ページの本文へ

  1. 首都圏ナビ
  2. 埼玉WEB特集
  3. メープルシロップで秩父の山を守る 埼玉県小鹿野町

メープルシロップで秩父の山を守る 埼玉県小鹿野町

  • 2021年11月30日
秩父産のメープルシロップ

豊かな森が広がる埼玉県西部の秩父地域では、山に自生するカエデの木から樹液を採ってメープルシロップに加工し、地元の特産品に育てようと取り組む人たちがいます。小鹿野町でカフェを営む井原愛子さんもそのひとりです。カナダに渡って本場のシロップづくりを学んだ井原さんに、故郷の森への思いを伺いました。
(さいたま局カメラマン 大高政史)

 秩父の森を守りたい

秩父市と小鹿野町にまたがる自然豊かな「秩父ミューズパーク」。色鮮やかな紅葉の木々の中に、井原愛子さんが営むカフェ「メープルベース」がありました。秩父市出身の井原さんは7年前、横浜からUターンして、2年後にカフェをオープンしました。外資系の会社に勤め、海外で暮らすことを思い描いていた井原さんが、故郷に戻ってきたのは理由があります。

8年ほど前に帰省したときに、秩父の森を守る活動をしているNPOの人たちのエコツアーに参加してみたんです。カエデの木から苦労して採った樹液で、地域を活性化させようと頑張っている人たちの話を聞きいているうちに、どんどん関心が高まっていって、自分にできることはないかと思うようになりました。

井原愛子さんとカフェ

森の魅力を再発見

日本では木材の価格が低迷し、間伐もされないまま放置されている山林が増えています。井原さんの故郷も例外ではありません。

この現状に危機感を抱いたのがNPO法人「秩父百年の森」の人たちです。豊かな山林を取り戻そうと、彼らが注目したのが、昔から秩父地域にたくさん自生しているカエデの木でした。井原さんも森を守る活動に次第に引き寄せられ、一緒に取り組み始めました。

山林ってスギやヒノキを30年や50年育てても、一度、木を切ってしまうと再び育つまでに長い年月がかかります。切るのにも運ぶのにも製材するのにもお金がかかるので、山の持ち主に入るお金は、木を一本切っても1000円にもなりません。スギやヒノキを間伐し、もともと秩父にあったカエデなどの苗を植えていけば、スギやヒノキもよく成長するし、カエデも成長していきます。木を切る林業と、切らずに収益を生みだす「切らない林業」を両立したいんです。

カエデから樹液をとる  提供:NPO法人 秩父百年の森

木を切らずに収益を生み出す

採取した樹液を買い取って商品化すれば、山の持ち主や生産者、販売者も毎年繰り返し収益を得られます。山を守りながら収益を得ることがきる「木を切らない林業」を実現するため、山の持ち主などが集まり、9年前に「秩父樹液生産協同組合」が結成されました。毎年、冬が厳しくなる1月から2月にかけて、険しい山の中に入り、カエデから樹液を採取しています。

組合では繰り返し樹液を採取できるよう、採取するカエデの幹の直径は20センチ以上、樹液をとる穴は1本につき1か所と決めています。数日からひと月ほどかけてたまった樹液は、驚くことに無色透明でした。

この貴重な樹液を事業として成り立たせるため、井原さんは、魅力的な商品をつくることと、商品の販売や人が集うことができる拠点作りが必要だと考えました。

カエデの樹液を採取しても、加工したり味わったりする拠点が秩父にはありませんでした。この樹液を使った商品をしっかりとブランディングして売り出せば、地域の魅力としてすごくポテンシャルがあると思いました。

カナダではホースをつないで樹液を採取  提供:井原愛子さん

秩父生まれのメープルシロップを特産品に

カエデの樹液の加工品として代表的なものにメープルシロップがあります。ところが製品化には、大量の樹液をどう煮詰めるかなど大きなハードルがありました。このため井原さんは、メープルシロップの本場、カナダに渡りました。

井原さんは、現地のスケールの大きさに圧倒されます。膨大な数のカエデの木をホースでつなぎ、ポンプで樹液を一か所に集めるカナダのやり方は、手作業で樹液を採取する秩父とはまったく違うものでした。さらに樹液は「エヴァポレーター」と呼ばれる専用の機械を使って大量に煮詰めていました。帰国後、井原さんは秩父でも効率よく生産できるよう、エヴァポレーターの導入を働きかけました。さらに、人を呼び込む拠点となるカフェの設立に奔走しました。

樹液を煮詰めるエヴァポレーター

井原さんのカフェの一角には「エヴァポレーター」が置かれ、冬の間に採取した樹液のほとんどが持ち込まれています。ろ過した後、5~6時間かけて樹液を40分の1ほどに煮詰めると、無色透明の液体が琥珀色に変わり、メープルシロップが出来上がります。

秩父の山に自生する400本余りのカエデの木から苦労して採った樹液の量は、多い年で13トンほど。こう聞くと、とても多く聞こえますが、メープルシロップの事業を将来にわたって継続していくには、まだ量が少ないといいます。

問題は、樹液の量が限られていることなんです。メープルシロップは樹液を濃縮すると、量が40分の1にまで少なくなります。糖度が低い場合には60分の1まで煮詰めないと、ちゃんとしたシロップになりません。なので、どうしても量では本場のカナダ産シロップには太刀打ちできないんです。だからこそ、シロップにする前の樹液の原液をサイダーに使ったりして、限りある原料をうまくお金に変えられるよう工夫しています。

カエデの樹液から作った製品

樹液を採る人たちの高齢化が進んでいることも、組合にとって大きな課題です。カエデは険しい山の中に自生しているため、傾斜のきつい斜面を登って採取したあと、重い樹液を背負って下りなくてはなりません。井原さんは、本場のカナダを参考に、より効率的に、持続可能なかたちで樹液を採取できる仕組みをつくろうと取り組みを始めています。

ことし11月、NPO法人「秩父百年の森」では、大切に育てたカエデの苗を地元の森に植えました。その数およそ150本。将来、樹液を採取しやすい場所を選びました。

私は、こうした活動を持続可能なものにするために、若い人たちにもっと関わってもらい、収益を生み出すものに変えていきたいと思っています。木を育てるというのは20年、30年の長い年月を要することなので、若い人が少しでも関われるようなきっかけを多くつくりたい。私なりにどうにか引き継いで、活動を継続できればいいなと思っています。

メープルシロップづくりの拠点 小鹿野町のカフェ

取材を終えて

秩父の森を守ろうと取り組む人たちとの出会いを通じてUターンを決意した井原さん。人と自然が共生できる地域社会を模索しながら、意欲的に歩み続ける井原さんに感銘を受けました。まもなく樹液採取とメープルシロップをつくる冬がやってきます。井原さんたちの活動が実を結び、秩父の森の豊かさを守ることの大切さに、多くの人たちが目を向けるようになってもらえたらと思います。

記事の内容はさいたま放送局のFM番組「ひるどき!さいたま~ず」で放送しました。(11/12)

ページトップに戻る