青天を歩け!青天を歩け!

中央慈善協会 ちゅうおうじぜんきょうかい

(現・全国社会福祉協議会)

中央慈善協会(現・全国社会福祉協議会)
全国社会福祉協議会にある渋沢栄一胸像
写真提供:全国社会福祉協議会

明治になり、農村人口の流出や工場労働者が増えたことにより、貧困層が生まれ、こうした人々への公的救済制度が必要になりました。しかしその対象は限定的で、当時の慈善事業の多くは民間の宗教家や篤志家が中心となって行っていました。しかし、その活動が多岐にわたることから、全国的な連絡組織を設立する必要があり、明治41(1908)年、慈善事業と深い関係があった栄一を初代会長として、中央慈善協会(現・全国社会福祉協議会)が発会しました。 その後、第1次世界大戦後の不況、関東大震災、それに続く昭和2年の金融恐慌等が相次ぎ、多くの生活困窮者が発生し、民間事業では人々の支援が困難となります。昭和4(1929)年、政府は対象を広げた救護法を成立させますが、不況により予算確保ができず施行されない事態となりました。栄一らは、全国の社会事業関係者と力を合わせ救護法が実施されるよう強力な運動を展開、「救護法実施請願ノ表」を上奏(じょうそう)します。こうした運動の結果、救護法が昭和7(1932)年1月1日から実施されます。病を押して法の実施を訴えた栄一が永眠したのは、法の実施に先立つ2か月前のことでした。

※上奏・・意見や事情などを天皇に申し上げること(広辞苑)

DATA
【住所】千代⽥区霞が関3丁⽬3番地2号 新霞が関ビル
【アクセス】地下鉄「⻁ノ⾨」/「国会議事堂前」駅から徒歩約5分
地下鉄「霞ヶ関」駅から徒歩約8分
1931年「救護法実施請願ノ表」の上奏を決意し、皇居前に整列した方面委員たち
写真提供:全国社会福祉協議会

1931年「救護法実施請願ノ表」の上奏を決意し、皇居前に整列した方面委員たち
写真提供:全国社会福祉協議会

青天を歩いてみた!

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歩いてみたい ゆかりの地

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