ページの本文へ

埼玉WEB特集

  1. 首都圏ナビ
  2. 埼玉WEB特集
  3. 浦和から新都心へ さいたま市役所移転決定の舞台裏(後編)

浦和から新都心へ さいたま市役所移転決定の舞台裏(後編)

  • 2022年5月19日

現在、さいたま市浦和区に位置するさいたま市役所の本庁舎。これをJRさいたま新都心駅周辺に位置を変更する条例の改正案を審議するため、4月28日に市議会の臨時議会が開かれた。当初は1日の予定だったが、決着がついたのは翌日の午前1時半すぎと異例の展開となった。3市の合併によって、さいたま市が誕生してから21年。残された課題とされてきた「市役所の位置」を決めるため、臨時議会の舞台裏では、合併前の旧浦和市側と旧大宮市側の議員で激しい駆け引きが行われていた。

(さいたま放送局記者 佐藤惠介)

臨時議会 開会

 

4月28日午前10時、臨時議会が開会し、まず清水勇人市長があいさつをした。

清水市長
「市制施行20周年を迎えた本市が、将来にわたり心を1つに発展していくためにはこの課題を先送りするわけにはいかない。未来を見据えた議員の皆さまの賢明なご判断をお願い申し上げます」

この臨時議会に定められた会期は1日。わずか1日で、議案に対する質問や討論、さらに委員会の開催などを行ったあと採決する必要があった。
臨時議会を開いて、改正案を審議する理由について、さいたま市は「市議会の特別委員会で、位置に関する条例について考える時期が来たと意見があったので、可能なかぎり、早期に提出した」と説明した。また、市の幹部は私の取材に対して、次のような理由も説明している。
 

さいたま市幹部
「条例の改正案を可決しておかないと、そもそもの根拠がないため、6月市議会で、新しい本庁舎に関する予算や計画が審議されない可能性がある。そこからほかの予算審議もストップするおそれを危惧した」

議案に対する市側の説明の後、休憩に入った。休憩といっても、この時間中に議員は質疑の通告を行い、市側はその回答を準備することになっている。議員から多くの質疑が寄せられたため、およそ3時間の休憩を挟んで、午後1時40分、議会が再開した。

「本庁舎の住所表記を中央区に変更を」

質疑の中では、一部の議員からある質問が出た。

「大宮区となっている新しい本庁舎の住所表記を中央区に変更できないのか」

移転予定地は大宮区内

市役所本庁舎の移転先は大宮区。それを住所の変更や区割りの変更をするなどで、住所表記を隣接する中央区に変えたいということだった。

この質問の意図を旧浦和市を選挙区とする、ある議員は次のように説明している。

「合併協定書が書かれた当時、さいたま新都心というのは中央区を指していた。旧与野市は将来の市役所移転を見据えて、区名を中央区にしたわけで、意図を継ぐ必要があった」

この質問に対し、市側は「地域の住民を勘案すると課題は少なくないが、そういった意見があることを踏まえて検討していきたい」と答えた。

そして、質疑が終わり、午後4時20分ごろから本会議は休憩に入った。本来であれば、この休憩時間中に委員会が開催されて審議が行われる予定だったが、なかなか始まる様子がない。取材先の議員も夜ごはんの出前を頼んだと話していた。関係者への取材を進めると、この休憩時間中に会派間でさまざまな調整が行われていたことがわかった。

住所表記の変更をめぐる駆け引き

さいたま市議会 議会棟

今回の改正案に必要なのは出席議員の3分の2以上の賛成。つまり、議員が60人いるさいたま市議会では、40人以上の賛成が必要となっていた。

改正案に反対することが見込まれたのは、旧浦和市を選挙区とする議員が中心の自民党のグループの「浦和派」、それに共産党会派などあわせて18人。さらに、所属する会派が賛成していても、議員によっては反対する可能性があったことから、議論の行く末によっては反対が3分の1以上となる21人を上回ることは不可能ではない情勢だった。

これを「浦和派」の一部の議員は旧大宮市を選挙区とする議員らで作る自民党のグループ、「大宮派」の議員との駆け引き材料に使った。「浦和派」の議員の中でも、この時点では、本庁舎の移転自体は止めることは難しいと判断していたため、残っていた懸念である「中央区」への住所表記の変更のために、交渉材料として活用したのだ。

当初、「浦和派」では、将来的な「中央区」への表記変更の可能性を残すため、委員会で採決する際に、「中央区」の文言が入る付帯決議を求めていた。

しかし、この案では、「大宮派」の議員などによる反対が見込まれ、否決される見通しだった。このため、付帯決議の案は、「さいたま新都心にふさわしい住居表示の実施を検討すること」として、具体的な地名は盛り込まないものに落ち着いた。

しかし、まだ懸念は残っていた。付帯決議案が採決される委員会で可決される保証はどこにもなかったのだ。決議案を可決させるために、動いたのは「大宮派」の議員。本会議で「浦和派」に賛成に回ってもらうことや争いを終わらせることを狙っていた。「大宮派」の議員は移転賛成派の会派をまわり、決議案の採決の際、退席してもらう協力を取りつけた。これらの会派は、付帯決議案に反対する可能性があったためだ。退席によって票数を減らすことで、ギリギリで可決させる狙いがあった。

付帯決議案が委員会で可決

こうした交渉が行われた休憩が終わり、午後7時すぎ、委員会が始まった。委員会では、質疑や討論ののちに条例の改正案の採決が行われた。賛成7票、反対3票、退席1人で可決された。

続いて、「大宮派」の議員が「さいたま新都心にふさわしい住居表示の実施を検討すること」などとする付帯決議案を提出した。

退席する5人の議員

採決が始まると、5人の議員が次々と退席していった。そして賛成3、反対3の同数となり、議長の判断で可決となった。この付帯決議が可決されたことで、「浦和派」の議員は、「中央区」に住所表記を変更する可能性を残すことができたと判断したことから、「浦和派」の議員の一部が本会議で賛成に回ることになった。

そして、改正案は採決へ

委員会のあと、本会議で審議が始まったのは4月29日の午前0時15分ごろ。
討論で、反対と賛成の立場、それぞれの議員が発言した。

採決は記名投票で行われた

そして採決。記名投票が行われ、議員らは投票箱が設置された壇上に並んで、自分の票を投票する。結果は、賛成48票、反対9票、退席3人と予想を上回る結果で可決された。「浦和派」の議員も多くが賛成に回っていた。

合併から20年あまりの課題の解決に向けて、さいたま市が一歩を踏み出したとも言える瞬間だった。

議会のあと、取材に応じた清水市長は、思いを語った。

さいたま市 清水勇人市長
「先人の皆さんがいろいろな思いを持って合併しましたが、市役所本庁舎の場所は残された大きな課題だった。長年かかりましたが、大きく前進したので万感の思いです。大宮と浦和でぎくしゃくしていた時もあったが、いっしょに汗をかいて課題を乗り越えてきた。これからさいたま市でも人口の減少や高齢化という大きな課題に直面するため、心を一つにして、乗り越えていきたい」

臨時市議会のあと、「浦和派」の議員と「大宮派」の議員は、私の取材に対し、次のように語っている。

「浦和派」の議員
「すんなり移転が決まれば、将来の浦和のことを考えてもらえなくなる。だからこそ、道筋を立てる意味でも動く必要があった。これで1つになるための障害がなくなった」

「大宮派」の議員
「住所表記の変更についての付帯決議案を可決させたことは、結果的には将来に先送りさせたことになると思う。これで、ようやく地域の振興策について議論できる」

さいたま市役所本庁舎の移転予定地

取材後記

新しい本庁舎は、9年後の令和13年をめどに移転・整備を目指すことにしている。この市役所本庁舎の位置に関する条例の改正案が可決されたことで、今年度から基本計画の策定が進められる。6月1日に開会する6月定例議会では新庁舎関連の予算案が提出される見込みで、今後も議論が続いていく。
新しい本庁舎の住所表記をどうするのか、ということも今後、議論されるテーマの1つとなった。委員会での付帯決議に盛り込まれた「さいたま新都心にふさわしい住居表示の実施を検討すること」などとする文言に対して、さっそく移転先の一部の住民から「大宮区という名前はふさわしくないのか」などとの声があがっている。将来に先送りにした部分も否めない。
このまま、長年の課題を解決して、一体となったさいたま市を作り上げることができるのか、引き続き取材していきたい。
 

関連の記事はこちら
浦和から新都心へ さいたま市役所移転決定の舞台裏(前編)

  • 佐藤惠介

    さいたま放送局 記者

    佐藤惠介

    平成28年入局 仙台局、石巻支局をへて、令和3年さいたま放送局。さいたま市政を担当

ページトップに戻る