神奈川県に住む20代の女性は、ことし3月下旬 破水しました。
妊娠38週目で予定日より2週間ほど早く、すぐにかかりつけの産婦人科のある病院に入院しました。
その日の夜、何か寒気がした女性は看護師に布団の追加を頼みました。念のため熱を測ったところ39度近い熱がありました。最初に行ったのはインフルエンザの検査で陰性。ところが数日たっても熱が下がらなかったことから「違うと思うけど」と言われてPCR検査をしたら、陽性の結果が出たのです。
妊娠中、感染には人一倍気をつけていただけに全く想像外のことでした。
感染・出産を経験した女性
「最初は “えっ” みたいな感じで。すぐにお腹の子どものことがぱっと浮かんで、“大丈夫なの” って。自分のことよりかは、お腹にいる子どもに感染していたらどうしようという不安が大きかったです」
女性は、感染者の出産を想定して準備を進めていた相模原市の北里大学病院に搬送され、専用の病室に運び込まれました。
診断の結果、女性の高熱で赤ちゃんの心拍数が高く、危険な状態だったため、すぐに帝王切開で出産することになりました。
撮影 北里大学病院
病院にとっても、新型コロナウイルスに感染した妊婦の出産に対応するのは初めてのケースで、特別な態勢で手術に臨みました。
手術台には、担当医師と看護師の7人。
そして、手術台から2メートル余り離れたところに、生まれた赤ちゃんをケアする助産師2人を配置。
医療スタッフを介して、女性から赤ちゃんに感染するのを防ぐため、スタッフを2つのチームに分け、互いが接触しないようにしたのです。
そして、4月2日午前4時ごろ、3106グラムの男の子が無事に誕生しました。
しかし、母親となった女性が赤ちゃんをだっこすることはかないませんでした。
手術に立ち会った助産師は、赤ちゃんをすぐに手術室の外に運び出すため、母親に顔を見せたのは ほんのわずかな時間だったと言います。
当時の様子を説明する助産師
出産後に撮影されたレントゲン
女性を苦しめたのは、赤ちゃんに会えないつらさだけではありませんでした。
出産後に撮影したレントゲン写真を見た医師は危機感を抱きました。新型コロナウイルスによる肺炎が悪化していたのです。
医師たちは投薬しながら肺炎が悪化しないよう、慎重に経過を見守りました。
女性は、せめて母乳を絞って赤ちゃんに飲ませたいと考えました。
母乳からウイルスは検出されませんでしたが、服用していた薬が赤ちゃんに影響を及ぼすおそれがあり、断念せざるをえませんでした。
さらに悪いことが続きました。自宅に残してきた3歳の長女も、検査の結果、感染していることがわかったのです。
不安に押しつぶされそうになったと言います。
こうしたなか、女性の支えとなったのが、助産師たちが届けてくれた赤ちゃんの成長を記録した写真などでした。
その後、赤ちゃんは陰性と確認され、女性も回復。
医師が、ずっと着けていた手袋を外して握手してくれたとき、女性は回復したことを実感できたと言います。
出産から22日後となる退院前日、女性はようやく赤ちゃんと再会できました。
最初は、触れることをためらう気持ちも残っていましたが、すぐに夢中で抱きしめました。
赤ちゃんと一緒に
出産から4か月余り。女性は、慌ただしい子育ての日々を送りながら、何気ない日常の大切さをかみしめています。
若い世代を中心に再び感染が拡大しているいま、自身の1か月にわたる経験を知ってもらうことで多くの人に感染予防の大切さを改めて意識してほしいと訴えます。
厚生労働省などによりますと、妊婦が感染した場合は、すべての都道府県で出産までの日数や症状の重さなどに応じて、受け入れ先の医療機関が決まっているということです。感染が判明したあと、保健所やかかりつけの病院などが調整し、受け入れ先の医療機関に移ることになります。
また、出産を控えた妊婦が新型コロナウイルスに感染しても、病状の経過や症状の重さは妊娠していない人と変わらず、胎児の異常や流産を起こしやすいという報告もないということです。
厚生労働省では「体調の悪化を感じた場合は、落ちついて、かかりつけの医師や病院に相談してほしい」としています。