東京・板橋区の小学生たちが、サッカーができる場所をつくってほしいと区議会に陳情を行ったという記事「僕らがちんじょうしたわけ」を、去年12月に掲載しました。
この記事を読んだ皆さんからは、「都会の公園は禁止事項ばかりで遊びにくい」といった声が寄せられました。公園で何が起きているのか。都内の公園を徹底的に調べてみることにしました。
変わった禁止看板があると聞いて向かったのが、練馬区の武蔵関公園。池の周り1キロ余りのコースで散歩やジョギングを楽しめるほか、広場に遊具も設置された区立の公園だ。
設置された看板にはこう書かれていた。
「合唱はお控えください」
「団体でのランニングなどのトレーニングは許可していません」
「ベンチの長時間利用はご遠慮ください」
公園の利用者や区の担当者に尋ねると、それぞれ事情があることがわかった。
(合唱)
「朝、ラジオ体操をしたあと、合唱や太極拳などのサークル活動が行われていた。合唱は近所迷惑だということで禁止になった」
(団体でのランニング)
「近くの大学のスポーツ部が練習で走りに来て、子どもとぶつかったことがあり、危ないとなった」
(ベンチの長時間利用)
「1日中将棋をして、ベンチを占領している人たちがいたらしい」
たしかにいずれもほかの利用者の立場で考えると、困ってしまうことだが…。
次に向かったのが、池袋駅から歩いて5分ほどの西池袋公園。公園に入ると、至る所に看板が見える。
「騒がないで」「猫に餌をあげないで」「花火禁止」「スケートボード禁止」
中には「大縄跳び禁止」という看板まで。
数えてみると、禁止表示の数はなんと45。
なぜ、こんなに看板が乱立しているのか。豊島区の公園緑地課に取材すると、住民からの苦情や要望の増加が背景にあるという。
「苦情を寄せる住民は、今すぐ対処してほしいと思っています。行政として迅速に対応するには、看板を立てるしかないんです。禁止看板ばかりだと景観がよくないですし、利用者が少なくなっているところもあります」(公園緑地課 担当者)
専門家に取材すると、公園の役割の変化も影響しているという。
●公園が増え始めたのは、1960年代後半。それまで子どもたちは道路などで遊ぶことが多かったが、車社会になり交通事故が多発。“子どもが安全に遊べる場”として、公園が住宅街の中に整備されるようになった。
●1990年代に入ると、「都市公園法」が改正。少子高齢化の流れの中で、子どもを主な利用対象にしていた「児童公園」がすべての世代のための「街区公園」に変更された。「その頃は、ゲートボールをするお年寄りが あちこちで見られた」とのこと。
●その後、相次いだ自然災害で、公園は「地域の避難場所」としても位置づけられるようになった。
つまり、時代とともに公園の役割が変化し、利用者が求める価値も多様化したと言える。
都市計画が専門の関東学院大学の中津秀之准教授が指摘するのは、看板乱立の背景にある “地域コミュニティの機能低下” だ。
臨床心理学の研究では、音をうるさいと感じるかどうかは自分との関係性によるという。日頃から挨拶や話をする関係であれば、うるさいとは感じないが、顔を合わせても挨拶もしないような関係性の場合、ストレスを感じやすいというものだ。
地域での人間関係が希薄になる中で、以前は、当事者間や自治会などで自律的に解決していたシステムが機能しなくなり、住民はその機能を役所に求めた。その結果が「看板」なのだ。
そして中津准教授は、看板がもたらす負の側面として「思考力」をあげる。
中津秀之准教授
「看板がなかった時代は、子どもたちは、どうすれば怒られないか考えて行動してきた。公園内や周囲の状況を把握して『ここまでならやっていいいだろう』とそのつど判断していた。しかし看板があると、『命令(ルール)』だとして思考が停止して、遊び自体を自粛してしまう傾向にある」
ここまでの取材で、禁止看板だらけになった公園の事情は見えてきた。では、どうしていけばいいのか。
取材を進めていると、足立区が「パークイノベーション担当課」を新設し、先進的に取り組んでいることがわかった。
「区内およそ500の公園は、似たような公園が多く、利用者の少ない公園もありました。テーマや特色を明確にした公園づくりを目指しています」(足立区 パークイノベーション担当課長)
打ち出したのは、あいまいだった公園の機能を見直し、それぞれの公園に2つの役割のいずれかを設定すること。
その2つとは
子どもたちが思いきり体を動かせる「にぎわいの公園」と
静かに過ごしたい人や幼児が楽しめる「やすらぎの公園」だ。
にぎわいの公園
「にぎわいの公園」と位置づけられた五反野公園は、改修によって遊具を一部撤去し、子どもたちが走り回れるスペースを確保した。地域住民の意見も聞き、ボールの音が気になるというフェンスをネットに交換したほか、利用時間も夕方までに限定した。
やすらぎの公園
「やすらぎの公園」と位置づけた青和憩いの森公園は、以前は木がうっそうと茂り、「怖くて落ち着けない」と言われていたが、木を減らして見通しを良くし、バリアフリーの歩道やベンチを整備した。
さらに看板にも工夫が。「禁止看板」ならぬ「できる看板」だ。
あれもこれも禁止するのではなく、地域の自治会と話し合ったうえで「軟球のキャッチボールはOK」「リフティングやパス回しはOK」など、できることを看板に表示したのだ。
中津准教授は、足立区の取り組みを次のように評価した。
中津秀之准教授
「日本では公園とひとくくりにしているが、海外では『Public Park(多様な広場)』と『Playground(遊び場)』は言い方が違うように別のものと考えている。足立区の取り組みは、それを踏まえた対応で、公園に対する多様化したニーズを整理し、禁止看板を減らすことにもつながる」
そして今が大事な時期だと指摘した。多くの公園で遊具が老朽化し、補修する時期に来ているので、地域ごとに公園のあり方を見直すチャンスだという。
重要なのは、地域住民との合意形成で、住民が参画して設計などに携わることで、誰もが使いやすい公園になり、地域コミュニティの再生にもつながると期待しているのだ。
今回の取材で印象に残った言葉がある。
「公園がぼくたちにゲームをさせようとしている」。
公園でカードゲームをしていた葛飾区の小学生が発したひと言だ。本当はみんなサッカーがしたいのだという。
「最近の子どもはゲームばかり」「外で遊ばない」「体力が落ちた」
いろいろ言われている。
でも、その責任の一端は、私たち大人にあるのかもしれない。
ボール遊びができる数少ない公園に集まり、ひしめきあうように遊ぶ子どもたちを見ながらそう感じた。