中で、病院スタッフたちが総動員で試行錯誤しながら受け入れの拡大準備を進めていた。

急がれる病床確保 苦悩する病院

全203床の病室を持つ平成立石病院。病室は常に満床に近い状態が続いており、およそ200⼈の看護師が9つのグループで患者の治療に当たってきた。だが、新型コロナの病床を増やすとなれば、専属のスタッフが必要となり、そのメンバーは他の病室の担当から外さざるを得ない。全病床の1割に過ぎない隔離病室の拡大だが、その影響は残り9割をカバーする医療スタッフにも及ぶこととなる。

増床した19床は、すぐに満床に近い状態となった。院内感染を防ぐため、その対応にあたるのはごく限られた人数の看護師たちである。その仕事は患者の診察や検査だけでは済まなかった。外部の清掃スタッフが隔離区域に入ることは出来ないため、病室やトイレの清掃、シーツの消毒までを看護師たちが⾃ら⾏わなければならなかったのだ。

シーツを消毒する看護師

患者の数が増えれば当然、防護服を着て診察に当たる時間も増加する。全員が“責任”という言葉を口にして業務に当たっていたが「感染するかもしれない」という不安は強く感じているようだった。

地域の医療を守りながら新型コロナウイルスと戦う。⾃らも率先して新型コロナウイルスに対応してきた⼤澤秀⼀院⻑は複雑な胸の内を明かしてくれた。

大澤秀一院長
「うちのような民間病院はスタッフの数も限られている。その中で感染症の対応もやり、通常の対応もやり、救急の対応もしていく。やらなければいけないというのはもちろんだけど、スタッフたちの感染リスクや負担も増えるので…」

この頃、東京都の⼩池百合⼦都知事が会⾒の主要なテーマとしていたのは“病床確保”だった。東京都は最終的に4000床を新型コロナウイルス患者向けに確保するとして、病床の拡大に取り組んでいた。
日々報じられる病床数を目にすると、感染者数に対して確かに不足しているように映った。取材をしている自分自身、不安を感じる毎日だった。しかし、現場で私が⽬の当たりにしたのは、わずか数床の病室を増やすために関係者総動員で奔⾛せざるを得ない下町の病院の現実だった。

眼前に迫る“医療崩壊”の足音

新型コロナウイルスに感染した患者の入院以外にも、疑いのある人のPCR検査用の検体採取も行ってきた平成立石病院。当初は、1日に10件程度だった検査件数はその1週間後には20件以上に倍増していた。保健所からの要請も増加し、当初の予定よりも検査の拡大をせざるを得なかった。

感染症の専門医がいない中、通常の診療の合間を縫って行われていた検体採取。検査数の増加に伴ってかかる時間も倍増し、検査に関わる医師や看護師は昼食を取ることもままならなくなっていた。

この時期、“医療崩壊”という言葉を毎日のように見聞きするようになっていた。新型コロナウイルスの感染患者を受け入れられなくなるという意味での“医療崩壊”、さらにそれは、⼀般の患者も巻き込んで医療全体が⽴ちゆかなくなるという⼤きな“医療崩壊”にもつながっていく。

平成立石病院でもこの“医療崩壊”への危機感は非常に強く共有されていた。すでに近隣にある中核病院で相次いで新型コロナウイルスの院内感染が発生し、入院の受け入れや診療を大幅に縮小したため、行き場をなくした患者がこの病院に押し寄せる事態になっていたのだ。

診察にむかう大澤院長

大澤秀一院長
「医療機関が1個つぶれると、その周りに、その余波が及んでいって、そこにまた負荷がかかるから、そうすると、本当に地域の医療崩壊は起こってしまう。コロナの対策で通常に比べて負荷がかかっているところに、もしそれが1個じゃなくて、こっちの病院からも、あっちの病院からもとなってしまうと、地域としての医療崩壊が始まる。そういう意味でも院内感染を起こさないようにしなくてはいけない」

新型コロナウイルスに対峙するためには一般の病床を減らさなくてはいけない。しかし地域を守るための医療も守らなくてはいけない。そして病院スタッフの安全を守り、院内感染も防がなくてはいけない。現場の医師や看護師は「自分たちがやらなくてはいけない」という強い責任感をたえず口にして業務にあたっていた。
ギリギリのところで持ちこたえていたこの時期の平成立石病院。しかし救急外来ではすでに、地域医療への影響が現実のものとなっていた。 

受け入れ困難250件超 救急医療が危機に

平成立石病院は年間1万人近い救急患者を受け入れ、地域の救急医療の中核を担っている。症状に応じた病床がすでに埋まっているなど、やむを得ない事情をのぞいて救急搬送を断ることはなかった。去年4月に受け入れることができなかった搬送は4件。ところが、新型コロナの感染が拡大していた今年の4月、受け入れられない搬送が250件を超えていた。一体、何が起きているのか…。 
 
その大きな理由は、患者を入院させるための個室の数だ。新型コロナ“疑い”の患者は、PCR検査の結果が出るまで、他の患者と同室にすることはできない。このため、個室に空きがないと受け入れることができないのだ。

4月中旬 個室はすべて“×”つまり満床だった

新型コロナの感染者と見分けることができずに受け入れてしまうと、あっという間に院内感染につながるおそれがある。院内感染で病院の機能が停止してしまう最悪の事態を避けるため、症状を聞いて“疑い”が強い患者は、個室に空きがある他の病院を探してもらわざるを得なかったのだ。これまで地域の救急医療を支えてきた平成立石病院が、新型コロナを前に苦渋の判断を強いられていた。 

救急科部長 大桃丈知医師 
「これが実情です。病院の恥をさらすようなことになってしまうかもしれませんが、個室が疑い患者さんですでに埋まっている状況ですと、どんなに頑張っても搬送されようとしている患者さんを受け入れられないことになってしまいます。何か手を打っていかなければいけない状況です」 

ピークは過ぎた?もう少したえれば…

多忙を極める医療現場。そしてコロナ対応のしわ寄せを受ける地域の救急患者たち。しかし、4月下旬になると徐々に明るい兆しも見えつつあった。

緊急事態宣⾔の下、厚⽣労働省のクラスター対策班が⾏ったシミュレーションをもとに政府は⼈と人との接触機会を極⼒8割削減すれば感染を押さえ込めると、感染拡大を防ぐ道筋を示していた。実際、都内で報告される1日あたりの陽性者数は4月17日の206人をピークに徐々に減少しつつあった。
平成立石病院の周辺でも、PCR検査のための検体採取は、葛飾区がPCRセンターを設置して対応するという見通しが立ち、軽症の感染者を受け入れるためのホテルも確保されつつあった。

新型コロナ対応のため増床した19床は満床が続き、予断を許さない状況ではあった。緊張を強いられる日々の中、“責任感”で仕事をしてきたスタッフたちも疲労が隠せなくなっていた。
しかし、検体の採取や入院した感染者の治療に最前線で当たってきた大澤院長は、今がピークなのではないかと感じているようだった。

大澤秀一院長
「もう少し辛抱すると目に見える形で検査の数や入院の要請も減るのでは。実感としては(感染拡大は)頭打ちになっているような印象はありますね。それは願望かもしれないけれど」

もう少しで峠を越える…。現場にはそんな雰囲気が漂っていた。最前線の医療従事者を目の当たりにする中で、私自身、もう少しすれば日常に戻るのではないか、そうであってほしいと願っていたように思う。
しかしこのときすでに、地域医療の砦であり、新型コロナウイルスの最前線にある医療現場の存⽴を揺るがす事態が起きようとしていた。

  • 後田麟太郎

    首都圏局

    後田麟太郎

    2015年入局。松山局を経て2019年から首都圏局。 これまで医療や介護・貧困に関心を持ち取材。

  • 村山世奈

    首都圏局

    村山世奈

    2015年入局。沖縄局で戦争や米軍基地問題を取材し、2019年から首都圏局で災害や新型コロナを取材。

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