WEBリポート
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. WEBリポート
  4. 新型コロナ 都の時短要請「短期集中」は いつまで

新型コロナ 都の時短要請「短期集中」は いつまで

  • 2020年12月18日

新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない東京都。都は11月、23区と多摩地域にある酒を提供する飲食店とすべてのカラオケ店に対し、3回目となる営業時間の短縮要請を行った。
しかし、感染状況は改善せず、要請の期間は当初の予定より25日間延びて、年明けの1月11日までとなった。
今回の時短要請は、過去2回と何が違うのか。そして、要請は、いったい、いつまで続くのか。要請に踏み切った背景を探り、どういう状況になれば要請解除に至るのか、考えてみたい。
(都庁担当・成澤良)

要請は年明けまで延長

「3回目」の時短要請の期限となる12月17日が間近に迫った12月14日の夜9時すぎ。小池知事は、都庁の記者会見室に姿を現した。
この直前に開かれた都の対策本部会議で、時短要請の期間が、年末年始をまたいで、年明けの1月11日まで延長されることが決まったことを受け、小池知事は、みずからの心情を吐露するとともに、都民や事業者に呼びかけた。

12月14日 小池知事の臨時会見

「度重なる協力をいただき、もう本当に、事業者には心苦しい思いでいっぱいだ。年末年始のかき入れ時に、事業者には苦労をおかけすることになるが、都民・事業者一体となって、気を緩めることなく、あらゆる手段を講じて、感染拡大を食い止めていきましょう」

要請「出して」vs「出さない」 国と都の"綱引き"

この時短要請や休業要請をめぐっては、これまでも都と国の間で、水面下の「攻防」があった。

━ どの業種まで対象にするのか ━
━ いつまで要請するのか ━

いつもギリギリまで調整が続いた。

「3回目」の今回も例外ではなかった。

新型コロナウイルスの感染が全国的に増加傾向になり、感染拡大のいわゆる「第3波」とも指摘される状況になった11月中旬。都の幹部から私に、ある情報が寄せられた。

「国が都に対し、時短要請を行うよう求めてきている。
 しかし、『都としては、現時点で時短要請を考えていない』と回答している」

 理由は3つあった。

1.陽性者数に対する死亡率、検査・医療体制など、春とは状況が異なる。
2.病院の負荷軽減のため、都はホテルなどでの宿泊療養が重要と考えていて、体制も整えている。
3.都も全国知事会も、新型コロナウイルス対策特別措置法の改正や国による財政支援を要望しているが、国の反応がない。

これまで都は、「時短要請」を、国の緊急事態宣言や都独自の警報「東京アラート」が出ていた1回目と、いわゆる「第2波」とされる8月から9月にかけての2回目の、あわせて2回、出した経緯がある。
夜間に営業する接待を伴う飲食店や、居酒屋など飲食店での会食で、感染を広げないことが主な狙いだった。

ただ、都は、11月以降のいわゆる「第3波」は状況が異なると考えていた。感染の状況の推移を見てみると、その理由が浮かび上がってくる。

接待を伴う飲食店や会食での感染が減り、家庭内の感染が増えていたことがわかる。

「飲食店の経営に『痛み』を与える時短要請は、今の状況で、本当に効果的な対策なのか」

都の幹部の間には、3回目の時短要請に否定的な意見が浸透していた。

悪化する感染状況 国が動く

時短要請に前向きな国と、慎重な都。膠着状態が続くかに思えた中、取り巻く状況が変化していった。都内の感染状況が日に日に悪化していったのだ。

11月19日 都のモニタリング会議

「感染が拡大していると思われる」

11月19日。感染状況などを分析・評価する都のモニタリング会議は、都内の感染状況を、4段階のうち、最も高い警戒レベルに引き上げた。

5日後の11月24日、国が動いた。西村経済再生担当大臣が、都道府県が時短要請を出す場合に事業者に支給する協力金について、「国の財政支援の対象となる店舗数は、各都道府県全体の2割を上限とする」とされていた制限を撤廃すると表明したのだ。

これは、実は都が要望していた内容だった。対象の上限が2割では、都の負担が大きくなってしまう。都の要望を受け入れる形での、国の追加の支援だった。

11月24日 西村経済再生担当大臣

「よりいっそう都道府県が機動的な対応をとれる制度とした。知事が、財源を理由にちゅうちょすることがないようしっかり支援したい」

「しない」から「するにはどうしたらいいか」という考え方へ

これで一気に流れが変わった。

都の幹部によると、「時短要請をしない」から「時短要請をするためにはどうしたらいいか」へ、局面が変わったという。

小池知事の発言も変化した。 

11月25日 小池知事の臨時会見

「8月に行った時短要請でどういうことが起こったか。繁華街における人出の減少、そして新規陽性者が減少傾向となった。会食における新規陽性者数も大幅に減少したという分析がある。こうした状況を踏まえて、時短要請には一定の感染拡大抑制効果があると考えている。これ(時短要請)によって、メッセージを発することも重要だ」

慎重だった都が「3回目」の要請に踏み切ることになった。背景には、国からの強い働きかけもあったが、感染の急拡大に伴い、都民や事業者の行動の変化を促して、感染の抑制につなげたいという都の思いがあった。

3回目の要請は延長へ

ところで、過去の時短要請はどのように解除されたのか。

これまでは、1回目も2回目も、国や都が「感染の状況が一定程度改善したと判断した」ことを契機としていた。

どうなった時が「改善」した時だったのだろうか。

[1回目:時短・休業要請](期間:4月11日~6月18日)~感染拡大防止~

居酒屋など飲食店への1回目の時短要請は、国が4月7日に緊急事態宣言を出したことを受けて実施された。要請が始まったのは4月11日。カラオケ店に対しては、時短要請ではなく、休業要請となった。

5月25日の緊急事態宣言の解除以降、徐々に営業時間が繰り下げられたが、その後、一時、感染の確認が増加したこともあり、要請がなくなったのは、東京アラートが解除されたあとの6月19日だった。

緊急事態宣言の解除と東京アラートの解除が主な判断要素となった。

[2回目:時短要請](期間:8月3日~9月15日)~経済との両立は~

再び感染の確認が増加した7月。当時、都内各地の繁華街では、夜間営業する接待を伴う飲食店などで感染が相次いでいた。都は7月30日、「極めて危機的な事態で、一定の抑制が必要だ」として、都内全域の酒を提供する飲食店とすべてのカラオケ店に、営業時間の短縮を要請することを決めた。

期間は、当初、8月3日から31日までのおよそ1か月だったが、23区については、専門家の分析・評価によって感染状況の警戒レベルが引き下げられる9月まで延長された。

休業要請ではなく、時短要請になったのは、「新型コロナウイルスとの長い闘いを見据えたときに、完全に営業をやめてもらうことは現実的な選択肢ではない」という経済への影響を考慮したからだった。

2回目は、都の警戒レベルの引き下げが主な判断要素となった。

[3回目:時短要請] (11月28日~)~医療提供体制の状況は~

そして3回目の時短要請。今回は期間が延長されることになった。年明けまで延長された大きな理由の1つは、都が分析・評価を依頼している専門家から「ひっ迫し始めている」とも指摘された、医療提供体制にあった。

国は12月半ばまでを「勝負の3週間」と銘打った。都も「感染対策 短期集中」と呼びかけた。しかし、感染状況はなかなか改善しなかった。

12月17日の期限まで1週間を切った12月11日。西村大臣から小池知事に提案があった。

「都内の時短要請は1月11日まで延長してもらいたい」

感染状況を見れば、ある意味当然の提案ではあった。

延長すれば飲食店は年末年始の商機を逃す。
状況が好転しなければ年末年始の手薄な医療体制が危機に陥る。
 

西村大臣との面会に向かう小池知事 12月13日

2日後、小池知事は、永田町の合同庁舎にある西村大臣の部屋を訪れた。都としての回答を伝えるためだった。

都の回答は「受け入れ」だった。

ただ、1月11日までの延長を受け入れる考えを伝えた一方、時縮要請に必要となる協力金については、国が地方自治体に対し、十分な財政上の支援を行うことを求めた。

翌12月14日。国は、協力金への支援の拡充を表明した。都の協力金は、当初の12月17日までの期間分は40万円だったが、延長後の期間分は100万円に増額されることになった。

延長によって焦点は、「いつ要請が終わるのか」に移った。

「(時短要請を)長々と続けていくつもりはなく、誰も望んでいない」

12月4日の定例記者会見における小池知事の発言だ。
 
当面、時短要請は継続となったが、このままずっと要請し続けることは、都民や事業者の生活面からも、国や地方自治体の財政面からも、不可能だ。いつかは終えなければならない。

重症者や死亡者の増加、病床のひっ迫などを抑え、感染拡大を抑制し、安定的な医療提供体制を確保すること。そして、そうすることで、経済活動を前に進めること。これこそが「時短要請の再延長は必要ない」という状況であり、そうした状況をつくることができるかが今後のカギになる。
そのためには、国や都、そしてほかの地方自治体が、足並みをそろえて、国民や事業者に強いメッセージを発信し、協力を得ることが必要だ。

そして、何よりも、年末年始のわれわれ1人1人の行動にかかっている。

  • 成澤 良

    首都圏局 都庁クラブ

    成澤 良

    2004年入局。神戸局、政治部を経て、2018年夏から都庁担当。

ページトップに戻る