いま、新型コロナウイルスへの感染を恐れて、がん検診を自粛する人が増えていますが、上の写真はその間に症状が進んでしまったケースです。
「コロナ感染が怖い」
「自覚症状がない」
「私はがんにならないんじゃないか」
いえいえ、大間違いです。
「医療機関の感染対策は万全です!」
「自覚症状が出る頃には”進行がん”です!」
「日本人の2人に1人はがんになります!」
コロナ禍で見過ごされがちな、がんへの備えについて専門家に聞きました。
(アナウンス室 比田美仁)
お話を伺ったのは、東京大学医学部付属病院准教授で、がん医療に取り組む中川恵一さんです。
中川さんは次のように警鐘を鳴らします。
中川恵一准教授
「コロナを恐れてがん検診に行かないと、体の中でがんが進行し、取り返しのつかないことになってしまいます。これは大きな社会問題になると思います」
実際、中川さんが勤務する東京大学医学部付属病院でも、コロナ感染を恐れてがん検診の受診や治療を控えて、事態が悪化した例が少なくありません。先生に紹介していただきました。
これは、夫婦で飲食店を営む70代の男性の首の断面を捉えたCT画像です。撮影されたのは2019年の12月。この時すでに、中咽頭がんが見つかっていました。がん組織の大きさはおよそ2cm。黄色く囲った部分です。すぐにも治療を始めるのが理想でしたが、この患者さんはコロナ感染を恐れて治療を自粛してしまいました。
そして半年以上が経った2020年8月。首の腫れが大きくなったことから再び病院を訪れると…。
こちらがそのときのCT画像です。2cmだったがん組織はおよそ3cmにまで成長していました。
手術と放射線治療で一命は取り留めましたが、店は休業に。
中川さんはこう振り返ります。
「治療の自粛によってがんが進んでしまいました。もう少し自粛を続けておられたら手遅れになっていたことですが、ぎりぎりの段階で治療ができました。
今回の患者さんは、ご夫婦でお店を経営されていましたので、お2人とも治療の自粛を後悔していらっしゃいました。がんは進行すると、手術が成功したとしても再発のリスクも高まってしまうのです」
こちらは主な5つのがん(胃・肺・大腸・乳・子宮けい)のがん検診の受診者数です。新型コロナの感染が拡大した去年はがん検診の受診者が大幅に減っていることがわかります。がん医療の現場でもこのことを裏付ける事態が起こっているといいます。
「私が勤務している東大病院でも、あるいは国立がん研究センターでも、胃がんの手術件数が今年度上期は4割以上減っています。なぜ手術件数が減ったのか。コロナ感染を恐れて胃カメラ検査を受ける方が減ったからです。がん検診の自粛によって早期がん、そもそも胃がん自体が見つからなくなっているんです」
その上で検診の”自粛”は大きな危険につながりかねないと力説します。
「胃がんはある程度進行しても症状が出ることは稀です。ということは、今、多くの方の胃の中で早期がんが進行がん、場合によっては、末期がんに進行しているということなんです。したがって、今から1、2年たって胃がんに限らずがん全体が増えてしまう。そうなってくると、がんによる死亡が増えてしまう可能性が高まってしまいます。例えば胃がんの場合、ステージ1(がん検診で見つかるような最も早期の胃がん)であれば5年生存率は98%近くです。ほとんど治るということです。一方、転移があるようなステージ4は、5年生存率は1割程度です。ステージ1の胃がんなんて、絶対にと言っていいほど症状は出しませんから、これを見つけようと思ったら、絶好調であっても検査する必要があるんです」
“5000人と380000人”
この1年、新型コロナウイルスで亡くなった人とがんで亡くなった人の数です。中川さんは、より恐れるべきはがんだと指摘します。
「コロナで亡くなってる方が、5000名程度に対して、がんで亡くなった方は38万人にも上ります。それこそ70倍80倍の違いがあるわけなので、コロナのに対する備えを十分にしたうえで、より大きなリスクであるがんに備えていただく、必要があると思いますね」
“自覚症状がないから” ”新型コロナが落ち着いてから”
そう考えるのはとても危険です。がんは症状が出てからでは遅いのです。
「胃がんの場合、1cmや2cm、さらに3cmでも恐らく症状はほとんどないはずです。がんの組織は1cmになるまでに、20年かかるんですね。でも1cmの大きさから2cmの大きさになるまでは2年しかかかりません。つまり早期がんでいる時間は2年しかないんです。がん検診というのは早期がんを見つけるものなんです。でも早期がんって症状は出さないんです。だから早期がんを見つけるためには元気である時にやらなきゃならん、元気である時にやる必要があるんです。繰り返しになりますが、がんの症状が出てるということはもう少なくとも進行がん、場合によっては末期がんです。なので、症状がなくても1、2年に1度はがん検診を受けていただきたいのです」
検診会場の入り口では検温など健康状態を確認
中川さんは、検診施設のコロナ対策について、「医療従事者から見ても万全」といいます。
「私自身も昨年、がん検診を受けました。職員の方、医療従事者の方と受診者との距離も確保してありますし、待合室でも受診者どうしの距離が十分にとってあって、当然全員マスクをしています。私は胃カメラの検査を受けましたが、次の検査をなさる方にしても、もう万全の感染対策でした。我々のような医療従事者から見ても、ここまでやれば安心だといえます。ですので、やってよかったなと、思いましたし、これなら感染は起こらないと思いました。現にがん検診や人間ドックの場で感染が出たという事例も皆無です」
がん検診を待つ間もディスタンス
そのうえで、コロナよりもリスクの大きいがんへの備えを万全にするよう訴えています。