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津波から命を守る「逃げ地図」 “あきらめ” を “生きる希望” に変える

  • 2020年12月23日

わずか6分で津波が到達する…。その現実に、住民たちは、避難を諦めていました。
その「諦め」を「生きる希望」に変えたのが、「逃げ地図」と呼ばれる避難を支援するためのツールです。多くの人が津波から逃げ遅れた東日本大震災を教訓に作られ、安全な場所に避難するまでのルートや時間が、地図上に色を塗ることによって一目でわかるものです。この「命を守る地図」は、住民自ら防災を考える取り組みとして、いま全国に広がっています。

(首都圏局記者 直井良介)

「逃げ地図」とは?色を塗って避難を可視化

「逃げ地図」とは、一体どんなものなのでしょうか? 11月、神奈川県内で開かれた逃げ地図の講習会を取材しました。
この日、参加者たちが取り組んだのは、神奈川県鎌倉市の逃げ地図をつくることです。鎌倉には、相模湾などの海底を震源とする地震の津波が想定されていて、最も早く津波が到達する想定では、その時間はわずか8分です。

「逃げ地図」作りに準備するのは、白地図と色鉛筆、それに革ひもだけです。

必要なのは地図、8色の色鉛筆、皮ひもだけ

まず、白地図上の安全な高台に、赤の色鉛筆で丸をつけます。そして、そこからさかのぼって、色を塗っていきます。お年寄りが3分間に坂道を歩くことができるとされる距離は129メートル。
作業は、129メートルにあたる長さに切った皮ひもを道路にあてながら、3分ごとに色を変えて、緑→黄緑→黄→橙→赤→紫→茶→黒と塗っていきます。

高台に赤丸で印。そこからさかのぼって、高齢者が3分で歩く距離ごとに色を塗っていく

逃げ地図作りが参加者の “気づき” に

一見、色を塗るだけの単純な作業ですが、参加者はその中で、様々な危険や課題に気づいていきます。どうすればより安全に避難できるのか。どんどん議論が盛り上がっていきました。

塗りながら自然に話し合いが始まる かながわ311ネットワークが開催した講習会

参加者
「8分はあわてているうちにあっという間にすぎる。迷わず行動できるように高台までの道を憶えておかないと」

「住宅街は行き止まりが多い。道がわからない観光客はパニックになってしまう」

「どこに逃げればいいかわかる避難の案内プレートがあった方がいいよね」

「ここに避難タワーがあれば、もっと多くの人が助けられる」

気づいたことはふせんに書いて貼っていきます。地図はふせんでいっぱいになりました。

参加者
「実際に手を動かさないと気付かないことがたくさんあったと思います。細かいところに目を凝らしながら塗ったので、“こんな道があるんだ” “こんなに袋小路があるんだ” など気づき、危機意識を持つことができました」

参加者
「自分が最短だと信じていたルートが実は違った、などの気づきもありました。非常に発見が多かったです」

開発したのは東京の会社員たち 被災者のといかけ「命を守る支援を」

日建設計ボランティア部のメンバーたち

逃げ地図は、実は、東京の大手企業の社員たちのアイデアから生まれました。中心となった羽鳥達也さん。羽鳥さんが働くのは、東京スカイツリーやさいたまスーパーアリーナなどの設計を手掛けてきた大手設計会社です。

東日本大震災後、羽鳥さんは社内の有志と東北に向かいました。仕事でお世話になった人たちが被災したことを知ったからです。訪れた被災地では余震が続く中で行方不明者の捜索やがれきの撤去が続いていました。ボランティア活動をする中で、地元の人たちから言われた言葉にはっとしたといいます。

「次の津波が来て家族が死んだら、死んでも死にきれない。がれきの片づけはいいから、専門家にしかできないことを考えてほしい」

自分たちに何ができるのだろう…。東京に戻り長い議論が始まりました

日建設計 羽鳥達也さん
「 “専門性を生かして被災地のために考えてくれ” と何人もの人に言われました。でも、難しかったですね。数か月考えて、まずは地域の模型を作ってみて、津波が来た場所に色を塗って、眺めてみたり…何も浮かばない状況が続きました」

  “ビルの避難” を “津波からの避難” に応用できる!

仲間と議論を繰り返す中で、ようやく思い浮かんだのが、ビルなどの設計のために作る避難計画でした。羽鳥さんたちが手掛けるビルは数万人が働くこともあります。地震や火災があった際に全員が安全に逃げることができるよう、非常階段や出口の数、避難ルートを考え、何分で避難ができるのかシミュレーションを行います。その方法を、被災地に応用してみてはどうかと考えたのです。

数万人が働くビルを設計する際、非常階段や出口、避難ルートを考える

こうして、どこでも誰にでもできるよう、色鉛筆と皮ひもだけで、シミュレーションが行える逃げ地図が誕生したのです。初めて逃げ地図を持ち込んだ被災地は、岩手県 陸前高田市。最初は「なぜ大人が塗り絵をするのか」と困惑しながら参加していた人たちが、いつの間にか、地域をより安全にしたいと大激論を交わしていました。
口コミで反響は広がり、被災地の自治会や小中学校で取り組みが始まります。その後、首都圏の防災の専門家たちも加わり、さらに全国に広がっていくことになりました。

羽鳥さんたちは、逃げ地図を作ることで、被災者から言われた「専門家しかできないこと」を実現したのです。

地震から6分で津波 当初は「諦め」も

いま、逃げ地図は、南海トラフ地震が想定されている四国・関西・東海のほか、首都直下地震に備える首都圏など、全国18都道府県にまで広がっています。

逃げ地図をきっかけに、避難に対する意識が大きく変わった地区が首都圏にあります。
神奈川県平塚市の撫子原自治会です。平成27年、平塚市の海岸部には地震からわずか6分で津波が到達するという新たな想定が神奈川県から出されました。海のすぐそばに位置する撫子原地区。厳しい現実をつきつけられ、住民たちの間には、あきらめの声が広がったといいます。

住民
「6分で9メートルの津波が来ては逃げきれない。“死ね”って言われている感じがしました」

逃げ地図が作った目標「全員生き延びる」

そんな中、平塚市からすすめられ取り組んだ逃げ地図。作ってみると、思いもかけない結果がみえてきました。最短ルートを知っていれば、地区のほとんどの住民が6分以内に逃げられる、つまり生き延びることができる可能性があることがわかったのです。

出来上がった逃げ地図。平塚市のホームページに公開されている

住民
「6分でもかなりの人たちが逃げられるとわかった。なんとか逃げたら、助かるなっていう気持ちになりました」

住民
「この道を通れば大丈夫なんだと知り、前進というか、生きる望みというか、そう思いました」

住民たちはさっそく避難訓練を開始。実際に歩いて時間をはかり、地図には載っていない避難路がないか、細い道まで探す作業を始めています。

子どもたちだけでも避難できるよう、訓練も始めました。

 写真提供:撫子原自治会

「あきらめ」しかなかった地区に、逃げ地図は、「全員で逃げて生き延びる」という新たな目標をつくりました。

撫子原自治会会長 臼井照司さん
「逃げ地図にとりくむ前は、やみくもに逃げるしかなかった。逃げ地図なら、どういうルートで、そこまで逃げればいいのか書かれているので、子どもたちにもわかる。子どもだけで遊んでいるときに地震が来たとしても、どう逃げればいいか、判断しやすい。
今後はさらに一歩進めて、避難ルートにブロック塀など危険がないのか、調べていきたい。“命を守る地図”だと思うので、みんなに伝えていければと思います」

大切なのは気づいたことを話し合うこと

専門家として、「逃げ地図」の普及に取り組んできた明治大学の山本俊哉さんに、「逃げ地図」の持つ力について聞きました。山本さんは、「逃げ地図」を通して防災まちづくりに取り組む地域や学校にアドバイスを行っています。

明治大学理工学部 山本俊哉専任教授
「逃げ地図」は手段です。大事なのは、地図づくりを通して、住民が自分たちの地域のリスクを知り、いざというときに「逃げる(避難する)」ためにはどうすればいいか、話し合うことです。
課題を可視化したことで、住民が動き出した地域も多くあります。神奈川県鎌倉市の材木座地区では自治会が地主の協力を得て避難路を整備。隣の家の敷地を通ると数分早く逃げられると気づいた住民が「津波の際には敷地を通らせてほしい」とお願いし協力しあう例もあります。

「逃げ地図」の魅力は、小さな子どもからお年寄りまで幅広い世代が取り組めること。特に、子どもたちが参加することで、多くの気づきが得られます。私たち専門家が「リスク・コミュニケーション」と呼ぶ話し合いが自然に起こっているのです。静岡県下田市では、「逃げ地図」を元に子どもたちが遊びながらゲーム感覚で避難訓練を行うことで、相互扶助の防災意識が高まっています。

「逃げ地図」は津波だけでなく、火災や土砂災害からの避難にいかすこともできます。埼玉県秩父市の久那地区では、土砂災害からの避難を検討し、避難場所の見直しにまでつながりました。
「逃げ地図」のマニュアルは広く公開しています。ぜひご家族で、学校で、地域で始めてみてください。

 

「逃げ地図」についての書籍

「災害から命を守る『逃げ地図』づくり」
編著:逃げ地図づくりプロジェクトチーム
出版:ぎょうせい

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