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母乳バンクを広めたい 早産で生まれた小さな赤ちゃん救うために

  • 2020年10月2日

体重わずか533グラムで生まれた赤ちゃん。小さな命をつなぎとめるために必要だったのが、ほかのお母さんが寄付してくれた母乳でした。それを可能にしたのが、寄付された母乳を保存し必要な人に届ける母乳バンク。日本でもようやく広まりつつあります。
もっと広めたい、そのために知っておきたいことです。
(社会番組部/ディレクター 浅岡理紗 首都圏局/記者 氏家寛子)

533グラムで産まれた命

「入院してその日に産むことになるかもしれません」

千葉県内に住む理紗子さん(32)が、そう言われて突然入院することになったのは、出産予定日より3か月早い、ことし2月下旬でした。妊婦健診で血圧が異常に高くなっていたことがわかったためでした。診断は、妊娠時に高血圧を発症する妊娠高血圧腎症。ケースによっては母子に深刻な影響を及ぼす場合もあり「出産しないと治らない」と言われました。

「こんなに早く産んで大丈夫だろうか」

戸惑いもありましたが、入院から5日後に女の子を無事出産。ただ、体重はわずか533グラムでした。元気に育ってほしいという願いを込め、“ひより”と名付けたその子は、すぐにNICU=新生児集中治療室に入りました。

医師からは「母乳で育てないと病気になるリスクがある」と指摘されたものの、理紗子さんはすぐに母乳が出ませんでした。そこで「母乳バンク」のドナーミルクを利用することになりました。

理紗子さん
「ひよりを最初に見たときはほとんど動いていなかったのですが、おなかのへこみで呼吸しているのがわかり、生きているのだと実感しました。母乳に免疫を促す効果があると説明を受けて、もちろん自分の母乳で育てたいとは思っていたのですが、母乳バンクに頼ることにしました」

命を守る母乳 ドナーミルク

早産などで1500グラム未満で生まれた赤ちゃんは、感染症や病気にかかるリスクが高いとされますが、母乳はそのリスクを減らす効果があると考えられています。特にこうした赤ちゃんにより多く見られる、腸がえ死してしまう「え死性腸炎」は、人工ミルクを与えると引き起こしやすくなり、できるだけ母乳をあたえることが予防につながるとされています。母乳に含まれる物質が腸の粘膜を成熟させ、免疫力を高めるためだとされています。
一方で、早産の場合は、体調が整わずに思うように出ないという母親も少なくありません。帝王切開などで精神的にも負担が大きく母乳が出ないケースも多いのです。
そこで、あらかじめドナーから母乳を集めたうえで冷凍保管し、医療機関が必要だと判断した場合、その要請に基づいて無償で提供するのが母乳バンクなのです。

撮影 今年8月

ひよりちゃんは、理紗子さんの母乳が出るようになるまでの5日間、ドナーミルクを飲みました。半年がたった8月には5300グラムになり、元気に育っています。

理紗子さん
「最近は笑うようになりました。成長を落ち着いて見ていられてうれしいです。小さく産まれて心配なことがいっぱいある中で、母乳バンクの説明をいただいて使わせてもらい、不安を取り除いてもらいありがたかった。本当にそういう仕組みに感謝しています」

医師と助産師の夫妻が支える母乳バンク

母乳バンクがある昭和大学江東豊洲病院(東京・江東区)

ひよりちゃんにドナーミルクを提供した母乳バンクは、昭和大学江東豊洲病院の一角にあります。2014年に設立され現在、全国の20以上の医療機関と連携し、年間100人以上の赤ちゃんにドナーミルクを届けています。

ただ、その運営は病院の小児科医の水野克己さんと助産師で妻の紀子さんが支えています。わずか3畳ほどのスペースに、研究費で整備した冷蔵庫などの設備を置き、ふだんの運営は寄付や自身の講演会などの収益を充てています。

水野医師
「小さく産まれた赤ちゃんが、頑張って生き抜こうとしているのです。それを私たちはもっと分かってあげなければいけない。安全なドナーミルクを提供して、成長にとって良い方向に導いてあげなければならない。それは新生児を扱う、わたしたちの責務です」

ドナーミルクはこうして作られる

解凍中のミルク

ドナーミルクは、バンクに登録している母親から送られてきます。
専用のパックに入れられ、冷凍された状態で届きます。これを20時間かけて冷蔵庫の中で解凍します。一番母乳の成分失わない解凍方法と言われているそうです。

入念に点検

さらにパック全体を丁寧に消毒して破損や異物の混入がないか、ひとつずつ確認。専用のボトルに詰め替え、62.5度で30分間の低温殺菌処理を施します。 

この時、一部を取り出して培養検査を行い、細菌の混入がないか調べます。こうして、安全に使えるドナーミルクが、水野さん夫妻の手で一本ずつ作られていくのです。

海外での出会いと母乳バンクにかける思い

留学中の水野医師

水野さんが母乳バンクを設立したきっかけは、15年前のオーストラリア留学でした。ちょうど現地に母乳バンクが立ち上がり、その成果を目の当たりにしたのです。

水野医師
「西オーストラリア州で母乳バンクができたところは、え死性腸炎の割合がどんどん減っていったんです。データがちゃんと出てきたので日本で作ろうって思った」

え死性腸炎は腸から細菌が侵入することで、未熟児網膜症などさまざまな合併症を引き起こすため、特に警戒が必要な病気です。当時、母乳の効果が注目され始めると、欧米をはじめインド、中国などで次々に母乳バンクが設立されていきました。

帰国後、水野さんは厚生労働省や医学関係者を訪ねて回り必要性を訴えつづけました。そして10年以上かけて、ドナーミルクを全国へ届ける体制を、確立させたのです。その熱意のもとになっているのは、過去に関わった悲しい記憶です。

「妊娠24週の段階でお母さんにがんが見つかって帝王切開して、抗がん剤治療したものの2週間後に亡くなった。赤ちゃんがどうなったかというと、腸に穴が開いて網膜症で視力障害があって聴力障害もあった。この子に母乳バンクのドナーミルクをあげられていたら少しは変わったかもしれないって思うわけですよ」

こうして運営されるようになった母乳バンク。でも、国内では十分ではありません。厚生労働省によりますと、1500グラム未満で産まれる赤ちゃんは、年間およそ7000人。専門家の試算では、このうち3000人がドナーミルクを必要としています。水野さんが運営する母乳バンクだけでは足りないのです。

民間企業が2か所目を開設

こうした中、国内2か所目となる母乳バンクがことし9月に開設されました。ベビー用品大手「ピジョン」が本社ビルの1階に設置しました。きっかけは海外で事業展開を進める中で、世界では50か国以上に600を超える母乳バンクがあるのに、日本では整備が進んでいない現状を知ったことでした。

国内2か所目の母乳バンク(東京・中央区)

北澤憲政 社長
「2018年にブラジルの母乳バンクを見学し、その重要性を知りました。ドナーミルクがあれば救われる命がある。1人でも多くの赤ちゃんを救いたい、母乳バンクは育児用品メーカーである私たちがやるしかないという強い決意のもと支援をスタートさせました」。

施設には、年間2000リットルの母乳を殺菌処理できる機械や、マイナス30度で保管する冷凍庫などが備えられています。運営は「日本母乳バンク協会」が担い、年間600人の赤ちゃんにドナーミルクを提供する予定だということです。

ドナーになりたい…どうすれば?

日本でも広まりつつある母乳バンク。では、どうしたらドナーになれるのでしょうか?
まず登録できる期間は、出産してから半年未満の人に限られています。

①申し込みは、日本母乳バンク協会のホームページから行います。
②次に協会から紹介された施設で、必要な血液検査などを受け、結果に問題がなければドナー登録されます。
③そして自宅などで搾乳した母乳を、決められた手順で指定の袋に入れて冷凍、クール便で母乳バンクに送ります。

私もドナーになる

実際にドナー登録の申し込みをした女性がいます。ことし8月に出産をした綾子さん(39)です。切迫早産のため予定日より4か月早く出産した綾子さん。産まれた娘の体重はわずか430グラムでした。幸い、自分の母乳を与えることはできたものの、母乳を与えられない母親の気持ちを理解したことから、申し込みをすることにしました。

綾子さん
「小さい赤ちゃんには母乳が大切だと聞いていたので、自分の母乳をあげられたときはほっとしました。母乳不足で悩むほかのお母さんたちの話を聞いて、余るほど出る母乳を捨てるのがしのびなかった。同じように低体重の赤ちゃんを産んだお母さんたちが、前向きな気持ちになる一助になればと思いました」

ドナーミルクを必要な人に届けるために

ただ、ドナー登録のため血液検査が受けられる施設は現在、北海道、東京都、神奈川県、奈良県にある6つの施設にとどまっています。ドナーミルクを利用するNICUが増え、需要が高まる中、いかにドナーとその受け皿となる母乳バンクを増やし、安定的に提供できる仕組みをつくれるのか。水野教授は次のように訴えます。

水野医師
「母乳バンクは、ドナーの皆さんやその家族などの温かい思いに支えられて成り立っています。欧米各国に比べると整備は進んでいませんが、国内での需要は高まっているので、小さな命が大切にすくすくと育つように、理解と支援が広がってほしい」

元気に育っているひよりちゃんです

国は今年度から3年計画でドナーミルクがどれだけ必要とされているのかなどの実態調査を行う予定です。小さな命を救うための母乳バンクが、1日も早く全国で利用できるようになってほしいと強く感じます。

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