青天を歩け!青天を歩け!

養育院安房分院と磨崖碑よういくいんあわぶんいんとまがいひ

養育院安房分院と磨崖碑
現在の様子

東京養育院は明治5(1872)年、東京の生活困窮者などを保護するために設立されました。栄一は同12年に院長となり、亡くなるまで続けています。養育院は拡充し、同42年には病気の子どもの転地療養のために船形町(現・千葉県館山市)に安房分院(現・東京都船形学園)が開設されました。温暖で療養地として優れていたことから、この地が選ばれました。学園の裏手には、高さ約10メートル・幅6メートルの巨大な磨崖碑が残され、「子どもたちの多くは死を免れることができた」と栄一の功績をたたえています。なお、館山は栄一の次男・武之助の義父で、資生堂創業者の福原有信(ふくはらありのぶ)の出身地でもありました。

DATA
【住所】館山市船形1377(東京都船形学園)
【アクセス】JR「館山」駅からタクシーで約15分
(※現在、一般公開はしておりません)
磨崖碑竣工式(大正6年)

磨崖碑竣工式(大正6年

動画

磨崖碑

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青天を歩いてみた!

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歩いてみたい ゆかりの地

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