さよなら新宿メトロ食堂街 (1) 墨繪 ~行列のできるパンが人気の洋食店~

  • 2020年9月30日

立ち食いそばや天ぷら、洋食店などが軒を連ねる、新宿駅西口の「メトロ食堂街」。昭和41年に開館し、買い物客やサラリーマンに親しまれてきましたが、9月30日に54年の歴史に幕を下ろしました。
メトロ食堂街の洋食店にアルバイトで入り、店長にまでなった男性がいます。男性が語る店の歩みには、お客さんとの交流がありました。
(首都圏局/記者 氏家寛子)

平日も大行列 パンが人気の洋食店

閉店が間近に迫った9月下旬、メトロ食堂街の中でもひときわ行列ができている店がありました。木製の大きな看板が印象的なレストラン「墨繪(すみのえ)」です。

平日の昼間にも関わらず、多く女性客が並んでいました。

「気軽に来られるし、値段も良心的、パンもおいしい」

「いつも並んでいるのでなかなか入れないんですけど、お店がなくなってしまうと聞いて食べに来ました」

店では、フレンチをベースにしたカジュアルな西洋料理を楽しむことができ、特に自家製のフランスパンが評判です。

人気のメニューの1つが、お魚ランチです。
この日のメインは真鯛です。かにクリームを重ねてライスペーパーで包み、オーブンで焼き上げています。付け合わせはライスサラダ。
左上にあるのは、マグロの漬けやとうもろこしのムースなど前菜の4種盛りです。
そして、自家製フランスパンはおかわりもできます。

店長はアルバイト出身

店長を務めるのが、宇田川啓介さん(51)です。
宇田川さんは33年前、18歳の時にアルバイトとして働き始めました。

店長 宇田川啓介さん
「調理師の専門学校に通い始めたころに、友人が『アルバイトを探している店がある』と教えてくれたんです。あのときは、こんなに長く店にいることになるなんて思ってもいませんでした」

「墨繪」がオープンしたのは、昭和58年。

墨繪がオープンした頃のメトロ食堂街の様子

今は“エキナカ”の商業施設が発展していますが、当時は本格的な料理を楽しめる店が改札の近くにあるのは珍しかったそうです。

宇田川さんは22歳でアルバイトから社員になりました。
最初は調理を希望していましたが、お客さんから「サービス(接客)もやってみたら」と声をかけてもらったのがきっかけで、接客を担当するようになりました。フランチャイズではなく、個人店だったことも魅力だったといいます。
今のように行列はありませんでしたが、当時から比較的にぎわっていたということです。

一度は辞める決断も…

実は宇田川さんは社員になって数年後、いったんは店を辞める決断をしました。自分が大好きだった他のレストランからオファーがあり、そちらで働くことにしたのです。

ところが辞めることが決まったあと、気胸になり入院を余儀なくされました。10日間ほどでしたが、このとき社長が何度もお見舞いに来たそうです。

「そんなに自分のことを思ってもらえるなら戻ろう」
そう考え直したのだといいます。

そして31歳のとき。
前任のマネージャーが店を離れるのに伴い、宇田川さんは店長を任されました。
それから20年、店を切り盛りしてきました。

ハード系のパンで行列店に

今のような行列ができるようになったのは、パンの提供を本格的に始めた20年ほど前でした。ハード系のパンが評判を呼び、売店も併設しました。

そして、もうひとつのこだわりが店の雰囲気です。

店内には、店の名前でもある墨の絵が大きく掲げられています。
店長の宇田川さんによりますと、ほっとくつろげる空間を意識しているとのこと。
女性客を中心に、新宿駅のすぐそばにある“都会のオアシス”として親しまれてきました。

アームバンドに赤いタオル お客様からもらった大切な思い出

店とともに歩んできた宇田川さんにとって、お客さんとの思い出は、店の歴史でもあります。
大切にしているという品を見せてくれました。

20年ほど前、大阪に引っ越した常連客からもらったアームバンド。
「これをつけたら素敵だろうな。このアームバンドが似合うような仕事ができるようにったらつけよう」と思いつつ、まだ一度もつけられていません。
これを見る度にそのお客さんの顔を思い出して「頑張ろう」と思うそうです。
 

7年ほど前にダウン症の男の子とその母親からもらった赤いタオル。男の子は、いつもにこにこしながら宇田川さんのことを「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と呼んでいたそうです。
タオルをもらったのを最後に会っていませんが、その男の子の笑顔が忘れられないといいます。

そして、料理を待つ間に小学生が描いた絵。

「宇田川さんのレストランが大好きです。食べものがすごくおいしいです」というメッセージが書いてあるのを、恥ずかしそうに見せてくれました。

中でも印象的だったのが、10年ほど前に高齢のお客さんにもらったメニュー表です。

これは店にはもう残っていなかった、オープンしたときの最初のものでした。

店長 宇田川啓介さん
「ずいぶんご年配の方が『老人ホームに入る前に、たくさん楽しませてもらったお店の方にお返ししたい』と持ってきてくれたんです。スタッフも持っていない貴重なもので、本当にありがたかったです」

さよならメトロ食堂街

8月になって、閉店するという情報がインターネット上で広がると、最後に食事したいという予約の電話が相次いだといいます。
閉店を前に、宇田川さんに今の気持ちを聞きました。

店長 宇田川啓介さん
「閉店することに、ここまで反響があるとは思っていませんでした。30年以上を過ごした場所で自分にとっては生活の一部なので、悲しいというか、感慨深さもあります。メトロ食堂街は、昭和的な雰囲気が残る食堂街で、店のスタッフ同士も仲がいいんです。長く仕事を続けられたのは、それもあると思います。そして何より、お客様にはずっと支えられてきたので、感謝しかありません」

「墨繪」は、10月中旬に近くのビルに移転して再オープンします。
新型コロナウイルスの影響が続く中、小さな店での再出発になりますが、宇田川さんは、これまで通り心を込めた料理とおもてなしで客を迎えたいと話しました。


 

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