本棚の片隅で輝き続ける ~地域を見つめた出版社の半世紀~

  • 2019年8月7日

半世紀にわたって、地域の文化を照らし続けてきた “明かり” が、この夏、静かにその光を消しました。千葉県内の歴史や風土にこだわって書籍の発行を続けたきた老舗の出版社が、その長い歴史に幕を下ろしたのです。社長を含めて わずか4人で続けてきた出版という仕事。 地元からは、閉業を惜しむ声が次々と上がっています。

千葉放送局・阿部 幸康

「地域」にこだわり続けて

千葉県流山市の「崙書房(ろんしょぼう)出版」は、昭和45年の創業。

当初は、幕末や明治初期にかけての文献の復刻を主に手がけましたが、取り扱うテーマは、徐々に県内の歴史や自然、地理、民俗などに広がります。出版した書籍は合わせて1000冊以上に及び、地元に住む数多くの郷土史研究者などが、著者として名前を連ねてきました。

中でも人気が高かったのが、新書サイズの「ふるさと文庫」シリーズです。地元の特産品や災害、そして懸命に生きてきた人々の姿など、大手の出版社では取り上げず、埋もれてしまうような多彩なテーマをすくい上げ、1000円前後という、比較的 手ごろな価格で販売を続けました。

なぜ、崙書房は地域にこだわり続けたのか。社長の小林規一さんは、「忘れないことの重要性」を強調します。

「一つ一つの地域には、本来、それぞれの大切な歴史が刻まれています。その歴史を忘れてしまい、思い出すこともなければ、地域の存在そのものが永遠に私たちの記憶から消えてしまうことになるのではないでしょうか」

掘り起こすべき歴史

流山市に住む辻野弥生さんは、そうした小林さんの思いを実感した1人です。

地元で随筆の同人誌を発行していた辻野さんは、中国や朝鮮半島の歴史を調べていくうちに、「福田村事件」のことを知りました。大正12年の関東大震災の際、香川県から福田村(今の千葉県野田市)へ行商に訪れた15人が、自警団だという人々から集団で暴行を受け、このうち子どもや妊婦を含む9人が虐殺された事件です。

当時は震災後の混乱でデマと不安が広がっていました。そのなかで行商人たちの方言が理解されず、各地で迫害されていた朝鮮人と見なされたことが事件の引き金だったと辻野さんはいいます。その後、地元などでは事件について触れられることがなくなり、闇に葬られた形となったというのです。

「この悲惨な事件を記録として残さなければならない」
辻野さんが小林さんたちに相談すると、出版を勧められました。事件の現場を回ってこつこつと取材を進め、何度も崙書房の事務所へ続く階段を上り下りして話し合いを重ねました。そして平成25年、ようやく取材の成果を「福田村事件 関東大震災・知られざる悲劇」という本にまとめることができました。

辻野さんは、「本当に二人三脚で出版させてもらいました。崙書房がなければ、知っておかなければならない歴史に光を当てることはできなかったと思います」と話しています。

出版不況のあおり

決して有名ではない「書き手」をも支えてきた崙書房。しかし、終わりのときがやってきました。

出版不況の影響で、取引先の書店は、ピーク時の5分の1ほどに減少。若い読者の本離れも進んでしまいました。いくらよい本を作っても、売れない時代が来てしまったのです。

崙書房のメンバーも、全員が60代の後半から70代と、本来ならリタイアしてもおかしくない年齢です。「この辺りが潮時かな…」  話し合いの末に、7月31日をもって閉業することが決まりました。

地元からは閉業を惜しむ声

「崙書房がなくなる」。 その知らせを受けて、地元では閉業を惜しむ声が、多く聞かれました。

地元の「流山市立森の図書館」では、「ありがとう 崙書房出版」と銘打った展示会が開かれました。集められたのは、これまでに出版された本など、200点余りです。

会場には、訪れた人から寄せられたメッセージもありました。

「楽しくなったのは、崙書房さんのおかげ」
「本は残る、文書も残る。もちろん御社の記録と精神もずっと残ります」
「魂をゆさぶる名作たちに感動しました。丸ごと家の本棚にほしい!」
「未来の人たちが郷土の歴史について学べる大変貴重な資料を作り続けてくださったことに感謝申し上げます」
「崙書房さん、いい仕事をなさいました。いろいろお世話になりました」
「崙書房さんは、私たちの誇りです」

看板が下ろされた日

7月31日、崙書房は、その歴史に幕を下ろしました。

翌日の8月1日。 看板が下ろされた会社の事務所にメンバーが集まり、片づけが行われました。メンバーの表情は寂しげな一方で、「やりとげた」という、どこか満足したようにも見えました。

崙書房が送り出した書籍は、これからは県内各地の図書館に所蔵されます。

「図書館、そして皆さんの本棚の片隅に、数冊でも崙書房の本を置いてもらえれば。そして、地域のことについて知りたいと思ったときに、崙書房のことを思い出してもらえたら、これに勝る喜びはありません」(小林規一さん)

地域を照らすためにともされた「崙書房」という明かり。地元で暮らす多くの人たちの記憶に残っていくことでしょう。そして、いつかまた、新たな出版社が千葉の地に生まれることを、願ってやみません。

  • 阿部 幸康

    千葉放送局

    阿部 幸康

    千葉局に入局後、事件・事故を中心に取材。
    8月から東葛支局に赴任し、主に千葉県北西部を担当。

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