東日本大震災の発生から11年。津波による大きな被害を受けた岩手県釜石市の「釜石東中学校」では、校舎が津波の被害を受けましたが、学校にいた生徒たちは高台に避難して無事で、その行動は全国的に注目されました。
「教訓を伝え続けて学校現場での防災を改めて考えてほしい」
いまは千葉県に住むこの中学校の元教師が、みずからの経験を語り学校の防災にいかしてもらおうとする活動を始めています。
(首都圏局/記者 生田 隆之介)
2011年3月11日。釜石東中学校の理科の教師だった糸日谷美奈子さんは、放課後の職員室で、生徒たちと会話している時に強い揺れを感じました。
2011年3月11日岩手県釜石市
糸日谷さんは、逃げ遅れた生徒たちとともに、まず第1避難所に移動。しかし崖から大きな岩が転がるなど危険もあったことから、第1避難所にいた小中学生たちに声をかけながら、避難訓練で最終目的地だった第2避難所に移動しました。
時計を見ると午後3時15分。
ようやく大丈夫だとほっとしましたが、海から砂煙があがって近づいてくるのが見えたのです。
2011年3月11日 画像右側手前が糸日谷さん
「さらに山の上まで!」必死に逃げるしかなかったといいます。
糸日谷さんによると、生徒は自分たちの判断で避難を開始していたといいます。
部活動などで学校に残っていた生徒200人余りは、高台に避難し無事でした。
なぜ、釜石東中では無事に避難できたのか。糸日谷さんは、学校関係者を対象にしたオンライン講座「学校防災アップデート大作戦!」で、講師のひとりとして学校での体験を話しています。
しかし、はじめは当時のことをなかなか話すことができませんでした。
糸日谷美奈子さん
「震災の時のことはつらくて、思い出したり話したりする気持ちになかなかなれなかったんですけれど、10年たって、ちょっとずつ、地域で体験談をしてほしいと声かけてもらうなかで、私の体験談は後悔が多くて力になれなかったとかそういうことが多いんですけど、そのことを話すことで同じような思いをする人がいなくなれば。だれかが未来で救える命があるなら私の話も役に立つのかなって」
糸日谷さんはオンライン講座の「学校防災アップデート大作戦!」のなかで、防災教育のハードルを高く設定するのではなく、楽しく学びながら日常的に取り組むことで非常時に“自ら判断できる力”を育てることができると伝えました。
糸日谷美奈子さん
「津波は陸に到達したときで、時速36キロになるそうなんですね。時速36キロの車と実際に走って競争して『全力で走ってもかなわない』というのを体験していました。子どもたちがキャーキャー言いながら走って逃げたって、その記憶が残っていれば、いざという時には動けると思うんですよね」
講座ではほかの学校の教訓も語られました。
84人の児童や教職員が犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校で、娘が犠牲になった父親も講師として参加し、何が学校に足りなかったかを話しました。
大川小学校で娘を亡くした佐藤敏郎さん
「訓練してなかった、だから怖かったと。津波にのまれたとか、とにかく知らないことの恐怖はすごいです。1回でも2回でもそこに逃げる訓練をしていれば…」
被害に違いが出た2つの学校。糸日谷さんは震災を経験した教師として、日頃の防災教育で“より身近な体験”を積むことが大切だと訴えています。
「学校防災アップデート大作戦!」に参加し、さっそくふだんの授業に防災の視点を取り入れた教師もいます。
さいたま市立白幡中学校の社会科の教師、市川慶太さんは地元の地図を作る課題で、災害時に役立つ施設や危険な場所、地形についても確認するよう促しました。
また、いざというときに使えるよう携帯トイレやタオルをいれた防災バッグを備えてほしいと改めて呼びかけました。生徒たち自身が具体的に考えることで、防災への意識もより高まったと市川さんは感じています。
登下校中にここが崩れてきそうだなとか、川が氾濫したらどこまで浸水するんだろうとか。安全意識を持つようにしました。
1年に1回避難訓練をやるんですけど、形式的な行事、やらなきゃいけないことだからやるという感覚でした。避難場所とかここだよとか答えを教えていくイメージだったんですけれど、答えより問いを持たせること。このままで自分たちが助かるのだろうかとか、授業の作り方や考え方は変わったと思います。
講座を主催する団体が行った全国の学校関係者への調査では、およそ75%が「学校管理下で生徒の命を守る自信がない」と回答したということで、団体では学校の教職員の防災への取り組みの意識を高めるためにも、経験した人の情報をこれからも発信したいとしています。
糸日谷美奈子さん
「講座をしながら感じていますが、私が後悔したことだとか、うまくできなかったことに共感する先生がたくさんいるんですよね。伝えなければいけないことだと思います。学校が被災した時のこと、つらかったこと。今思うのは、防災はふだんの生活の延長線上なんですよね。ふだんうまくいっていないことは被災した時にすごく表面化するように感じました。子どもたちとの関係や職員同士の関係を考えるきっかけになっていただけたら」
学校現場での防災をあらためて考えてほしいと糸日谷さんは教訓を伝え続けていきます。