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帰宅困難になったとき 子どもをどう守る

NHKさいたま「子どもプロジェクト」
  • 2022年05月24日

国は首都直下地震が発生した際、東京、埼玉、千葉、神奈川、茨城の1都4県の帰宅困難者に対して地震から原則3日間はむやみに移動を開始しない「一斉帰宅抑制」を実施することを基本方針にしています。

しかし、親にとって、自宅から遠く離れた場所で地震にあったとき、真っ先に心配になるのが子どもの安否です。もし私たちが帰宅困難者になったときに家族をどう守ればよいのでしょうか。東京大学大学院の教授で、内閣府の首都直下地震帰宅困難者等対策検討委員会の座長を務める廣井悠さんに古野晶子アナウンサーが伺いました。

一斉帰宅抑制は命を守るため

11年前の東日本大震災では、ほとんどの公共交通機関がストップして、多くの人が黙々と自宅を目指して歩いて帰る光景がニュースでも流されました。こうした帰宅困難者に対して、国は一斉に帰宅しないよう呼びかけているということなんですが、これはどうしてなんでしょうか。

理由は大きく3つあります。1つは多くの人が一斉に歩いて帰宅しようとすると、道路空間に非常に多くの人が密集して、群集事故、将棋倒しや群集雪崩と言われることもあるんですが、事故が起きかねないんです。

群集雪崩と言いますと、2001年に起きた明石の花火大会での歩道橋事故を思い出しますね。

あの事故では、1平方メートルに8人から9人という極めて高い密度で人が集中して250人近い方が死傷しました。大きな地震のときは大都市部でも同じようなことが起きないともかぎらないんです。

もう1つの理由が車です。車を使って大勢の人が一斉に帰宅したり家族を迎えに行ったりすると車道が渋滞してしまいます。道路は災害対応をするうえで非常に重要なインフラです。こうした事態が起きると、けが人を搬送することができなかったり、消火活動ができなかったりするおそれが出てきてしまうんです。

3番目の理由は極めて単純で、やはり大きな災害が起きると危険なんです。火災が発生したり、余震で建物の看板が倒れてきたりするかもしれません。こうしたなかを長時間歩くのは帰宅者自身が危険な状態に陥るリスクが高くなります。

東日本大震災では東京の最大震度は5強でした。しかし、震度6強、あるいは震度7の地震で無理に帰宅すると、間接的な被害や帰宅者自身の命が危険になる可能性が大きくなるということなんです。

一斉帰宅抑制を実施すると3日間は帰宅できなくなると聞いているんですが、国や行政はどのような対策を取っているのでしょうか。

厳密に言うと、帰宅を抑制しなければならない期間は最大で3日となっています。地震の発生から3日たてば公共交通機関も復旧し始めるので、徐々に帰宅を始めてもいいのではないかということから、あくまで目安となっています。

別の言い方をすれば、企業や自治体などは、少なくとも3日間は従業員などの帰宅抑制が実施できるように、食料や飲料水などの備蓄をしておいてくださいということになります。

一斉帰宅抑制の実施は義務なんですか?

この点は難しいのですが、例えば、東京都は帰宅困難者対策条例を東日本大震災の翌年に制定しました。この中では、都民に対して「災害時にはむやみに移動を開始せず、安全を確認したうえで、職場や外出先などに待機してください」と求めています。ですので、罰則などはありませんが、都民の義務(責務)となっています。

埼玉県では条例を設けていませんが、先ほど申し上げたように、災害時に一斉に帰宅することで被害を拡大しかねない危険性があるということは、条例のあるなしに関わらず、十分、認識すべきです。

事前に複数の連絡手段を決める

とは言っても、外出先や勤務先で大きな地震があったときに真っ先に心配になるのは家族や子どものことですし、子どものことが心配になって無理にでも自宅に帰ろうとするのは、親としては当然の心理ですよね。

おっしゃるように、子どもの安否を心配するのは親としての当然の心理です。ですので、帰宅しなくてもすむような環境をつくることが非常に重要になります。こうした環境をつくるために国や自治体が呼びかけているのが家族との安否確認手段の確保です。

つまり、災害が起きたときに自分の家族が安全であることをすぐに確認できれば、落ち着いて自分のことを考えることができるようになるわけです。

安否確認の手段はどのように準備しておけばいいでしょうか。

結論から言うと、災害時にはどんな手段が使えるのかわからないので、複数の連絡手段を確保することが大切です。

理由は2つあります。1つは物理的に通信機器やネットワークが壊れてしまう可能性。もう1つは、災害時に短時間に多くの人が一斉に電話やインターネットを使うと「輻輳」という状態が発生して、接続できなくなったり、通信速度が遅くなったりしてしまうんです。

具体的にはどのような連絡手段があるのでしょうか。

多くの方はふだん、携帯電話やLINEなどのSNSで家族と連絡をとりあっていると思いますが、このほかに例えば、災害用伝言ダイヤルや災害用伝言板、あるいは、最近は安否確認のためのアプリも複数リリースされていますので、こうしたサービスを使って連絡手段を多重化しておくことが重要です。また、三角連絡法という手段もあります。

三角連絡法とはどういうものですか。

災害時には被災地内での通信はつながりにくくなると言われているので、被災地の外にいる親せきなどを経由して家族間の連絡を取り合うことを言います。

例えば、家族がそれぞれ遠くに住んでいるおばあちゃんの家に自分の安否を連絡するということです。「いざというときは、おばあちゃんに自分の安否を連絡するようにしようね」と事前に決めておくことで、第三者を経由して家族の安否を確認することができます。

連絡手段を事前に決めておいても、いざというときに使えないと意味がないですよね。

事前に家族全員が使い方を知っておくことが重要になります。例えば、災害用伝言ダイヤルを使ってメッセージを残したとしても、メッセージを伝えたい家族が使い方を知らなければ実際には役に立ちません。災害用伝言ダイヤルの場合は毎月1日と15日に実際に体験することができますので、ぜひ、家族で試しておくことをお勧めします。

学校にいるときであれば先生が安全を確保してくれると思うんですが、例えば、登下校の時間帯などに災害が起きると心配ですよね。改めて、連絡方法を家族できちんと決めておかなければならないと感じました。

2018年の大阪北部地震は朝の通勤・通学時間帯に発生しました。地震はいつ起きるかわかりませんので、あらゆるケースを想定して、普段から準備をしておくことが何よりも大切です。

東日本大震災から11年たってわかったこと

首都直下地震が発生した際の一斉帰宅抑制の方針について、国は去年11月から、被災の程度や交通機関の復旧状況に応じ、呼びかける範囲を絞り込む方向で具体策の検討を始めました。この時期にどうして方針の見直しが始まったんでしょうか。

1つは東日本大震災以降、鉄道施設などの耐震化が進んだことで、被災の程度にはよりますが、ある程度、復旧が早くなる可能性が出てきたことが挙げられます。さらに、新型コロナウイルスの際にも使われましたが、いわゆるモバイルデータを使って、どこにどれだけの人がいるのかという人流データをかなり細かい解像度で知ることができるようなりました。

こうした技術を活用してきめ細かい情報を伝えることで、状況に応じた対応がとれるようになってきたのではないかということが背景にあります。

もう1つの理由は、東日本大震災から11年がたって、一斉帰宅抑制の周知がかなり進んできたことです。この間、国や自治体、事業所などが精力的に対策を進めてきましたので、対策をもう一歩進めて、もう少し細かい対応をお願いしてもいいのではないかということなんです。

もう少し細かい対策をとるとはどういうことでしょうか。

例えば、2018年の大阪北部地震は朝の通勤・通学時間帯でしたし、去年10月に東京や埼玉で震度5強を観測した地震は夜の時間帯でした。実は帰宅困難者対策は地震が起きる時間によって異なります。朝の時間帯ですと、道路の渋滞対策がメインとなります。公共交通機関がストップした場合、多くの人は車を利用しようとします。朝の時間帯は昼や夜と違って自宅の車が使えるんです。

去年10月の地震では埼玉県でも川口市や宮代町で震度5強を観測しましたが、午後11時前に起きました。

このときは東京の足立区などで、自治体が自宅に帰れない人を一時的に受け入れる施設を開設したと聞いています。夜の時間帯の地震は基本的には多くの人が自宅に帰ってはいるのですが、帰宅できない人も一定数発生します。こうした人たちが屋外に長時間いると、特に冬の場合などは命に関わる危険性もありますので、対策をとる必要があります。

一斉帰宅抑制の周知は進んでいるのか

ことし2月から3月にかけて、NHKさいたま放送局がさいたま市の大宮南小学校と協力して行った保護者アンケートでは、一斉帰宅抑制について「知らない」と答えた人が半数以上に上りました。実は私も取材を始めるまで、一斉帰宅抑制についてあまり知らなかったのですが、周知はどの程度進んでいるとお考えですか。

アンケートをとった人の属性と場所によって違うとは思うのですが、肌感覚で言うと、もう少し多くの人が知っていてほしいなという思いはあります。やはり、災害の記憶はどうしても時間がたつと風化します。災害から5年たつと災害の記憶は10分の1になるという過去の研究もあります。記憶の風化は仕方がないので、やはり継続的に啓発することがとても重要になってきます。

確かに私たちも日を決めるなどして、東日本大震災のときのことを家族で思い出すような取り組みが必要ですね。

ただ、人間は自分が経験したことをかなり高く評価する特徴があります。ご存じのように東日本大震災では東京は最大震度5強でした。震度5強では、仮に無理して徒歩で帰宅しても、それほど危険性はないんです。私たちが本当に考えなければならないのは震度6強、あるいは震度7の場合です。このときに過去の経験に基づいて無理な帰宅をする可能性も出てくるので、過去の経験を鵜呑みにするのではなく適切に解釈しなければならないということが言えると思います。

想定外のことを常に頭に入れておかなければならないということですね。

大きな地震が起きたときに子どもや家族のことが心配で一刻も早く帰りたいという思いは、親としての当然の心理です。ただ一方で、こうした行為はご自身の命を危険にさらしたり、救助活動や消火活動を妨げて間接的に被害を大きくしてしまったりする可能性があるということもきちんと認識することが重要だと思います。

なによりも重要なことは、大きな地震が起きたときは「帰ることができない」「帰らない」ということを前提に子どもや家族と十分に話し合っておくことです。自宅に帰ることができないときのための環境づくり、あるいは、急いで帰らなくても大丈夫なような環境づくりを私たちが真剣に考えることが、 国や自治体が帰宅困難者対策を進めることとは別に、絶対的に重要なことになります。

取材を終えて

私も子どもが2人いるのですが、やはり大きな地震があったときに、なによりも心配になるのは子どものことです。安否確認の連絡手段を複数決めておくことはもちろんですが、日頃の防災対策について、家族と話し合って共有しておくことが、帰宅困難者対策にもつながるのだと感じました。

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