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“AEDは飾るものではなく使うもの” 訴え続けた母の10年

  • 2023年01月30日

“遺族の立場に誰一人来てほしくない” 
その思いで娘を亡くした自身の経験を語ってきた母親がいます。
10年間続けてきたAED普及の活動に、頼もしい新たな仲間が加わりました。

さいたま局記者/粕尾祐介

使われなかったAED

桐田寿子さん

「AEDは飾るものではなく使うものだということを、この10年ずっと発信し続けてきました」

講演でそう語るのは、さいたま市の桐田寿子さんです。長女の明日香さんを心臓発作で亡くしたあと、AEDを普及させる活動に10年間、取り組んできました。

桐田明日香さん

桐田明日香さんが亡くなったのは2011年9月。
当時、小学6年生だった明日香さんは学校で駅伝の練習中に心臓発作で倒れ、翌日、亡くなりました。

学校の保健室にはAEDが備えられていました。
しかし、教師たちは当時、明日香さんに呼吸と脈があると思い、AEDが必要だと判断できなかったということです。

AEDには心臓の動きを解析し、電気ショックが必要かどうか判定する機能があります。
電気ショックが必要だと判断されれば、「電気ショックが必要です。離れてください」と音声などで案内してくれます。
心停止の状態になってからAEDの使用が1分遅くなるごとに救命率は10%ずつ低下するとされています。倒れた人がいた場合、意識や呼吸の有無に関係なく、ためらわずにAEDを使うことが、生存率を上げるため重要です。

桐田寿子さん
「先生たちも講習を受けていて、みんながいる前で倒れたのにAEDが使われることなく亡くなった。どうしたら迷わず、AEDを使えるようになるのか、明日香の事故を繰り返さないためにも事故を教訓に形で残せるものはないか」

娘の死を教訓に “ASUKAモデル”

明日香さんが亡くなったあと、桐田さんは、さいたま市教育委員会と協力して、事故を検証してきました。
そして、事故の翌年の2012年、教職員向けに作られた救急対応マニュアルが“ASUKAモデル”と名付けられました。こうした経緯は教科書にも掲載されました。

“ASUKAモデル”について掲載された教科書

“ASUKAモデル”ができてから10年。教師だけでなく、子どもにも将来、AEDが使えるようにと、さいたま市立の小中学校や高校では救命処置を教える授業や講習会が行われるようになりました。
“ASUKAモデル”を元にした活動は埼玉県内の多くの学校でも行われるようになっています。

川越市の小学校での授業

“ASUKAモデル”を全国に しかし…

千葉県市川市での講演

去年12月、桐田さんは、千葉県でAEDの普及活動を行っているNPO法人「千葉PUSH」の活動に参加し、自身の体験を伝えていました。
こうした講演活動は10年間で数百か所にのぼり、桐田さんは“ASUKAモデル”を全国に広げようと、1万人以上の人たちに訴えてきました。

しかし、活動を始めた最初の頃は、AEDに対する理解は低かったといいます。
「子どもがAEDのことを知っていたずらしたらどうするんだ」という苦情や、「子どもがAEDを使っても助けられなかった場合、心に傷を負うのではないか」という指摘もあったそうです。

桐田さんは、子ども自身がAEDを使えなくても、こうした講習を受けておくことが大事だと訴えています。

桐田寿子さん
「子どもたちが知ることで、AEDを使ったり、心臓マッサージをしたりするのではなく、目の前に倒れた人がいたときに考えるきっかけになる。AEDを使うのは怖いけど、もしかして持ってくることはできるかもしれない。倒れた人がいたら、先生や大人の人を呼んだりすることができるかもしれない。まさかの場面のときに何もしないで見て見ぬふりをするのではなく、その場で大丈夫ですかと声をかける勇気につながるんじゃないか」

若い世代にAED理解を 新たな仲間

明日香さんのような事故を2度と起こしたくないと10年間、活動を続けてきた桐田さんに、去年、頼もしい仲間が加わりました。
明日香さんの弟で、高校生になった真さん(16)です。

真さんは、AEDの使い方や心肺蘇生の方法など救命処置を教えることができるインストラクターになり、活動するようになりました。
真さんは将来、人助けに関わる仕事をしたいと、救急救命士を志しています。

桐田真さん
「まだ学生ですが、母みたいに少しでも救命に携われたら良いなと思いました。今まで親しく話していた人が急にいなくなるのは耐えがたいので、少しでもこういう思いをする人を減らせたらなと思っています。AEDの活用を広めて、救命の連鎖につなげられることに少しでも協力したい。自分の同世代の人にAEDのことをどんどん広めていきたい」

桐田寿子さん
「“ASUKAモデル”が誕生してから11年目を迎え、これを活用して救命できましたという報告が私にも届いています。遺族の立場には本当に誰一人来てほしくないので、その思いも持ちながら、これからも学校や小さな集会の中でも、メッセンジャーとして伝え続けていきたいと思っています」

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