「地震でエレベーターに閉じ込められたら!?」
「もし目の前にけがをしている人や意識のない人がいたら!?」など、さまざまなケースをアナウンサーがぶっつけ本番で取り組む「防災やってみた」。
今回は、「“ビルなどでの火災”に遭遇したらどう身を守るのか」。なんとなくわかっていることでも、いざ白い煙に囲まれると、頭の中が真っ白に…。
煙を吸い込まないよう、ハンカチなどで鼻や口を覆って、低い姿勢をとる。いやいや、それだけではダメなんですねぇ…
しかも、ちょうどいまは空気が乾燥する時期!特にビルなどで火災に巻き込まれた際、どう行動すれば「煙」から身を守れるのか。ポイントをまとめました。
(アナウンサー 渡辺健太)
行き先や内容を知らされないまま車に乗せられ、目的地に近づくと目隠しをされる私。車のドアが開くと、「行きましょう」と聞きなれた黒田信哉アナウンサーの声。
「ここはどこですか?」と聞いてみるも「言えないですよ」とあっさり…。
手を引かれながらどこかへ連れていかれます。まさに、ドッキリ。“アナウンサードッキリ”です。
建物の中へ入りエレベーターに乗ると、ここは、どこ!?何やら部屋の中にいるような。
こわっ!アナウンサーになって10年。こんなロケは初めてでした。アナウンサーの中ではリアクションが大きめなタイプとして知られる!?私ですが、不安で仕方がなく言動も控えめ…「じゃあこのまま動かず、待っていてください」と黒田アナに言われ、とうとう一人ぼっちに。
後からわかりましたが、おじゃましたのは、東京・墨田区の本所防災館にある「火災の煙からの避難を体験できる施設」だったのです。
「渡辺さん、目隠しを外してください」という指示に従って目を開けると…
そこは、狭い部屋の中。そして間髪入れず、「火事です、火事です。避難してください!」のアナウンスの声が聞こえてきます。
えっ…火事!?一瞬、思考が停止しました。
思い出したのは、火事=煙を吸い込むと死に至る可能性がある、ということ。すぐに私はポケットに入れていたハンカチを取り出し、鼻と口を覆いました。実際、火災の際に、炎と同じくらい怖いのが「煙」です。
さぁ、逃げよう!
でも、自分のいる場所がどこかわからないし、どう逃げればいいの!?と戸惑います。
しかし、目の前の通路は、上半分が濃い煙ですが、下半分には新鮮な空気が。
姿勢を低くして煙を吸わないように進めばいけるはずだ。私の足腰はバスケットボール(高校時には国体出場)で鍛えているので自信はそれなりにあります。ひとまず突きあたりの部屋へ。大丈夫。1つ目の通路は対応できました。しかし、ドアを開けて、その先の2つ目の通路は…。
…え、真っ白。何も見えない。
今度は、部屋全体に煙が充満していて、薄暗いのです。方向感覚がわからなくなるほど視界が悪く、恐怖を感じます。「煙を吸い込んだら終わりだ」。そのことしか考えなかった私は、とりあえず床をはうようにして避難を試みます。
どちらに行けば…迷っている時間がもったいない!えいっ、とりあえずこっち。
向かった先のドアは…開かず、行き止まり。ぼう然と立ち上がったまま、肩で息をする私。突然の出来事に焦ると思わず呼吸が荒くなるんですね。あっ、ダメダメ、低い姿勢!と自分に言い聞かせて、反対側へ進みます。
猪突猛進。何かに頭をぶつけるおそれがあるのにも関わらず、ひたすら下を向いたまま駆け抜ける!急いで避難しなくては…。
その一心で、最後は真っ暗な通路を通って施設の外へ。避難を完了することはできましたが、どうだったんでしょう。
「想像以上に慌てるなぁ…本当の火事だったら、どれだけ恐怖を感じるのか…」
私の体験をカメラの映像を通して見守っていたのが、東京理科大学で長年、火災のメカニズムについて研究を続ける、関澤愛 教授です。私の避難について点数をうかがうと、「低い姿勢をとりながら避難できていたので80点」とのお答えが。合格じゃないですか!
しかし、「あまりにも急ぎすぎていて、避難する方向を確かめて急いでいるのか気になった」という指摘も。
私が必死に伏せていた第2の通路に来た関澤さんは、しゃがんだまま上を指さします。
その先を見ると…。
ありました! 緑のランプが。
「通路誘導灯」です。この矢印に沿って移動していれば、逃げ惑うことはありませんでした。私は、姿勢を低くすることばかり意識して、下ばかり向いていて、まわりを冷静に確認する余裕がありませんでした。いえ、視界には入っていたのですが、ふだんからありふれているものだったので、意識的に見ることもなく、その表示に従うという考えも抜けていました。
体験施設から出た時は、100メートルを全速力で走ったような感覚で、呼吸も荒く、かなりの疲労感がありました。
もし今回より広く、知らない場所で避難をしていたら、行き当たりばったりの避難で煙に含まれる有害物を吸い込み、命を落としていたことも考えられます。落ち着いて行動することがいかに難しいのか、まざまざと思い知らされました。
改めて関澤さんに、避難のポイントを解説してもらいました。
火災発生後まもなく 上部に煙が漂う状況では
上部に煙の層、下部に空気の層と2つの層に分かれることがあります。これは、「煙は熱せられて空気より軽くなり、上から充満していく性質がある」からだそう。そのため、この場合、通路の下半分は新鮮な空気が残っているということです。
<避難のポイント>
●姿勢を低くする
新鮮な空気を吸えるだけでなく、遠くを見通せるようになり、進行方向を確かめながら進める。また、煙の層が低くなければ、かがんで歩くくらいでも問題ない。
煙の層を見極めることが大事
●ハンカチなどで口をふさぐ
煙を吸い込まないよう注意!大きな呼吸はしないようにする。マスクだけでも効果は期待できる。
※注意
しかし、2つの層に分かれている状況は長くは続きません。早ければ数分で煙が充満してしまい、視界が悪くなるということです。つまり、私が体験した2つ目の状況での避難が考えられます。
また、マスクやハンカチには煙の刺激物質などを防ぐ効果は期待できても、一酸化炭素中毒を防げるわけではないということです。
火災発生後しばらく 全体的に煙が充満する状況では
過去の火災では、(今回体験したよりも)真っ黒な煙の中で避難する方向が分からず、堂々巡りしてしまった結果、亡くなってしまうケースが非常に多い。
煙の一番怖いところは、視界を奪われて、進行方向が分からなくなること。
逃げ遅れてしまい、やけどや一酸化炭素中毒で、命を落とすことにつながってしまう。
<避難のポイント>
※低い姿勢のままハンカチなどで口をふさいだ上で
●「通路誘導灯」や「避難口誘導灯」などの「誘導灯」を見つけてから、正しい方向へ逃げる
視界が悪くてもがむしゃらに進まず、サインをしっかりと見つけてから行動する。
●手を頭より前に出しながら避難する
壁や障害物を探りながら進むと、頭をぶつける危険を回避することができる。
上のポイントを意識しながら、やっとの思いでたどり着くのが「避難階段」です。実際の火災時には、避難階段に煙を階段に煙が入ってこないよう「防火シャッター」が閉まり、通れなくなってしまうことがあります。
知らないと発災時にパニックになるおそれも。煙の中では、細かい文字で書かれた操作指示は読めない可能性がある。日頃から、身の回りを確認して、備えることが大切。
関澤さん
「煙がある中での避難ポイントは、知っておくべき大事な知識。ただ、煙がある状態の中で避難することはとても危険なこと。
一番大事なのは、こういう状況に直面しないよう、早く逃げること。火災を知らせる放送を聞いたり、異変を感じたりしたら、空振りになっても避難すること。
民家の場合でも、いち早く火災に気がつけるよう、家庭用火災報知器などを見直してほしい」
ドラマなどで「敵を撒く」と言いますが、煙を「撒く」ことが大事なのだと再認識しました。
私はいま、全国各地で公開収録をする「新・BS日本のうた」(BSプレミアム・毎週日曜午後7時30分~)の司会を担当しているため、毎週のように出張があります。見知らぬ土地へ出かけ、月の3分の1はホテルなどの宿泊施設に滞在していることを考えると…もし火事に遭遇したらどうなってしまうのだろう。「大丈夫です」と胸を張って答えられない自分を情けなく感じてしまいました。
恥ずかしながら、これまで避難路や避難口をしっかり確認した記憶はありません。この記事を書いているのは出張先のホテルです。ちょうどいま、誘導灯と避難階段の場所を確認しました。ホテルの客室と同じドアで、よく見ると部屋番号が書いていません。開けてみると、そこは部屋ではなく階段でした。事前に確認していなかったら、助かるために重要な階段を見落とし、通路を右往左往していたかもしれないのです。
少しの知識があるだけで、そして、少しの確認をするだけで、いざという時に冷静に行動できることを改めて感じました。知らないことは、恐いこと。体験すると心からそう思えます。
企画した黒田信哉アナ
「たかが煙、されど煙です。炎は人が歩く速さよりも遅く、わかりやすく怖いのでみなさんもすぐに逃げることが出来るかもしれません。しかし煙は油断しているとあっという間に充満し、視界を奪い、呼吸を苦しくします。いかに煙に巻かれないか、が生死を分けるポイントといっても過言ではありません。
出張が多い渡辺健太アナウンサーに限らず、みなさんも旅行先のホテルやデパート、仕事相手のオフィスビルなど普段なじみのない場所を訪れることがあると思います。日頃から、初めて足を踏み入れる建物の誘導灯や避難経路を確認しておくと、いざという時の行動に変化が出てくるかもしれません」