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大逆転!被害者支援条例制定へ

 

今年2月の東京都議会。小池知事は、犯罪の被害者やその家族を支援する条例について、今年度中の制定を目指す方針を明らかにした。実はこの条例、7年前に都議会で否決されている。なぜ、都は今になって制定に動くことになったのか。背景には、犯罪の被害者やその支援者たちの思いがあった。

首都圏放送センター・豊田 将志

 

悲願実現へ

「犯罪の被害者やその家族が穏やかな日常を取り戻すための支援を、社会全体で進めていくことが強く求められており、犯罪被害者支援条例の制定に向けて検討に着手する」(2月26日、都議会の小池知事答弁)。

 

傍聴席で小池知事の発言を聞いた常磐大学の元学長、諸澤英道さん(76)は「天にも昇る気持ちというか、飛び上がりたい心境だった」と振り返る。

諸澤さんは、犯罪の被害者の支援などを研究する「被害者学」の第一人者。犯罪によって心身を傷つけられた人の権利を守るため、2014年に犯罪被害者やその家族などでつくる「被害者が創る条例研究会」を立ち上げ、全国各地で条例の必要性を訴えてきただけに、都の条例の制定はまさに悲願だった。

 

刑法犯全国最多の東京都“条例は不要”

犯罪被害者やその家族の支援を巡っては、15年前に成立した「犯罪被害者基本法」に、地方自治体も支援を行う責任があると明記している。諸澤さんたちは、自治体に対し、条例の制定という法的な根拠を設けて、被害者に精神的、経済的な支援などを行うよう求めてきた。

しかし、都道府県で被害者支援に特化した条例を制定したのは去年4月の時点で14の道と県にとどまる。刑法犯の認知件数が全国で最も多く、支援の必要な人が多いはずの東京都は条例を制定していない。都は「法律に基づく支援計画を作り、適切に取り組んできた」と説明するが、被害者などに対する経済的な支援は「国が責任を持って行うべき」で、条例は必要ないという立場を崩さなかった。

 

“あすはわが身”

以前から諸澤さんたちの取り組みを取材していた私は、今回の動きを受け、都内に住む犯罪被害者の家族の1人で、研究会の活動に参加している井口智恵さん(37)に再び話を聞いた。井口さんは、2011年に奈良県生駒市で母親を殺害された。犯行現場となった実家に住めなくなり、東京に転居したが、縁もゆかりもない土地で、苦しみを分かち合える人はほとんどおらず、自宅にこもりがちな生活が2年続いた。
「以前と同じ仕事をしたいと思っても、履歴書に事件後の空白の期間を書き込むことができず、苦しい思いをした」。

自治体が条例を制定し、被害者の相談に応じる専門的な知識を持った職員の配置や、事件の影響で日常生活に支障をきたした人の経済的な支援を行うことが必要だと訴えている。
「犯罪の被害なんて、普通に生きていれば絶対関わらないと思っていた。でも世の中は理不尽で、いつ巻き込まれるか分からない。『あすはわが身』だとわかってほしい」と井口さんは語る。

 

“条例案”否決の過去

都議会ではかつて、条例の制定まであと1歩に迫ったことがあった。7年前の2012年、当時、最大会派だった民主党が条例案を都議会に提出。しかし、民主党と対立する自民党や公明党などが、条例案を「あまりにも拙速かつ不十分な内容」などとして反対したのだ。

この結果、都議会の委員会での採決は賛否が同数となり、委員長の決裁で否決された。議会の常識として、一度否決された条例案が再び可決される可能性は低く、条例の実現は暗礁に乗り上げたのだった。

 

突然の動き

ところが、事態は突然動きだした。
去年11月、都内の弁護士が、都議会に条例制定を求める陳情を提出した。被害者支援に取り組むこの弁護士は、諸澤さんたちのグループと連携はとっておらず、独自の動きだった。

この陳情の動きを、諸澤さんに連絡したのは、都議会議員の菅原直志さん(51)。都民ファーストの会に所属する菅原都議は7歳の時に父親が車にはねられて亡くなった、被害者の遺族だ。諸澤さんとも親交が深く、都の条例を制定するチャンスをうかがっていた。今回の想定外の陳情に、菅原都議と諸澤さんは、青ざめた。
「条例案はかつて否決されている。この陳情が都議会で否決されれば、陳情とは言え、条例は必要ないとされ、この先10年は制定されなくなるかもしれない」。

都の幹部によると、都側は都議会の各会派に対し、「条例は必要ない」という説明を行い、陳情は否決される方向だったという。

 

説得に奔走 大逆転へ

菅原都議の助言を受け、諸澤さんが所属する研究会のメンバーは、都議会の各会派を回った。被害者の家族がその経験から、そして諸澤さんは法律の専門家の立場から、条例の必要性を訴えた。
まず、菅原都議が所属する最大会派の「都民ファーストの会」が条例制定に賛成した。続いて説明に訪れたのは、7年前の都議会で条例案に反対した公明党だった。諸澤さんには、とっておきの説得材料があった。
「人権尊重を理念に掲げるオリンピック・パラリンピックの開催都市・東京に、被害者支援の条例がないなんて、世界の恥です」。

この説明を聞き、公明党が賛成に転じた。都議会の過半数を握る2つの会派。それぞれが犯罪被害者の支援に取り組むという党の姿勢をアピールできると考えたのだ。他の会派も条例制定に同調し、陳情は全会一致で採択される方向になった。こうした議会の動きが、冒頭に触れた小池知事の「条例制定に向けて検討に着手する」という答弁につながったという。

 

土壇場からの大逆転について、菅原都議は「やはり当事者がみずから働きかけたことが一番大きい。これで潮目が一気に変わったと思う」と話す。

諸澤さんは「さまざまな自治体から、『東京都にない条例をなぜうちがつくる必要があるのか』という声をたくさん聞いてきた。都の条例制定がほかの自治体に与える影響は大きいはず」と歓迎する。

 

独自性ある内容で被害者負担の軽減を

都は今年度、条例制定に向けて、具体的な内容の検討を進める。
都の幹部は「他の自治体が先行しているだけに、独自性のある内容でなければ小池知事は納得しないはずだ」と話す。条例案をつくる都の職員には、被害に苦しむ人々の心の叫びに耳を傾けながら、最善を尽くしてほしい。

 


首都圏放送センター記者
豊田 将志

千葉局を経て、おととしから都庁担当。