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亡き父の言葉 そして母への感謝 ~栃木・宇都宮商業高校~

  • 2020年8月7日

夏の甲子園中止にともない、栃木県では今月3日まで、ベスト8までを決める独自大会が開かれました。宇都宮商業高校には、亡くなった父と支え続けてくれた母への感謝の思いを胸に大会に臨んだ選手がいます。

父が残してくれた言葉とともに

ことしで、創部100周年の宇都宮商業高校。
チームの4番を務めるのは、中山竣太選手。力強いバッティングといつも明るい笑顔の副キャプテンです。

中山竣太選手
「自分が盛り上げ役みたいな感じでチームの雰囲気をあげていけるようにはしてきました」

野球を始めたのは小学3年生のとき。野球好きの父・悟さんのすすめでした。

父・悟さん撮影のビデオで笑顔の中山選手

お父さんは息子の成長を常にそばで見守り、誰よりも応援してくれていました。

しかし、中山選手が小学5年生の時、病気のため、突然、帰らぬ人に。
「大好きな野球の練習を思い切りしてほしい」と、自宅でのバッティング練習の時、球が外に出ないよう、ネットを設置してくれた翌日のことでした。

父・悟さん
父・悟さん
 

中山竣太選手
「(父の急死に)この先、どうなっちゃうんだろうって不安でした」

そうしたなか中山選手を支えたのが、女手ひとつで野球を続けさせてくれた母の幸江さんです。

中山竣太選手
「試合でちょっと打てなくて落ち込んでいる時は明るくさせてくれます。『いつも打てないんだから気にするな』みたいな感じで」

親子が明るくいることができた理由。それは、お父さんが残したある言葉でした。

中山竣太選手
『つらい時こそ笑え』みたいなこと言っていたので、その言葉があったおかげで前を向けています」

母・幸江さん
「覚えていたんだ。これからも生きていくうえで(その言葉が)残ってくれると心強いな」

栃木県独自の大会、初戦の朝。

中山竣太選手
「勝てますように、勝てますようにって勝利祈願しました」

両親が見守る中 最後の大会へ

「4番、ファースト中山くん」

中山選手にとって最後の大会が幕を開けました。
スタンドで見守るのは両親です。

父・悟さんの遺影を持って応援する母・幸江さん

中山竣太選手
「ここまで育ててきてくれた母と、上にいる父に、自分の今までやってきた姿を見せられたらなと思っています」

第1打席の4球目。ライト方向に流した打球は、外野手の頭を超える3塁打!打った瞬間、中山選手は「父の力を感じた」といいます。

1回戦で5回コールド勝ちを収めた宇都宮商業は、その後、ベスト8までを決める独自大会で最後まで勝ち上がりました。

大会を終えた中山選手は学校で母親と対面し、手紙を渡しました。

中山竣太選手
「がんばって手紙を書いたんで、あとで読んでください。3年間ありがとう」

つづられていたのは、母への感謝と、社会に出て家族を支える決意でした。そして最後の一行。

「辛いときこそ笑っていきましょう」。
 

母・幸江さん
「父の言葉のおかげで笑顔でやってこられたんだなと思うし、これからも笑顔を忘れずにやっていってもらえたらなと思います」

父に影響受け、母に支えられた10年の野球人生。締めくくりはとびっきりの笑顔でした。

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