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八潮+パキスタン=ヤシオスタン 助け合いの精神でつながる

  • 2023年01月24日

埼玉県八潮市にはパキスタン出身の人が多く暮らしていて、そのコミュニティーは「ヤシオスタン」とも呼ばれています。なぜ八潮市とパキスタンがつながりを持つようになったのか。そこには地元で愛される店の存在がありました。

さいたま局記者/藤井美沙紀

八潮のあちこちにパキスタン

埼玉県八潮市は人口およそ9万2000。
2005年につくばエクスプレスが開通してから、急速に発展しています。
つくばエクスプレス八潮駅から南西におよそ2キロ離れた場所に、パキスタン人が多く集まる場所があります。

町工場が並ぶ一角、小さな通りを抜けた先にある、イスラム教のモスクです。
工場を改修したモスクではイスラム教の決まりに従って、1日5回、祈りが捧げられます。なかでも金曜日の昼は、男性はモスクで祈ることが義務づけられているため、多いときは300人ほどが訪れます。

聖地メッカの方角を向いて、集まった人たちが一斉に唯一の神、アッラーに祈りを捧げます。
モスクはイスラム教徒であれば誰でも利用できますが、ここ、八潮のモスクの利用者は、7割ほどがパキスタン人だといいます。

祈りを捧げた人
「お祈りをすると晴れやかな気持ちになります。日本がコロナで大変になっているから、神様に助けてもらいたいという気持ちで祈っています。みんな頑張って休み時間に来て、終わったらまた仕事に戻ります。お祈りのためにご飯を食べないから、3時の休憩でご飯を食べる人も多いです」

日本で暮らすパキスタン人は、中古自動車の販売や修理に多く関わっています。
八潮市は、埼玉や千葉の中古車オークションの会場へのアクセスがよいため、こうした人たちが集まるようになりました。

中古車輸出業者
「東京に行きたければ高速道路に乗れるし、どこでも八潮から行ける。1時間以内で行ける。オークション会場だと30分で行ける。八潮にパキスタン人も多いし、食べ物とか、全部近くにあるから」

“ヤシオスタン”の存在感はなぜ?

八潮市によると、市内で暮らす外国人はおよそ4000人。このうちパキスタン人はおよそ160人、国籍別の割合では4%と、ベトナム人や中国人と比べると、実はさほど多くありません。
それでも「ヤシオスタン」という言葉が生まれるほどの存在感があるのは、なぜでしょうか?

その答えを探すため、市役所近くのレストランを訪れました。
八潮市内にはパキスタン人の生活を支える店が数多くあります。なかでもこの店は、10年以上前から、素材にこだわった、本格的なパキスタン料理を提供しています。

店のおすすめメニューは、パキスタン産のバスマティライス(細長いインディカ米の一種でパラパラとした食感)を使った炊き込みご飯「ビリヤニ」や、菜の花と羊の肉を煮込んだカレー。
1皿が通常の2~3人前ほどの量で、見た目から圧倒されます。どちらもさまざまな種類のスパイスを使っていて、日本では食べ慣れない味です。
それでも、かみしめるほどに、もう1口、もう1口と箸が進み…いえ、スプーンが止まらなくなり、お腹がいっぱいになるころには、その味のとりこになっています。

こうした本場の味を求めて、日本人も多く訪れます。

さいたま市からバイクで通う男性
「毎週来ています。通い始めて、2年くらいになりますかね。スパイス料理が奥深くて、何回か来ているうちにはまってしまいました」

東京の友人と訪れたさいたま市の男性
「もう数えきれないくらい来ていると思います。スパイスが複雑な味わいというか、忘れたころに食べたくなって、来ちゃいます」

店のオーナーのザヒット・ジャベイドさん。祖国と同じ味の料理を提供したいと、13年前にこの店を始めました。

ジャベイドさん
「パキスタンの店は東京にもある。でも、日本人向けにアレンジしているものばかりでした。それでこの店を作って、100%現地の味で始めました」

このような店に集まるパキスタン人のコミュニティーが、いつしか「ヤシオスタン」と呼ばれるようになりました。

“助け合いの精神”を大切に

ジャベイドさんは、新たに訪れたパキスタン人に、日本の生活習慣を教えることに腐心してきました。
ジャベイドさんによると、当初、パキスタン人のなかには、たばこの吸い殻を床に投げ捨てたり、他の客がいてもかまわずに大きな声で会話をしたりする人もいたということです。
ジャベイドさんは、日本人にとっても居心地のよい場所にしたいと、こうした行為を注意してきたといいます。

その上で、大切にしてきたのが「助け合いの精神」です。
外国人でも利用しやすい病院や宿泊施設を紹介したり、役所での手続きを手伝ったりしてきました。日本語が分からない人に付き添い、通訳することもたびたびあったといいます。
そうしているうちに、周りの人たちがどこで何をしているのか、自然と情報も集まるようになったといいます。

「助ける気持ちを、彼はすごく持っているから、困った人は、みんなこっちに来ちゃうんですよ。すごく優しい。『ヤシオスタンの顔』なんです」

「いろいろな人がいるんだけど、誰がどこにいるとか、どこのオークションに行くとか、全部情報をくれるんですよ。だいたいみんな顔なじみです」

東日本大震災でも助け合い

ジャベイドさんの助け合いの思いは、日本人にも向けられてきました。
12年前の東日本大震災では、パキスタン人の仲間とともに、水や食料、それに日用品などの救援物資を集め、東北地方の避難所へ運びました。

ジャベイドさんは、福島県広野町から贈られた感謝状を店内の壁に大切に飾っています。

「感謝の言葉がいろいろ書いてあって、すごくうれしかったです。やっぱり誇りですね。人生は一度しかないから、いいことするのは天国にいくため。やっぱり自分のためなんですよね」。

パキスタン洪水被害 日本から支援

パキスタン 去年8月の様子

去年、パキスタンも記録的な大災害に見舞われました。
6月以降、豪雨でたびたび洪水が発生し、少なくとも1700人が亡くなり、3300万人が被災しました。インフラにも大きな被害が出て、復興への取り組みが続いています。

ジャベイドさんは、ほかのパキスタン料理店とともに、支援金や救援物資を募りました。
すると、パキスタン人だけでなく、日本人からも服やお金などが集まりました。なかには、新品の服をたくさん寄付してくれた人もいたといいます。

「女性とか子ども、メンズの服とか全部入っています。みんなが力になって応援してくれているから、うれしいです。日本の方がすごく大切に思っているから、やっていけてますね」

助け合いの精神で八潮に溶け込んできたジャベイドさんは、これからも多くの人に「ヤシオスタン」を訪れてほしいといいます。

ジャベイドさん
「この街がもっと人気になって、みんなが足を運ぶようになれば最高だと思います」

取材後記

ジャベイドさんの店の客は当初はパキスタン人がほとんどでしたが、いまは日本人が大半を占めるそうです。
「ヤシオスタン」と呼ばれるパキスタン人のコミュニティーと地元の日本人が関わりを持つために、なくてはならない存在となっていると感じました。

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