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コロナ禍の出産・育児 命と向き合う、家族を育む

  • 2021年1月29日

気持ちよさそうに眠る赤ちゃんとそれをうれしそうに見つめるお兄ちゃん。コロナ禍でも気持ちが上向きになる写真を皆さんから募集するNHKのキャンペーン「#見上げてごらん」には、家族を捉えた写真が数多く寄せられています。小さなお子さんたちの姿は見るだけで心温まるものですが、コロナ禍のなかでの出産や育児には普段と違う苦労もあるのでは?投稿者の方にお話を伺いました。
(首都圏局/倉富春奈)

私が話を聞きたいと思ったわけ

この写真を送ってくださったのは、山梨市にお住まいの石綿亜梨沙さん。コロナ禍での妊娠・出産を経て、去年7月、次男の新くんを家族に迎えました。写真は、長男・学くん(5歳)との初対面の瞬間を捉えたものです。

石綿さん
お兄ちゃんが目をきらきらさせて、優しく弟を見つめる姿が印象的でした。弟が大きくなったら、この写真を見せながら "お兄ちゃんはあなたに会うのをこんなに楽しみしていたんだよ" と話してあげたいです。

幸せな家族の門出。しかし、写真に添えられたメッセージには「めまぐるしく変わる環境で妊娠中ということもあり、とても苦しかった」という一文がありました。コロナ禍のなかでの妊娠・出産。この日に至るまで、どんな時間を過ごしたのか。石綿さんの話をもっと聞いてみたいと思いました。

そう思ったのには、理由があります。実は私、現在第一子を妊娠中で、この春出産予定です。
妊娠が分かったのは、緊急事態宣言があけた去年7月でした。そこから感染予防のため、病院にはずっと1人で通院しています。当時、他県に離れて暮らしていた夫は、「万が一自分が感染させてはいけない」と私と会う頻度を減らしました。少しずつ大きくなるおなかに触ると、わが子の成長を感じましたが、そのすべてをパートナーと分かち合うことはできませんでした。さらに病院の方針で、出産の立会いや産後のお見舞いは禁止されています。

「夫婦で生まれたばかりのわが子を抱きしめたい」、そんなイメージをしていた出産とはかなり違いますが、感染の拡大状況をみていると、しかたがないことだと受け入れています。きっと多くのお母さんたちが同じように、様々な変化を受け入れてきたのだろうと思います。

一方で、自治体や病院による母親学級は中止となっていて、妊婦同士で気持ちを共有できる場がなく、一人で消化するしかない状況になったことは、やはり寂しい気持ちもありました。だから、「コロナ禍の妊娠・出産は苦しいものだった」という石綿さんに話を聞いてみたい、そう思ったのです。

孤独が募るコロナ禍の妊娠生活

石綿さん一家

山梨市に夫とお子さん2人の家族4人で暮らしている石綿さん。育児の合間にもかかわらず、快くお話を聞かせてくださいました。学くんはすっかりお兄ちゃんが板に付いて、最近は、「新くん、大好きだよ!」と言いながら、ぎゅ~っとハグするのが日課なんだとか。


写真からも仲良し兄弟なのがよくわかります!でも「コロナ禍の妊娠・出産は苦しかった」とメッセージにありました。
石綿さん
はい。2回目の妊娠で、始めは楽しみな気持ちが大きかったのですが、重いつわりとコロナによる自粛生活が重なり、つらい時間が続きました。それでもいろいろな人に支えられて、優しさに触れながら新を迎えることができた。(投稿した)この写真を見るといろんな感情を思い出します。

石綿さんは、丁寧に妊娠から出産までの道のりを教えてくれました。

新くんの妊娠が分かったのは、去年4月。待望の第二子でした。不安よりもワクワクが勝るスタートだったといいます。
その理由は、前回の妊娠のとき、充実した時間を過ごせたことでした。つわりはほとんどなく、体調は安定していたので、市の保健センターや病院が開く母親学級に積極的に参加し、ママ友を作りました。パートの仕事も続け、職場の先輩ママからは子育てについてのアドバイスをもらうなど、妊娠をきっかけに新たな出会いやつながりが生まれた実感がありました。

ところが今回は、妊娠初期から重いつわりに襲われます。けん怠感がひどく、寝込みがちになりました。強烈な吐き気に襲われてトイレに駆け込むと、そのまま何十分も出られなくなることもあったといいます。
一方、社会では新型コロナの感染が拡大し、緊急事態宣言が出されます。学くんの幼稚園は登園自粛となり、夫が仕事に出ている日中は2人きりで家で過ごす日々でした。「 ”遊んで” と言われても、つわりがひどくてなかなか一緒に遊んであげられない。申し訳ない気持ちでいっぱいでした」と、石綿さんは当時を振り返ります。

妊娠初期だったため、友人には一切妊娠のことを告げていませんでした。状況を知るのは、同じ市内に住む自分の両親だけでしたが、お互いに感染させることを恐れて、行き来することはしませんでした。
最初の妊娠の時は積極的に参加した母親学級も、感染予防のため相次いで中止に。同時期に妊娠している人と交流することの心強さを知っているだけに、そうした機会がない不安も募ったといいます。

石綿さん
体調が悪いときに誰とも会えないという状況で、「自分は1人だ」と孤独に感じてしまいました。誰かに会って話をすることが、こんなに心の安定に必要だったのかと痛感しました。

実感した ”家族の力”


本当に大変な妊娠生活だったのですね。そんななかで、少しでも気持ちを軽くしてくれることはありましたか?
石綿さん
うーん。やっぱり「家族」につきますね。ちょっとした気遣いや支えが本当にうれしかった。 "家族の力" を実感した妊娠生活でした。

つわりがひどく寝込んでいるとき、学くんがティッシュを運んだり、夫に連絡するためにスマホをとってきてくれたり、幼いながらに石綿さんのことを気遣ってくれる姿が、とてもうれしかったといいます。
福祉施設で働く夫の卓さんは、仕事で疲れていても、帰宅すると家事や育児を献身的に担い、石綿さんの話に耳を傾けてくれました。日中は孤独を感じることも長くありましたが、毎日の家族との時間に支えられた妊娠生活でした。

「偉かったですね。よく頑張りました!」
出産後、石綿さんを救った看護師の言葉

そして去年7月、新くんが誕生します。出産予定日より2か月以上早い早産でした。
もともと、高血圧の持病を抱えていた石綿さん、定期健診で医師が異変に気付き、経過観察のために入院します。その後、赤ちゃんの容体が急変し、急きょ帝王切開での出産となりました。
未熟児で生まれた新くんは、そのままNICU(新生児集中治療室)に入ることになります。生まれたわが子をすぐに抱くことはかないませんでした。

出産の翌日、新くんとの初めての面会に向かった石綿さん。しかし、面会室に向かう間に体調が悪化し、その日は諦めることになってしまったのです。

石綿さん
妊娠生活も楽しめなくて、生まれてからもすぐに会ってあげられない。罪悪感でいっぱいでした。

次の日、「今日こそは新に会う」と強い決意で面会に向かった石綿さん。保育器の中のわが子と対面し、小さな背中に触れることができました。そのとき、付き添いの看護師からかけられた言葉が胸に強く残っています。

石綿さん
「お母さん、コロナもあって、体も大変な中、よく頑張りました、偉かったですね。赤ちゃんも喜んでます」って。私が来たとき、新の拍動が強まったことも教えてくれました。母親として認められた気持ちがして、その言葉に救われました。

新くんが退院!母子でパシャリ

新くんはすくすく成長 お兄ちゃんは春から小学生!

去年10月、新くんが3か月の入院生活を終え、家族4人の暮らしが始まりました。
生まれたときは小さかった新くんも、すくすく成長中。最近は首が座り、目を合わせると声を出して笑うんだとか!
兄の学くんはこの春から小学生です。楽しみな教科は「算数」。石綿さんに「問題を出して~」とおねだりしては、予習を重ねています。お兄ちゃんの自覚もどんどん芽生え、新くんの手を取って歌を歌ってあげたり、人形を持って話しかけたりして遊んであげています。

学くんと現在6か月の新くん

最後に、石綿さんに、コロナ禍の妊娠・出産を乗り越えた今、お子さんたちにどんなふうに育ってほしいか尋ねました。

石綿さん
今回の妊娠・出産で人と人のつながりの大切さや優しさを実感しました。子どもたちには、友達を大切にして、人の気持ちを思いやれる子になってほしい、それに尽きますね。

「平凡な毎日に感謝」 その理由とは?

「おじいちゃん、海は広いね!」(神奈川県平塚市・白倉真理さん)

もう一つ、私が話を聞いてみたいと思った写真がありました。それが「おじいちゃん、海は広いね!」というタイトルの神奈川県平塚市に暮らす白倉真理さんからの1枚。

白倉さんは、1歳10か月の航生くんと有一くんの双子のお母さんです。平塚の実家に里帰りをして、両親のサポートのもと、初めての育児にあたっているといいます。
添えられたメッセージには「こんな世の中だからこそ何気ない日常にしあわせを感じ、平凡な毎日に感謝しています」とありました。コロナ禍だからこそ、「何気ない日常」に感謝したい… その思いに至った理由を聞きたいと思いました。


きらきらした海と、それを見つめる2つの人影。とっても穏やかで素敵な一枚ですね!これはどんなお写真なんですか?
白倉さん
私の父につきあってもらい近所の海に散歩に行った時の写真です。写っているのは父と双子のお兄ちゃんの航生です。おじいちゃんと孫が海を見つめている。幸せを感じました。

2019年2月、白倉さんは都内の病院で、双子の航生くんと有一くんを出産しました。夫と2人で育てることも考えましたが、日中は白倉さん1人で双子の面倒をみなければいけないことや、初めての育児への不安から、実家で両親のサポートを得ることにし、出産後すぐ、平塚に里帰りしました。

有一くん・航生くん・白倉さん

当初は、半年ほどで、夫が暮らす都内の自宅に戻るつもりでしたが、育児への不安がどうしてもぬぐえず、実家での生活を続けます。その後、新型コロナの感染が拡大し、滞在を大幅に延長せざるをえなくなりました。里帰りをして、もうすぐ2年になります。コロナ禍で大変なことも増えたはず。「困ったことはありましたか?」と尋ねると、返ってきたのは子育てのリアルを教えてくれる答えでした。

白倉さん
実は、コロナだから困ったということはあまりなくて。というのも、双子の育児が本当に大変で、コロナの前から、あまり外に出かけられない状況だったんです。コロナの前も後も、変わらず育児に追われているというのが本当のところです。

1人の育児でも不安なのに、2人なんて想像が及ばないです…
白倉さん
特に新生児の頃は、授乳を2人同時にしなければならなかったり、1人を寝かしつけたと思ったらもう1人が起きてきて、また寝かしつけて…ひたすら寝不足でした。私だけでは、とても耐えられなかったと思います。

大変な育児をサポートしてくれたのが、白倉さんの両親でした。定時制の高校で講師を務める母親は、夜遅くに仕事から帰った後も、白倉さんに付き添い、夜泣きの面倒を一緒に見てくれました。

白倉さんの母と子どもたち

意外だったのは、定年退職した父のかいがいしい姿でした。日中から夕方まで、双子にミルクをあげたり、あやしたりしてくれました。ベビーカーで外に出かけられるようになってからは、散歩に付き添ってくれています。

白倉さん
父は、もともと子煩悩なタイプではないというか、私が小さい頃に世話を焼いてもらったという記憶があまりなかったんです。父自身も「まさか自分が孫のベビーカーを押して散歩するようになるとはな」とぼやいていました(笑) でも、"自分がやらないと回らない" って思って、頑張ってくれているのだろうなと感謝しています。

都内に住む夫も時間を見つけては平塚に足を運ぶなど、家族一丸となって双子の育児にあたってきました。

「私、親に頼りすぎ?」 生まれた葛藤

両親から献身的なサポートを受け育児をしていた白倉さんですが、心の中にはある葛藤が生まれていたといいます。
それは、里帰り育児のめどにしていた半年が過ぎた頃のこと。仕事をしながら手伝ってくれる母親の、睡眠不足で疲れが溜まっている様子をみて、「このままいつまでも、両親に育児の負担をかけてよいのだろうか」と感じるようになったのです。

白倉さん
世の中には、親を頼らず頑張っているお母さんがたくさんいるのに、自分は親に甘え過ぎなのではないか。このまま自分は実家にいていいのだろうかと悩みました。

一方で、両親のサポートがあっても双子の育児はまだまだ大変で、都内に戻って日中1人で双子の面倒をみる自信はない―。
そんな白倉さんの悩みを晴らしてくれたのは、これまでも支え続けてくれた母親のひとことでした。

白倉さん
「子どもにとって良いのがいちばん。あなたが安心して子育てできるまでここに居ればいいじゃない」と言ってくれました。その母の言葉に、"甘え過ぎ"とかではなく、自分の置かれた環境で、子どもにとって いちばん良い選択をしようと思えるようになりました。人と比べず、自分らしく育児をしていこうって。

新しい生活様式で増えた家族の時間

そして2020年、双子が1歳を迎える頃、新型コロナの感染が拡大し始めます。4月には緊急事態宣言が出され、自粛生活が始まりました。
新しい生活様式は、白倉家にある変化を生みました。それが夫のリモートワーク。それまで夫は都内の家に暮らし、週に1、2回、平塚に来る生活でしたが、会社がリモートワークを積極的に導入したことで、妻と子どもが暮らす平塚の家を拠点にすることができたのです。

新しい生活様式で父と子の時間が増えました!

仕事が終わってから、双子をお風呂に入れたり、寝かしつけたりするなど、育児の時間を増やすことができました。「コロナで窮屈なことも多いけれど、家族と過ごせるようになって良かったよ」と話しているといいます。

1日ずつ積み重ねてきた「日常」に感謝したい

双子の航生くんと有一くんはこの春2歳。悩みながらも、家族とともに奮闘してきた育児を、白倉さんはこう振り返りました。

白倉さん
大変な時もありましたが、毎日の積み重ねで気付いたら子どもは元気に成長していました。
先のことを考え過ぎずに、まずは1日1日を大切にしていけば、少しずつ希望が見えてくるのかなと思う今日このごろです。周りの人への感謝の気持ちを忘れずに、これからも双子育児に奮闘していきたいと思います。

話を聞いて、改めて白倉さんが投稿してくれた写真を見返してみました。そこに写っているのは、手を取り合ってたたずむ、おじいちゃんと孫の姿。そこに、白倉さんが1日ずつ大切に築いてきた「日常」が詰まっている気がして、写真に添えられた「何気ない日常に感謝したい」という言葉の意味がぐっと分かったように思いました。

コロナ禍で妊娠中の私がいま思うこと

今回、コロナ禍で育児をしている2人のお母さんにお話を聞きました。それぞれが全く異なる環境でそれぞれの経験をされていましたが、一方で、それらは、全く違う個別の事情でもないと思いました。妊娠という目まぐるしい体の変化、命を送り出したものとしての責任感、そして子どもが生む新たな日常や変化への喜び―そこには、コロナであってもなくても、続いている命や家族の営みがあるように思えたのです。
これからも ”コロナだから” と諦めることや、できないことは多いと思います。でも、だからこそ、”コロナでも” 変わらないものに目を向け大切にしてみたい。私のお腹の中で、何かがもぞもぞと動く違和感と驚きは、コロナであってもなくても変わらないのだから。前向きな気持ちを忘れずに、残り少ない妊娠生活を過ごし、出産と育児に向き合っていこうと思います。

  • 倉富春奈

    首都圏局 ディレクター

    倉富春奈

    現在妊娠8か月。福岡に里帰りして出産の予定。 夫が柔道家なので、パワーいっぱいの子どもが生まれてくるのではと ドキドキしている。 白倉さんの「自分らしく育児をしよう」の言葉を忘れずに、 育児を楽しみたい!

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