訪問介護や訪問診療でのハラスメントと聞いて、被害者をどう思い浮かべるでしょうか。利用者が被害にあうケースもある一方で、医師や看護師、ホームヘルパーが、利用者やその家族から受ける被害が後を絶ちません。過酷なあまり心身の不調を訴えたり退職を余儀なくされたりする人も相次いでいます。在宅の現場で何が起きているのか。実態に迫りました。
(さいたま局記者/永野麻衣)
埼玉県内で働くホームヘルパーの男性です。利用者から壮絶なハラスメントを受け続ける経験をしました。その利用者を受け持つようになったのは、4年前でした。
「こだわりの強い利用者さんだということは聞いていました。車いすで生活していて、手も少し不自由なところがあったので、買い物や簡単な料理、掃除、あとは身体的な入浴介助が必要でした」
男性は、利用者の自宅に1人で訪問していました。相手の態度が変わったのは、2回目の時だったと言います。それ以来、男性への暴言はエスカレートしていきました。月日が流れても状況は変わらず、男性は身を守るため、やむをえず利用者とのやりとりを録音することにしました。
そんなもんも覚えてねぇのか!
すみません
すみませんじゃないだろう。それ、介護の仕事だろ!覚えているのが
僕もさっき思っていて、さっき違うとおっしゃっていたので
だから覚えてねぇということだろ
僕の見解が間違えていたのかなと
見解じゃないよ。覚えてないってことだろ!
すみません
何が見解だとか言ってんだよ、ばーか
男性は、ハラスメントの背景に、体が思うように動かないことへのストレスや家族と離れて暮らす孤独感などが複雑に絡み合っているではないかと受けとめていました。
こちらは、手順書です。
入浴の際に洗い流す順番や入浴後の薬の塗り方など6ページにわたって細かく記載されています。
男性は、この手順書を読み込み、事業所の職員を相手に練習を重ねていました。しかし、手順書のとおりやってもどなられ、犯罪呼ばわりされることもありました。ハラスメントだと訴えても聞き入れてもらえませんでした。
何で塗ってんだよ
こちらじゃないんですか
塗ったじゃないか今、塗ってんだろうが!
すみません
このやろう、犯罪だよ。おめぇのやっていることは犯罪
もうできないですよ。ハラスメントですよ、これは
全然ハラスメントじゃねぇよ
人格を否定されたこともありました。
ふざけんなよ、介護ができねぇ人間にいっくら教えようと何も覚えねぇからこうなってんじゃねぇか
暴言は、男性だけでなく、男性の家族や会社、会社の仲間のことにも及びました。
ヘルパーの男性
「特に機嫌が悪い時は、ひぼう中傷が強まることが多かったですね。ストレスのはけ口のような状態になっていましたね」
この利用者には、複数の事業所も関わっていましたが次々と撤退。その結果、男性がサービスに入る日数は、週5日に増えました。時間通りにサービスを終わらせてもらえず、他の利用者の訪問が遅れることもありました。新規の契約を受ける体力も失っていき、業務への支障が大きくなっていきました。行政に相談したり、この利用者を担当する他の事業者と会議を開いたりしましたが、現状は変わりませんでした。
ヘルパーの男性
「一番つらかったのは解決策がないことでした。前が見えなくなりましたね。真っ暗になって。とんでもない仕事をはじめてしまったなと。会議では、それぞれの事業所が現状を話す時間が半分くらいを占め、解決策をどうするかという話になると、みんな下を向いてしまうことがほとんどでした」
利用者の暴言にひたすら耐える日々。やがて、男性は、心身に不調をきたしてしまいます。病院を受診すると、適応障害と診断されました。弁護士にも相談し、男性はついに契約の解除に踏み切りました。サービスを開始してから2年、悩み抜いた末の決断でした。
ヘルパーの男性
「困っている人がいるからこの仕事を始めたのに、辞めてしまっていいのかと考えました。何より、自分が辞めることで同じ思いをする人が出てしまうことへの後ろめたさが一番強くありました。暴言を浴びせる利用者さんはごく一部なんですけど、こういう方が多くなってしまうとヘルパーがどんどん減ってきてしまうという現状も知っていただきたい」
利用者は、別の事業所のサービスを受けることになったといいます。
埼玉県ふじみ野市で、訪問診療先の住宅で、医師が散弾銃で殺害され2人がけがをした事件から1年。
事件をきっかけに県が行ったアンケートで、回答した訪問診療や訪問介護の従事者の半数が、利用者や家族から暴力やハラスメントを受けていた実態が浮き彫りになりました。
これを受けて、県内では、医療や介護の従事者を守るための取り組みも始まっています。
こちらは、埼玉県が作成したチラシです。どのような行為がハラスメントにあたるかが書かれています。
さいたま市内の介護事業所では、ハラスメントなどを未然に防ぐため、訪問の際にこのチラシを利用者や家族に渡し、理解を求めています。
ケアマネージャー 高山亮平さん
「今までハラスメントがあっても、ただ現場努力という形でなんとか頑張ってきましたが、どうしてもうまくいかない場面が多々ありました。ちょっとした食い違いとか勘違いから関係性が崩れるというのは、いつ、どう出てくるかはわかりません。そういったことが発展してハラスメントという形になってしまうことはお互いにとって良くないと思っていますのでチラシを使って未然に防いでいけたらと思います」
さらに県は、訪問介護や訪問診療などに従事する人や事業所専用の、暴力やハラスメントに特化した相談窓口を、去年12月に設置しました。
運営は、県の委託を受けた民間の企業が行い、医療機関で患者応対を担った経験のある人や警察のOBなどが相談に応じています。これまでに、「利用者や家族からの強い要求にどう対応したらいいか」などの相談が寄せられているということです。相談は、定期的に県に報告され、必要に応じて解決に向けて行政が関わることで解決にあたります。
埼玉県医療整備課 吉川和義主幹
「今後、2025年に向けて在宅医療や介護のニーズが高まってくると考えられ、人材が不足してしまうと、最期に自宅でみとられたいというニーズにも対応できなくなっていきます。在宅医療や介護従事者が安心・安全に働き続けられるような体制をとっていくことが急務だと考えています」
介護事業所は、省令で「正当な理由なくサービスの提供を拒んではならない」とされています。厚生労働省によりますと、ハラスメントを受けて契約解除をする際も「正当な理由」が必要で、その前に事業所として努力することが求められています。ただ、ヘルパーがハラスメントに耐えられず辞めてしまえば、地域の介護が成り立たなくなる懸念もあります。取材を通して、現場からは訪問介護や訪問診療などに従事する人たちも守られるような仕組みを作ってほしいという声が多く聞かれました。在宅現場で起きる暴力やハラスメントを業界の問題としてとらえるのではなく、私たちひとりひとりに関わることとして考えていく必要があると思いました。