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東日本大震災10年 “未来を笑顔にできる歌を” 南壽あさ子さん

  • 2021年3月11日

東日本大震災発生から10年を前に、ひとつの歌が生まれました。
タイトルは『あなたがいる』。透明感のある歌声がファンを魅了するシンガーソングライター・南壽あさ子さんの書き下ろしです。

南壽さんは、大学生のとき、東日本大震災を経験。大学の講堂で一夜を過ごしました。
震災10年に自分が書ける歌とは?―――問い続けた先にみつけたことばが紡がれています。
(千葉局/チーフ・アナウンサー 小川浩司 ・ ディレクター 吉見匡雄)

震災10年で生まれた「あなたがいる」

この歌は、NHK千葉放送局と県内のFM局あわせて8局による共同キャンペーン「NEXT RADIO」のために作られました。

「あなたがいる」
作詞・作曲:南壽あさ子

ありがとうといつも
いえなくなるほど近く
そばにいてくれたあのひと

光があって空は
繰り返して咲く花を
まっすぐにつよく照らしてる

あなたがいる この胸のなか
進むことを 忘れないように

時の風が吹いて
変わってゆくこの世界を
あなたはなんていうかな

あたりまえの日々が
愛おしいと思えたら
そこからつよくなれるから

明日はくる 響く世界に
くちずさんで 歩いてゆけばいいね
太陽が照らす道を

あなたがいる どんな時でも
光はもうこの街にある

I can hear the sound
I can hear the sound of the world
We can hear the sound
We can hear the sound of people

みんながいる この胸のなか
手を繋いで 歩いてゆけばいいね

南壽あさ子さんは、千葉県佐倉市出身。2013年に「わたしのノスタルジア」でメジャーデビュー。
数々のCMソングを手がけるほか、NHKみんなのうた「鉄塔」で人気を呼びました。昨夏公開の映画「おかあさんの被爆ピアノ」では、主題歌「時の環」を歌っています。

歌の原点 大学の講堂で過ごした一夜

10年前の3月11日。大学生だった南壽さんは、都内のスタジオで卒業ライブに向けた練習中でした。ピアノが大きく揺れ、あわててスタジオの外に飛び出したところ、通りには慌てふためき戸惑う人たちがあふれていたといいます。南壽さんは、後輩たちを連れて、当時通っていた大学へ避難。幸い、大学が講堂を一般に開放し、毛布や乾パンを用意してくれていました。

あの日 南壽さんが避難した大学 現地へ案内してくれた

南壽さんは、この日、大学の講堂で一夜を過ごすことになります。講堂のスクリーンに映し出されたテレビのニュースをみて、南壽さんは、初めて被害の大きさを知りました。

南壽あさ子さん
「スクリーンで流されるニュースを見て、初めて事態が把握できたんですけど、それが実際に起こっていることが理解できなくて…。頭の整理に時間がかかりました」

混乱の中 書きつけたことば

講堂で一夜を過ごす中で、南壽さんは曲を書き始めます。混乱した心を落ち着かせるためだったといいます。タイトルは『オン・ザ・スクリーン』。

震災の夜 南壽さんが書いた歌詞

「ことばを何か書かないと整理がつかない状況だったと思います。『オン・ザ・スクリーン』ということばを書いたのは、まさに目の前にある、スクリーンの中で映し出されている光景なんですけど、それは単なるスクリーンではない。その先には、東北で苦しみが実際に起こっているんだという衝撃でした。その衝撃をことばにしようと混乱の中書いていたんですね。大切な人を亡くし、苦しみを味わせる自然に対する怒りのようなもの、おそれのようなものがありました。混乱が歌詞に表れていたと思います」

そのとき書いた歌詞には、溢れる戸惑う人は ただ燃え上がり やがて助け合うというフレーズがあります。この中の「助け合う」ということばは、その夜、南壽さん自身が実際に体験したことから書かれたものだそうです。

「知り合いでもない人たちが、“こうらしいですよ”と情報を伝えあったり、助け合ったりするシーンをみました。大学の関係者も『寒くないですか?』と声をかけてくれたりして、とても身にしみました。見ていて温かくなり、もし、今まさに地震が起きても、助け合っていくんだろうなと見えた部分があったので、そのまま描写したということばになります」

心の風景をことばに 広がる反響

震災の夜に、「ことば」を紡ぎ出した南壽さん。今も、ことばを探し続ける中から歌を生み出しています。
南壽さんは、いつも「歌詞ノート」を持ち歩いているといいます。そして、思いつくことばを書き記していきます。

南壽さんの「歌詞ノート」

「自分の考えているフレーズを書いているんですけど、これを組み合わせるというよりは、そこから、今回の曲に向けてどんなことばを紡ぎたいか、そこから一番何が言いたいかというのを自分で見つけていく作業ですね。普段過ごしている中では、当たり前のことが気づけないので、日常の中に落ちている事とかを描写していく、思いついたことばを、特に歩いているときとか、眠る前とか、眠っている時に思いつくこともあるのでそれをメモしていますね。寝ていても起き出して、もう一回起きて書き足します」

東日本大震災から2年後、南壽さんはメジャーデビュー。透明感のある歌声とともに、やわらかな歌詞とメロディが支持を集めてきました。2019年には、NHK「みんなのうた」で『鉄塔』という曲を発表しました。
「鉄塔、君はそこでいつも どんな気持ちで立っているの」で始まるこの曲は、南壽さんが生まれ育った千葉県佐倉市で、自宅近くに立っていた鉄塔が、ふるさとの思い出として心に残っていたことから生まれました。鉄塔たちが物憂げに何かを考えているうに見えてきたり、どんな時でも変わらずにいる強さを感じるようになったりしたといいます。その風景と自身の気持ちを歌い、「鉄塔、ぼくも君のように変わらない姿でいたいよ」と語りかける歌は、大きな反響を呼びました。

10年後の自分が紡げることばとは  コロナ禍でみつけたもの

自分自身で探し出したことばを紡ぎ、ファンを増やし続けている南壽さん。
そんな南壽さんに、私たちは、東日本大震災から10年の節目に千葉県内のFM8局で行う共同キャンペーン「NEXT RADIO」のキャンペーンソングの制作をお願いしました。その申し出を受けてくれた南壽さん。しかし、書き上げるまでには、葛藤が大きかったといいます。

「あの日に物理的に距離がある場所・東京で地震は経験していますけど、実際に被災した方の代弁をするのは違うなとずっと考えていて…。悟ったようなことも歌の中に入れられないと思ったんです。本当に私が被災したというところではないところで、簡単にはことばにできないと、すごくもがきました」

自分自身が被災していない中で、どんな歌が書けるのか。長く悩む中で、南壽さんが、みつけたことがありました。

「自分が経験したり、人から聞いたり、見たりの中でしか、歌は作れない。
(震災という)簡単には書けないテーマを、それを自分が、時をこえて、10年を経て書く意味を考えました。自分が経験した中から書けることは、“今みんなが体験しているあたりまえの生活が、ままならなくなること”。
それなら、多くの人が共通してわかることかもしれない。“自分ごと”になることで、それなら私も書くことができるという発見でした。そこからこの歌も前に進みだしたかなと思います」

「あたりまえの生活がままならなくなる」
震災の日に感じたことを、コロナ禍の中で、もう一度考え直すことになったことが、曲作りに大きく影響したといいます。「10年前のことを書く」ことの前で立ちすくんでしまった南壽さんの曲づくりは、「いまと10年前を重ねる」ことで前に進み始めたといいます。

曲には『あなたがいる』というタイトルをつけました。震災の被災地に寄せる思いとともに、コロナ禍の日々の中で感じた「あなた」を思う気持ちをこめています。

南壽あさ子さん
「“隣の人”に目をむけること。知らない人にも優しさを持つこと。それは、震災があってからこの10年思ってきたことでもありますが、今、コロナ禍でより思いが強まっていると思います。
“あなた”は、聴く人によって思い浮かべるものが違うと思いますし、聴くたびにその対象が変わっていくこともあると思います。幼なじみでしばらくあっていない人にも当てはまりますし、離れて暮らす家族にも当てはまりますし、いま、(コロナ禍で)なかなか話せない状況の中で、今の世の中をあの人はどう思っているかなと思いをはせるということかもしれません。
花が繰り返して咲くように、かつてあなたがいたという存在を胸において、未来にまた自分が笑顔になることを想像しながら、一緒に進んでいけばいいねって。さびしさを希望に変える歌になったらいいなと思っています」

『あなたがいる』を歌う南壽さん

南壽さんの「自分のことばで紡ぐ」という歌作りは、震災10年のことし、一つの作品として結実しました。

あたりまえの日々が 愛おしいと思えたら そこからつよくなれるから

歌詞の一節は、私たちが震災を自分ごととしてとらえること、そしてこれから起きるかもしれない災害への向き合い方を教えてくれます。未来を笑顔に変える歌が生まれたと感じています。

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