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ALS患者の意思伝えたい さいたま市の工業高校生が助っ人に

  • 2023年12月15日

ALSをご存じですか? 全身の筋肉が徐々に動かせなくなる難病で、声を出すことも難しくなります。さいたま市の県立大宮工業高校の生徒が、患者が意思を伝えるために使う装置の製作に協力しました。

さいたま局記者/藤井美沙紀

難病“ALS” 意識はっきりしたまま体動かず

埼玉県寄居町の染次恵美子さん(56)は、おととしの春にALSを発症しました。

はじめは「両腕が重い」という症状だったといいます。
しばらくは原因が分かりませんでしたが、大学病院での検査入院を経て、去年1月、ALSの診断がおりました。

ALSは、正式には「筋萎縮性側索硬化症」といいます。
神経に問題が起きて脳からの命令が伝わらなくなり、手足やのど、舌など全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病です。
患者はだんだん体が動かせなくなり、しゃべることも難しくなる一方で、体の感覚や視力、聴力などは、そのままの状態ということが多いのが特徴です。

発症前の染次恵美子さん(右)〈2017年撮影〉
長男と長瀞で紅葉狩りを楽しんだ

染次さんは、3人の子どもがそれぞれ就職して家を出たあと、3年前から介護職員として福祉施設で働いていました。
しかし、ALSを発症したことで仕事に支障が出るようになり、まもなく退職。次第に歩くことも難しくなり、一緒に暮らす夫やヘルパーの介助を得ながら生活するようになりました。

さまざまなスイッチを試したけれど

染次さんは、去年の秋から、意思伝達装置を使っています。
意思伝達装置は、手足や顔の一部などのわずかな動きでスイッチなどを操作して自分の意思を伝えるものです。

(画像提供 熊谷保健所)

染次さんは、タブレット端末の画面に表示されたひらがなの五十音の表を見ながら、移動するカーソルが文字の上に来たタイミングでスイッチを押して文字を選ぶ装置を使っています。

カーソルは帯状で、ひらがなの段と行の上を、それぞれ上下左右に移動します。スイッチを押してカーソルを止めて文字を選ぶのですが、1文字入力するためには5回スイッチを押す必要があります。

また、症状が進行していくので、その時その時に自分に合ったスイッチを探す必要があります。染次さんは、およそ1年の間に5種類のスイッチを使ってきました。

染次さんが使ってきたスイッチ

最初に使ったのは、手でボタンを押すタイプのもの(①)です。

しかし、だんだんと押すことが難しくなり、次に手で握ったまま指で押せるもの(②)にしました。

その後、押す力が弱まってきたことから軽くタッチすることで反応するセンサー式のもの(③)に切り替えましたが、手を動かすことが難しく、あまり使えませんでした。

そこで、チューブを握って空気圧で反応するもの(④)に変更しました。

現在使っているスイッチ

現在はクッション型のスイッチを使っています。クッションを押す圧力で作動します。

こうしたスイッチですが、一度使い始めたものでも、ちょっとした位置のズレで押せなくなることがあります。
染次さんは以前、スイッチがうまく押せず体調の悪化を知らせることができなかったことがあったそうです。このため、ふだんから家族などが協力してスイッチの固定場所や押す角度などを調整して、操作しやすいかどうか繰り返し確認しているということです。

“使いやすいスイッチを” 工業高校生徒が製作

こうしたALS患者のために、より使いやすいスイッチを工業高校の生徒に作ってもらおうという取り組みを、埼玉県の熊谷保健所が始めました。

工業高校の技術と生徒たちの柔軟な発想力に期待するとともに、若い世代にALS患者の実態を知って関心を高めてほしいという狙いも込められています。
今年度は、埼玉県立大宮工業高校電子機械科の生徒8人が参加しました。この高校は、福祉分野の課題を解決するものづくりに力を入れていて参加を決めたといいます。

生徒たちはことし6月、ALSの症状やスイッチの重要性のほか、障害のある人にも使いやすい「ものづくり」を目指す、ユニバーサルデザインについて学びました。その上で、手で押すタイプと足で押すタイプ、2種類のスイッチを作りました。
8月には実際にALS患者に試作品を使ってもらい、染次さんには手で押すスイッチを試してもらいました。

黄色いクッション材に覆われたスイッチをバンドで手の平に留めて、ボタンを押すと作動する仕組みです。生徒たちは、たまごの握りずしに似た見た目だとして、「たまごスイッチ」と名付けました。

「たまごスイッチ」

生徒たちは、染次さんの反応を確かめたり感想を聞いたりしながら、ボタンの部分を黄色から青色に変えました。どこにボタンがあるのか分かりやすくするためです。
ボタンを押した感覚が伝わりやすいよう、材質も一部変えてみました。
1人1人に合わせたオーダーメードのスイッチを作るのが狙いで、生徒の1人は「患者さんが実際に使っている様子やその感想を聞くことができて、とても勉強になった」と話していました。

完成したスイッチ 試した染次さんは

12月1日、半年がかりで改良してきたスイッチを染次さんに使ってもらいました。
スイッチを試す染次さんの様子を、生徒たちは学校でオンラインのパソコン画面を通じて確認しました。

生徒とオンラインでやりとりする染次さん(画像提供 熊谷保健所)

しかし染次さんは、スイッチを手で押すことができませんでした。
症状が進行していたこともあり、ボタン周辺の材質を変えたものの、現在の手の力では押すことができなかったのです。
ただ、スイッチを固定した状態で介助する人が支えて足のかかとで押してみたところ、押すことができました。

かかとでスイッチを押してみた染次さん(画像提供 熊谷保健所)

生徒が染次さんにスイッチの押し心地について尋ねると、染次さんは「病気が進行すると、もっと少ない力で反応するようになると安心です」などと文字盤を使って答えていました。
生徒の1人は「ボタン部分の素材のことも、もう少し考えればよかった。使う人の思いを大切に、もっといいものができれば」と話していました。

生徒たちはこれまでの製作を振り返り、反省点や改善すべき点を話し合いました。

症状の進行する度合いを考慮すべきだった

ユニバーサルデザインをあまり組み込めなかった

末期の状態でも押せるくらい軽くしたい

手と足、どちらでも使えるものにしたい

いろいろな人に意見を聞きたい

症状が進んだ染次さんは、現在はクッション型のスイッチを膝の裏で押すことで、自分の意思を伝えています。

今回の高校生の取り組みについては、若い世代がALSについて考えてくれること、そこに自分自身が関われることをうれしく思っているということでした。
高校生の取り組みについては「聞くだけで感動する」と話していました。

(画像提供 熊谷保健所)

取材後記

熊谷保健所では、今後も県内の工業高校の生徒に協力してもらって、ALS患者1人1人にあったスイッチを作る取り組みを進めたいということです。
また、こうした取り組みをきっかけに、ALSの実情などが社会に広く認識されるようになってほしいとしています。

染次さんが、端末上の文字盤とスイッチを使いながら自身の思いを積極的に発信し、家族や高校生たちと一緒に笑い合う様子が印象的でした。
この温かなやりとりを少しでも長く未来へつないでいけるように、意思伝達のスイッチがより使いやすいものになっていくことに期待したいと思います。

  • 藤井美沙紀

    NHKさいたま局記者

    藤井美沙紀

    2009年入局。さいたま市出身で、秋田局、国際部などを経て現職。 

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