岩手県から北海道の沖合にある「日本海溝」と「千島海溝」で巨大地震が発生した場合の新たな被害想定がまとまりました。
関東地方では最悪の場合、津波の死者が茨城県と千葉県であわせて1000人にのぼり、東日本大震災を上回ると想定されますが、早期の避難などで犠牲者をゼロにすることもできるとしています。
千葉・茨城の被害想定の詳しい内容をまとめました。
東日本大震災を受けて国は「日本海溝」のうち、北海道の南から岩手県の沖合にかけての領域と千島列島から北海道の沖合にかけての「千島海溝」沿いで起きる地震の被害について専門家などによる検討を進め、その結果を公表しました。
それによりますと、いずれの巨大地震でも東北や北海道に巨大な津波が押し寄せ、死者は最悪の場合、日本海溝沿いの巨大地震であわせて19万9000人、千島海溝沿いの巨大地震であわせて10万人にのぼるとされています。
全国で最悪となった場合の茨城県と千葉県の詳しい内容は、次の通りです。
茨城県 被害想定(全国で最悪となった場合) | ||
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日本海溝 | 千島海溝 | |
全壊おそれ | 約600棟 | 約70棟 |
死者数 | 約600人 | 約80人 |
けが人 | 約200人 | 約60人 |
要救助者 | 約300人 | 約100人 |
避難者数 | 約1万人 | 約8900人 |
千葉県 被害想定(全国で最悪となった場合) | ||
---|---|---|
日本海溝 | 千島海溝 | |
全壊おそれ | 約100棟 | 約80棟 |
死者数 | 約100人 | 約70人 |
けが人 | 約100人 | 約20人 |
要救助者 | 約100人 | 約100人 |
避難者数 | 約7400人 | 約3100人 |
千葉や茨城で被害が最悪となる場合の想定は次の通りです。
日本海溝沿いの巨大地震では、関東でも茨城県と千葉県の沿岸に最大5メートルを超える津波が押し寄せ、死者は最悪の場合、茨城県で800人、千葉県で200人に達すると想定されています。
また、千島海溝沿いの巨大地震でも、死者は最悪の場合茨城県で100人、千葉県で70人とそれぞれ想定されました。
10年前の東日本大震災では茨城県と千葉県の死者・行方不明者があわせて48人にのぼりましたが、いずれの想定もこのときを上回る犠牲者が出るという結果です。
一方、関東では地震発生から津波の到達まで1時間前後あり、早期の避難や避難を受け入れる施設の整備などで犠牲者をゼロにできると推計されています。
また、日本海溝沿いの地震では全壊する建物が茨城県で600棟、千葉県で100棟で、地震後、避難が必要な人があわせて1万7400人にのぼるなど生活に影響が出ることも想定されています。国は被害の軽減や復旧・復興のための具体的な対策について、専門家などによるワーキンググループで検討を続けることにしています。
想定では巨大地震や津波などによる経済的な被害も示されました。
損害額は国の一般会計予算の2割から3割に達し、影響は被災地だけでなく広域に及んで長期化するおそれもあると指摘しています。
まず津波などで被害を受けた建物やライフライン、鉄道などの復旧にかかる金額は、「日本海溝」で25兆3000億円、「千島海溝」で12兆7000億円。
これに加えて、北海道や東北の太平洋沿岸にある自動車部品や製鉄、製薬などの生産拠点が被災し、サプライチェーンが寸断されることになどよる間接的な被害は「日本海溝」で6兆円、「千島海溝」で4兆円と推計されました。
これらをあわせた被害総額は「日本海溝」で31兆3000億円、「千島海溝」で16兆7000億円におよぶと試算されました。
さらに、復旧が遅れれば影響が長引くおそれがあります。
例えば小麦やじゃがいも、牛乳など多くの農産物の生産量が全国最多の北海道では、農産物の9割近くを船で全国各地へ運んでいますが、各地の港湾施設が使えない状態が続くとこれらの供給が止まるおそれもあります。
想定では食料品や生活必需品の供給の落ち込みが長期化すると、地震から数か月から1年ほどにわたって被災地以外でも品不足や価格の高騰が続くおそれがあるとしていて、国はBCP=事業継続計画の策定を進めるなどして供給量の低下を出来るだけ抑える必要があると指摘しています。
今回、大きな被害が想定された範囲には東日本大震災で甚大な被害を受けた地域も含まれています。
専門家は、“絶望”や避難への“諦め”が広がらないよう地域ができる対策を1つ1つ積み重ねていくことが重要だと指摘しています。
避難行動に詳しい京都大学防災研 矢守克也教授
「被害想定があまりにも大きいと住民の間に諦めの気持ちや絶望感が広まってしまい、適切な対策が引き出されない場合もある。いわば、『被害想定自身にリスクがある』ことがポイントだ」
南海トラフの巨大地震で高い想定が出された直後にも高知県などでは、高齢者が避難を放棄してしまったり町で暮らすことを諦め、被災前に過疎化が進む「震災前過疎」という現象が課題になったといいます。こうした「被害想定のリスク」にどう対処すればよいのか。矢守教授はまず、住民ひとりひとりや地域が避難の問題と向き合うことだと指摘します。
・個人や家族単位で避難場所までの時間や避難の課題などを分析する「個別避難訓練」
・行政が決めた避難場所にこだわらずひとりひとりに最適な避難方法を考える「オーダーメイド避難」
・高齢者の体力作りと訓練の組み合わせ
・ユニークな避難訓練などを「防災ツーリズム」として観光資源に盛り込む
矢守克也教授
「災いのことなのでうつむきがちになるが、街づくりや人づくりと結びつけ、前向きに捉えることで、被害想定を“うそ”に塗り替えていくことができる。できる対策を小さなことから積み重ねていってほしい」