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<span>都政担当記者の</span><span>TOKYO深掘り中!</span>

工業高校って必要ですか?

 

工業の専門知識を学んだ人材を育て、戦後の“ものづくり日本”を支えてきた工業高校。しかし、普通科の高校に進学する人が増え、思うように入学希望者が集まっていません。危機感を持つ東京都教育委員会は、工業高校のニーズを調べる大規模な調査を初めて行うことになりました。「工業高校のニーズはなくなってしまったのか?」。現場の声を聞きました。

首都圏放送センター・小倉 真依

 

危機感を抱く工業高校

 8月4日、夏休み中の都立田無工業高校(西東京市)には、多くの中学生や保護者が集まっていました。開かれていたのは、来年度(2020年度)入試に向けた学校相談会。毎年この時期に開かれていますが、ことしは近隣の普通科の高校も招いて相談会を開きました。理由は工業高校だけでは、相談会に人が集まらないからです。

 普通科とのコラボもあって、この日の参加者は中学生と保護者を合わせて約150人。工業高校の現役生徒が、金属加工を行う「機械科」や建物の設計を学ぶ「建築科」などがあることを紹介し、さまざまな資格が取れることや就職内定率が100%であることをPRしました。

 参加した中学生の中には、「ものづくりの好きな人たちが集まっている学校だと思いました。車が好きなので、工業高校にも興味があり、工業高校と普通科のどちらを選ぶかを迷っています」と話す生徒もいました。

 

田無工業高校・早川忠憲校長

早川校長
「生徒が集まらないのは死活問題で大変な危機感を持っている。工業高校は日本のものづくりを支える人材を育てる重要な場所だが、かつて工業高校が荒れていた時代のイメージを引きずっている保護者もいる。だからこそ、工業高校で良い学校生活が送れることを丁寧に説明したい」

 

 この工業高校では、今年度(2019年度)入試の応募倍率は1.07倍で、かろうじて定員を超えていますが、危機感を持って生徒集めに取り組んでいるといいます。
 イメージを向上させるため、ことしから学校案内のパンフレットを刷新。従来は工業高校らしい機械の設備を中心とした内容でしたが、新たなパンフレットでは、生徒が生き生きと学んでいる姿を中心としたものに変えました。さらに、中学校などに向けた説明会を180回程度開くほか、ことしは約50か所の学習塾の訪問も行いたいとしています。

 

普通科志向で入学希望者が減少

 大田区や墨田区など日本を代表するものづくりの現場に人材を送り出してきた工業高校は、今、危機的な状況にあります。

 もともと、大学への進学率の高まりなどで、普通科志向が続いていましたが、最近は私立高校の授業料を実質的に無償化する取り組みもあって、都立の工業高校を希望する生徒の減少に歯止めがかかっていません。大規模な3次募集が行われたのは2年連続で異例のことです。

 

高卒の人材求める企業

 工業高校へのニーズはなくなってしまっているのでしょうか?
 大田区出身で、ものづくりの現場が身近にある環境で育ってきた私は、工業高校の役割はまだまだあると思っています。実際、企業を取材すると、工業高校に期待する声が聞かれました。
 東京の代々木にある建築設計会社では、これまでに工業高校の卒業生を13人採用しています。この会社では工業高校の生徒のインターンシップを受け入れていて、設計の現場を実際に知ってもらうことで、入社につなげているということです。

建築設計会社の担当者

「工業高校を卒業して就職した社員は、まじめで物覚えが早く、大卒と比べても技術面で劣る部分はない。生徒たちは名前の知っている大手企業に行ってしまうので、会社のことを知ってもらい、少しでも興味を持ってもらうことで人材確保につなげたい」

 実際に、都内の企業がことし3月末時点で高卒を対象に出した求人数は5万3729人で、高校を卒業して就職を希望する人の8倍を超えています。空前の人手不足の中、工業高校の生徒はかつての“金の卵”の状況です。その一方で、企業の中には工業高校に対して、こんな声も聞かれました。

製造業の社長

「ものづくりに興味を持ってもらうためには、おもしろいと思う力をどこかで見いだして伸ばしていく教育が大切だ。与えられる仕事をただ、こなすだけではなく、自分で判断でき、自分の考えを持っている人材が求められている」

 

工業高校のニーズ、初の調査へ

 工業高校を時代にあった形に変えていくには何が必要か?
 東京都教育委員会は工業高校の今後のあり方を検討するため、ことし秋をメドに大規模なニーズ調査を行うことになりました。

 調査では、都内企業の1万2500社を対象に、工業高校で重視すべき教育内容などを尋ねるとともに、中学生と保護者それぞれ3700人に対しては、工業高校を進路の選択肢とするために何が必要なのかなどについて尋ね、工業高校の適正な規模や配置、教育の内容などの検討に生かすことにしています。

 

 都の教育委員会はこれまでも、入学希望者の低迷が続いてきた工業高校のあり方を検討していますが、工業高校に特化した大規模なニーズの調査を行うのは初めてのことです。それだけ、工業高校は瀬戸際まで追い込まれているとも言えます。

 

調査を生かせるか?

 しかし、今回の調査は工業高校の改革の入り口に過ぎません。実社会につながる教育を行って、企業とマッチングし、職場に定着させなければ、意味がありません。
 例えば、都立町田工業高校では今年度から、試験的に大手IT企業のIBMと連携した授業を始めています。IBMの社員が定期的に学校を訪れ、会社の業務内容や社員のキャリア形成のあり方などを紹介しています。今後は、IBMの社員が講師を務めるプログラミングやネットワークの技術などの授業も行われる予定です。

 

 こうした模索を続ける工業高校の現場と連携し、日本の産業を人材面で支える存在として工業高校を再生できるのか。都の教育委員会にはその実行力が問われることになります。


 

首都圏放送センター記者
小倉 真依

鳥取局・大阪局・盛岡局を経て、去年から都庁担当