青天を歩け!青天を歩け!

時の鐘(川越市)

時の鐘(川越市)
写真提供:川越市教育委員会

明治21(1888)年と明治26(1893)年、川越は大火に見舞われます。特に26年の火災は町の4割を焼き尽くすものでした。川越は商業が盛んな町でしたが、当時はまだ皮ぶきの板屋根も多く、火の回りが早かったといわれています。しかし、この大火事でも被災を最小限にとどめることができたのは、厚い壁、重いむね瓦のある、いわゆる「蔵造り」といわれる店でした。これを機に、川越の目抜き通りに位置する店は蔵造りに変わっていきます。大火の後、渋沢栄一は義援金を募ります。そして自身も火災予防と警備費として300円を寄付しました。川越のシンボル「時の鐘」。現在の鐘楼は、明治26(1893)年に起きた川越大火の翌年再建されたもので、鐘の銘文には栄一を含む74人の寄付者の名前が刻まれています。
栄一は、妻・千代が亡くなった後の明治16(1883)年、川越出身で江戸の豪商だった伊藤八兵衛の娘・兼子を後添えとしました。

DATA
【住所】川越市幸町15-7
【アクセス】西武新宿線「本川越」駅から徒歩約15分
JR川越線・東武東上線「川越」駅から「蔵の街経由バス」乗車
「一番街」バス停で下車、徒歩約2分

動画

大火からの復興 栄一が再建した川越のシンボル

9月29日

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9月29日埼玉県川越市

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青天を歩いてみた!

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